防衛戦 (中編)


 術式〝善意の種子〟によって魔力の供給路越しに痛烈なダメージを受けた悪竜王。副次的な効果によってハイネから伸ばされていた全使い魔へのパイプも大元から断絶された。

 もはやブルーバードも竜蛇もただ悪意を誘発・増大させるだけの厄介者程度にしかならない。

 ただし、そこまで。息も絶え絶えにオルトの背中で膝を着くカルマータは空にくまなく飛び回る青い鳥の大群を見やる。

(無尽蔵の魔力パワーはこれで封じた。…でもそれはこの惨事には一切関係が無い、私の個人的な憂さ晴らしでしかない)

 事実、世界を越えて悪逆の限りを尽くしている悪竜王ハイネの弱体化という意味合いにおいては多大なる貢献をした大魔女ではある。だがそちらの決戦とこちらで現在進行形で起きている大侵攻とは別件だ。

 精々が悪辣なる王から無理矢理に手放させた統制能力を失った使い魔達が自律モードへ移行した点があるが、これが戦況にプラスに働く面は少ない。

 『時空』の救世獣達を総動員させていても、そもそも飛行型の救世獣は絶対数に限りがある。明らかにハイネが世界中から呼び寄せた使い魔の方が多い。なにより救世獣は一体一体のスペックはそれほど高くはないのだ。戦闘特化ではないブルーバードにさえ多数で飛び掛からねば倒せない。

(種子の術式に掛かる魔力消費は微々たるものだが、そこに行き着くまでに力を使い過ぎた。今の私でどこまで空を押さえられるか…)

 ハイネとの魔術戦で消耗したカルマータでは、救世獣の指揮を執るので精一杯だ。ここから魔術まで使えば寿命を一気に削ることになる。

 それすらも構うものかと魔法陣を展開させようとした大魔女の視界に、天空を一閃横切る稲妻が映った。

『カルマータ!』

「…ふふ、来たかい。これで制空権は…」

 絶好のタイミングで現れた雷竜ヴェリテに続く形で白銀と暴風のブレスがそれぞれに青い鳥を纏めて撃ち落としていく。

「シュライティアどっかの建物を横切れ!そっから俺は降りて地上の敵を倒す!」

『承知!』

 風刃竜に騎乗していたディアンがセントラル内で騒ぎの大きい場所への降下地点を探す中、ヴェリテの背に立つ日和は大きな騒乱の只中にある大都市を見下ろして小さく溜息を吐いた。

「……そういうことか」

『日和?』

「私も降りる。ここは貴様らだけで押さえろ」

 言うが早いか、日和は高高度から躊躇いなく身を投げた。ヴェリテもあの退魔師であれば着地の心配は無いと断じて即座に空の敵へと意識を向ける。

『ともかくやりますよ。エヴレナ、これも間違いなく世界へ弓引く蛮行。なれば!』

『うん!秩序を守る者であれば例外なく!真銀わたしの加護と共に在る!』

 真銀竜の祝福が竜と災厄に立ち向かうセントラルの勇士達へと振り撒かれる。超絶なる強化を身に宿し、三種の竜は空舞う青へと矛を向けた。




     ーーーーー


 モンセー含む代表委員の何名かは、この異常事態に気付いていた。

 それは悪竜王の使い魔ではない。地下から絶えず溢れるナレハテでもなければ、当然大聖堂で交戦中の赤黄の少女二人組でもなかった。

 そのどれにも該当しない、

 セントラルの大地が震える。微弱な地震。場所によっては地面が捲れ上がり地割れすらも起きている。

 今現在対処に当たっている異常では起こり得ない、地殻変動の前触れのような現象に嫌な予感が止まらない。

 希代の天才魔術師の側面も持つモンセーは、悪寒と同時にその異常の根幹を探っていた。

(なんだ、これは。…大地に、地脈に。地の深くから興されているこれは、術式…なのか?)

 あまりに巨大すぎてその全容も計り知れないが、モンセーは魔力を通し現象を起こすに際し展開される式の気配とよく似たものを感じていた。

 それが地上に。より正しくはセントラル全域を余すことなく囲っている。

(これほどの規模、何故これまで気付けなかった…いや隠蔽、封印されていた?誰が、なんの目的で…この術は)

 周囲の敵をブラックハウンドに任せ解析を進める。式の大きさは純粋に効果の大きさと正比例する。大都市を囲うほどの規模なれば、それこそ地図を書き換えることすら可能な大儀礼の術式すら発動可能となる。

 地図を。地形を。

 そこでモンセーは至る。セントラルの大地深くには何があるか。


「―――竜の、都か」


 地面へ落としていた顔を上げ、魔法で見える一帯のナレハテや使い魔を薙ぎ払う。半壊していたとはいえ民家や宿の建物なども諸共に吹き飛ばしたモンセーのやり方にいつものスマートさが欠けていたことに、ブラックハウンドは疑問を覚えた。

「どうしたライプニッツ。焦りが見えるぞ」

「やられた。今すぐに実力のある術師をありったけ揃えてくれ。早くしないと文字通り足元を掬われるぞ」

 混乱を避ける為にあえて控えめに表現したが、掬われるどころの話ではない。

 封じられた最古の都市が、今を生きる人間の都市を滅ぼして浮上しようとしていた。

 

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