セントラル最高戦力 (前編)


 天空の巨竜を戦場とした先の一戦にて、さらに酷使を重ねた夕陽に肉体に刻まれた紋様は既に両腕から伝い胸部にて連結接続を果たし、今や鎖骨から首にまで浸食している。

 刻み手であるリート直々に警告を受けた生体刻印術は、力の行使に従い術者を蝕み刻印を全身へと広げる禁術の類。

 であると同時、広がる刻印は正比例して術者の能力を数段飛ばしに強化していくものでもある。

 肉体の四割ほどを刻印術に喰らわせた今の日向夕陽は神速の槍術使いにも引けを取らない動きで互角の戦いを繰り広げている。

(見えるッ!相手も相当な手練れ、怪物の類に違いない…が!攻防がまともに成立する程度には追いついてる!)

 リーチで勝る槍の軌跡を見切り、元帥仕込みの剣術と揺るがぬ戦闘勘は一年掛かりで練磨させたもの。考えるより速く動く手足が穂先を弾き敵の懐へと潜り込む。

「せァあ!」

 薙いだ一刀が少女の胴を断つ―――が、不自然なまでの手応えの無さ。両断されたデッドロックはニィと笑うと焔と化して爆ぜた。

(炎熱のダミー!分身体がここまで強いとかアリか!?)

 通常であれば分身・分裂の術は必ず何かしらの制約や制限、あるいは欠点が生じるものであるものだが、少なくとも現時点で夕陽が対峙するデッドロックの分身体はそういったものをまるで見せない。

 炎に巻かれた夕陽が直観で前に転がり出る。直上から槍を抱えたデッドロックの刺突が大聖堂の床を打ち砕き、さらにそこから身体を捻って追撃を放つ。

 神刀で受け流すも、今度は凄まじい連撃に押され懐へは入れない。どころか少女の体躯から繰り出される一撃は下手を打てばこちらの手足を平然と千切り貫く砲弾のような威力。

 得手としている炎の魔術(異能?)を抜きにしてもデッドロックという反英雄は白兵戦において圧倒的な戦技を保有している。

 それが、本体を入れて四人。

(不味いな、どうやって勝つ…?)

 夕陽が相手にしているデッドロックの他、本体らしきものの相手をホノカが、他二人をそれぞれアルとエレミアが相手取っている。いずれも攻めあぐねてはいるものの負けが込むような様子は今のところまだ無い。だがそれこそ時間の問題だ。

 もう一人の反英雄、ヒロイックはクラリッサと交戦しながらも相方への援護を怠らない。それはクラリッサの実力が及んでいないわけではなく、純粋にヒロイックの周囲から常時展開され続ける鎖とリボンの物量をクラリッサ個人にではなく敵への全域攻撃として撒き散らしているからに他ならない。

 信じ難い攻撃密度。一瞬でも気を抜けばたちまちの内に縛り上げられ槍による致命傷を通してしまう。そういった精神的な追い込みがさらに状況を劣勢に傾けていく。

「くっ…っ」

 そんな嫌な考えに意識を向けたせいか、迫る鎖への対応が一歩遅れ額を掠っていく。

 流れる血に片目を閉じた瞬間、デッドロックの朱槍が眉間へと伸びる。髪にしがみ付いたまま針を刺しっぱなしにしているロマンティカの即時回復があったとて、即死の一撃までは癒せない。

 なんとか頭蓋を滑らせて回避しようと顔を逸らすも遅い。なまじ相応の強さを手に入れたが為に、死に至るまでの一秒が果てしなく長く感じてしまう。

 だからこそ、真横から豪速で割り込んできた影の正体にも気づいた。

 轟音、広がる粉塵に紛れ押し飛ばされた夕陽が後方へ転がりながら前を向く。

「へっ」

 割り込ませた掌ごと肩を貫通した槍を押さえ込み、本来相手にしていた分身体と合わせて二人分の攻撃を一身に受けた妖魔アルが血溜まりを足元に広げながら愉し気に笑う。

「アルっ」

ォ!!なんとかしろ!!」

 復帰しようと前のめりになった夕陽へと新たな刀剣を生み出しながら吼えるアルの声が制動を掛ける。

「ッ、了解!」

 前へ出掛けた勢いそのままに転進し、夕陽が鎖とリボンの台風と化しているそのへと走り出す。


「おっけー。まずは」

「ひとつ」


 片腕を串刺しにされた状態のアルへと容赦なく二人のデッドロックは命を奪う最後の一撃をふたつ分振るう。

 どう足掻いても片腕に握る剣では致命打の内どちらかしか防げない。が、アルとてそんなことはわかっている。

 そも、手に握るその短剣は攻撃用のものではない。

 前方に差し出すように向けられた短剣の剣身がひとりでに罅割れ、その内からは視界を焼き尽くすような純白の光が広がった。

「「っ!」」

「〝燐光輝剣クラウソラス〟だボケ。エレミアッ!」

「―――【wish】!」

 莫大な光量で目を焼いた隙を見逃さず、名を呼ばれたシスター・エレミアは光の粒を落としながら同化する〝成就ウィッシュ〟の能力を起こし、二人のデッドロックの後方からその背に触れ、

「【転移Teleport】―――【成就completion】!!」

 両手にそれぞれ触れた分身体二人分の姿が掻き消える。

 対象を遠方へ飛ばす転移の願い。しかし本来の性能の一部しか行使できないエレミアの〝成就〟ではセントラルの外どころか大聖堂から弾き出すことすら困難だ。

 だからエレミアは大聖堂内でへと分身体を転移させた。


「あら、いらっしゃい」


 自身が対峙していた本体デッドロックの動きを邪魔するような位置取りで眼前に現れた分身二人デッドロック

 剣の鬼は何一つ動じることなく、一つから三つへと増えた敵へと咲血の太刀筋を定める。

 見敵必殺の剣閃。間合い十歩、必滅圏内。

 鮮血の華は鮮やかに散り、刀身と巫女服を紅く染めるホノカはただ当たり前のように斬殺を遂行する。

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