依頼その参 『その女、危険につき(後)』
戦槌と神刀、武器持ちの二人掛かり。対して相手は徒手空拳。
明らかなる戦力差に揺るぎない勝利を確信―――出来るはずもなく。
「…フフ」
「うふふ…」
(わろとるでオイ…)
直感で下げた頭のすぐ上を貫手が通過し、髪が数本千切られる。
お返しとばかりに薙いだ刀は蹴り落としにより弾かれ、勢いに引かれた両腕が胴への防御を疎かにする。槍が如き速度で迫る爪先をヴェリテの戦槌が阻んだ。
「この程度、ですか?雷竜様とやらの力は」
雷を纏う槌をどういう理屈か素手でいなし流しながら、まるでそれが取り決められた動きの一環であるかのように華麗に舞い、懐へ潜り込む。
大きな戦槌では小回りは効かない。間合いを殺されたことですぐさまヴェリテは槌を手放し眼前で掌底を構える奏へと鋭く尖った尻尾の先を突貫させる。
だが尾は敵を貫くことなく、姿のブレた竜舞奏は一息でヴェリテの背後を取っていた。
一撃必殺の二択。このまま振り返るのであれば心壊、背を向けたまま攻撃へ転じるのであれば破流。もし僅かでも逡巡を見せるようであれば、即座に骨貫で背を砕いてもいい。
人として業を極めた奏には、力押しでものを言わせる人外の傑物に対しやや余裕があった。
柔よく剛を制す。これが人間の積み上げてきた研鑚の歴史。磨き上げた技術によって人では及ばぬ野生の暴力を押さえ付ける。
如何なる行動にも対応するべくして刮目した秒にも満たぬ思考の攻防。金髪から爆ぜる火花の初動を見極めた奏はこれを攻撃挙動と受け取った。すぐさま当身へと体勢を移行する。
そして、パチリと。
火花の散る音が、背後から。
「…………、な」
視界から消え失せた竜の気配を後方に感じながら、それでも一度技の発動へ移り掛けた体はキャンセルが効かない。
万物の理は常に一方通行ではない。双方向であるが故に、条件次第でいくらでも逆転はありうる。
すなわち剛よく柔を断つ。
「うふ。この程度ですか?竜舞の合気とは」
煽り返し、ヴェリテの回し蹴りが防御の遅れた後背から脇腹にかけて強烈な衝撃を見舞った。
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「ナイス連携ですね、夕陽」
「いやあんたのお膳立てだろこれ」
凄まじい脚撃の餌食となった奏が巨大なクレーターと共に壁に叩きつけられ、間髪置かずに壁面からコンクリートを突き破って現れた樹木が顔を伏せて微動だにしない奏の全身を拘束した。
木行による夕陽の働きによるものだったが、本人としては微妙な気持ちだった。
「四。あれで星四。また詐欺かよ」
明らかに最大レベルはあるはずだ。そうでなければ雷竜ヴェリテに対しここまで互角に渡り合えるものか。
「私の雷が移動にも転用できると知らなかったのでしょう。彼女の機動性能も大したものでしたが、雷速にまでは至りませんでした」
縮地を凌駕する速度には、さしもの竜舞式格闘術も対応不可だったのだろう。
「けれど流石といいましょうか。あの瞬間に僅か体を捻って直撃を避けていました。本当なら殺す勢いで放ったものなのですが、損ねましたね」
「さらっととんでもないこと言うなよ」
骨肉ごと貫通して胴体に大きな風穴が空くような威力だったものを、咄嗟の判断であそこまで減衰させた技量は間違いなく本物の達人であることを想い知らさせた。
とはいえ内部は先の一撃でボロボロ。戦うどころか立ち上がることすら難しいのは疑う余地も無い。決着を確認し、夕陽が拘束した彼女の処遇をどうしたものかと考えていると。
―――ブチ。ベキ、メキリ。
軋み、折れ、千切れる不穏な音。まさか、という思いは夕陽以上に他ならぬダウンの一撃を放ったヴェリテが抱いていた。
樹木の拘束を引き剥がし、ゆらりと起き上がる銀の影。
何かがおかしい。それは〝憑依〟によって常人以上に引き上げられた五感を有する夕陽、竜種としての本能的な危機察知を持つヴェリテ両名が同時に至った。
猫背のまま立ち上がった奏の表情は銀の髪に阻まれて見ることは出来ない。
ただ、その、重傷を負っているにしてはあまりにも静か過ぎる呼吸が、かえって二人の違和感を大きくした。
ゆっくりと吸い、そして吐く。長く長い吐息の終わりに。
殺意の波動が肌を焼いた。
「「!!」」
それは数多くの人外、能力者との死闘を繰り広げてきた夕陽でも怖気を覚えずにはいられないほどの異質。放たれる威圧、纏う空気がまるで違う。
怒れ乱れる狂気の奔流。
「…っ」
「―――!」
動き方はまったく真逆。
夕陽は退き、ヴェリテは進んだ。
死線、場数、経験の差がここで大きく出る。
同時に跳び出した奏の眼光は鋭く敵を捉える。握った拳が強く強く締まり、鋼鉄にも勝る強度を以て突く。
完全に同一たるタイミングで互い違いに差し込まれた拳。クロスカウンターの体で頬に減り込み、果てに押し勝ったのは、
(馬鹿な)
目の前で起きた結果に戸惑いを隠せない夕陽。
竜の膂力が、人のそれに負けた瞬間。
刹那の空隙を見逃さず、臓物を叩き潰す拳撃が瞬きの内に八つ。的確に打ち込まれヴェリテの身体が宙を舞う。
(速っ…見えねえ!)
(そして重い)
呼気に吐血を混ぜながらも冷静に威力の程を確かめ、ヴェリテは雷撃を撃つ。
純粋な近接格闘能力は上。全ての能力を総合した状態でならわからないが、こと今の状況に限ればおそらくこの女の力は竜を超える。
あっさりと雷撃を躱され、着地前に追撃を喰らう。ぐらりと揺れる視界を定める間も与えず、奏がヴェリテの尻尾を根元から鷲掴み振り回す。
「っ!」
充分な加速と回転を得たジャイアントスイングで投げ飛ばされた雷竜が、研究施設の残った設備と壁をいくつも破壊しながら瓦礫の山に突っ込む。
「―――……」
投げ飛ばされる直前に肩を貫いた雷の槍を引き抜き握り潰して、奏の虚ろな瞳が敵の行方を追う。ぐっと足裏に力を込めて瓦礫から敵を捕まえるべく動き出そうとした彼女が、不意に上半身を急激に倒す。
(なんつう、反応速度…!)
完全に不意を突いたはずだったのに避けられた。全力の一刀を回避され歯噛みする夕陽が尚も勢いそのままに刀を振るう。
まともな剣の師もいないままに振り続けた我流剣術は届かない。皮膚一枚斬ることも叶わず、二本指で止められた刀がそこから先にぴくりとも動かなくなる。
「……」
(幸ィ!!)
諦めるなど論外、絶望するなど三流以下。
技術はともあれ、心意気だけはあの恩師から教え込まれてきた。何が足りなくとも、この覚悟だけは誰にも劣らない。
刀から両手を離し、心臓付近目掛けて打たれた豪速の掌底を全力で逸らす。手首関節が外れたのではないかと思うほどの痛みに苛まれながらも臓器破壊の技を空振りに終わらせ、後退。
(全、身体能力、……やれるか?三千倍だ)
〝!〟
幸の戸惑いが伝わり、次いで決意を確認する。
〝完全憑依〟による肉体強化で補い切れなければ反動は全て肉体に返る。だがそうでもしなければ変貌を遂げた竜舞奏には及ばない。
(行くぞ…三千)
倍、と唱えかけた。奏は発動の予兆を感じ先手を取るべく動いていた。
そんな夕陽と奏との埋まる距離、その中間を。
極太の雷が大地を引っ剥がしながら通過した。
「ぅおっ…!?」
突然の出来事に驚愕しつつも、通過の余波で粉砕した地面の欠片に当たらないようにさらに下がる。
下がりつつも奏の動向に注意を向けてはいたが、当人は体にぶつかる破片を気にも留めず、視線を横に固定していた。そんなものよりも重要なものがあると、黙したままに示して。
そこには巨体が在った。
完全に天井を失った施設の空から降る、幾重にも織り束ねられた落雷が数ヵ所で渦を巻き、有翼の怪物はその姿を露わにした。
「お前―――ヴェリテ、なのか?」
雷鳴に反射する鱗は輝く金色。翼を唸らせ滞空する雷の竜。
前回の戦いでは、ついぞ夕陽が拝むことのなかった彼女の真たる姿。竜種の本質。
『オォ…………オオォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
竜舞奏は理性を失ったが故にしくじった。やってはいけないことをやってしまった。そこに真剣勝負の最中だとか、同性だからという言い分は通じない。
彼女は文字通り、竜の逆鱗に触れた。
もはや両者の間に意思は介在しない。
正気と理性を手放して、衝突するは逆鱗と逆鱗。
…と、一人の少年。
「おいおい、おい!どうすんだこれ…ッ!」
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「なんだか騒がしいね」
事態が最悪を迎えた、その十数分ほど前まで話は戻る。
竜舞奏との交戦開始当初から姿を見せなかった日向日和は、意外にもすぐ近くにいた。
彼らが戦っていた施設通路から、十字路をいくつか曲がったその先に彼女は立っている。
あの女は確かにそこそこの脅威だが、雷竜ヴェリテと日向夕陽での二人掛かりならおそらく負けることはない。そう判断したが為、日和はこちらへ接近してきたもう一つの迎撃を優先した。
「さて。
長羽織を揺らめかせて、和装の日和が一切の興味も感情も向けずにただ告げる。
言葉が通じるのかも不明だが。
「土は土に、塵は塵に。なれば必然、灰は灰へ還るのが世の道理というものだ。早々に消え失せろ」
ノイズじみた不快音波を放つ灰の流動体は、日和の死刑宣告に対しただゾゾゾゾと不気味に蠢いて見せた。
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