依頼その参 『その女、危険につき(前)』

 カレンダーコロニーにおいて最も重要とされている第①コロニー・ペーパープリーズ。

 そしてそのコロニーを統括しているマスター・フーダニットからの直々な依頼。

 正直嫌な予感しかしない。

「あの危険度を示す五段階の星評価、絶対嘘ですよ。ゴリラとか余裕で四くらいありましたもん」

「そうかね?この剣は星四だったがそうでもなかったぞ」

「それは貴女だったからでは…?」

「…(こくこく)」

 身体検査を受け、無事通された俺達は四人揃ってペーパープリーズ内部の研究所を闊歩していた。

 話によれば、件の危険人物を強制転移によってこの先に追いやったのだという。

 人間、妖怪、人間(?)、竜という不思議なパーティーで和気藹々と会話しながら依頼遂行に向かう様子は、どうにも締まらない。俺もこの二人がいると命の危険が途端に軽減された気がして余裕が生まれてしまう。

「…ちなみに、この依頼のターゲット。生死不問で無力化ってあるんですけど」

「殺そう」

「殺しましょう?」

 これだよ。

 即答で重ねた言葉に辟易する。殺意に塗れ過ぎだろこの方々。

「いやまあ、とんでもなく救いようのない悪党なら分かりますけど、極力殺さない方向でいきません?」

 人も人外も殺したことはある。あるが、やりたくてやったことはない。やらずに済むのなら命は奪いたくない。

「それはね、夕陽。自身が相手より格上であることを前提としてようやく口にできる台詞だよ。敵は間違いなく君より強い」

「殺さない、は殺すより難しいですからね。私も、出来れば易い方を選びたいものです」

 殺し合いに慣れ切った者特有の思考なのか、どうにもこの手の話題になると噛み合わなくなることが多い。

 だけど言い分は絶対的に二人の方が正しい。俺が敵より強ければ生かしたまま倒すことも出来るだろうけど、そうでないのなら。

 下手な加減をして殺されるか、全力全開で殺すかの二択。

 やがて通路の奥に見えた銀髪の後ろ姿を直視した時、察した。

 肌が粟立つ。身体が理解している。

 だ。

「他の作業員は避難させてあるらしいから無関係な一般人のはずはないが、一応確認を取ろう。貴様が竜舞奏だな」

 名前からして俺達と同じ極東出身者だと思ってはいたが、振り返った美しい面立ちは想像通りであり、想像以上でもあった。

 髪色だけは違うが、まるで日本人形のような整った小顔に柔らかな笑みを湛え、牡丹飾りの付いたカチューシャの位置をそっと直す仕草はどこぞの令嬢のようで。

「如何にも。私が竜舞奏です」

 そんな物腰で丁寧な一礼をする彼女が、尋常ならざる圧力を放っていることに矛盾すら覚える。

 この美人が星四…?

「それは結構。では、始めましょう」

 竜舞と同質の笑みを浮かべたヴェリテが一歩前へ出て人差し指を向けた。

 カッと瞬いた稲光が、天井を破壊して雷鳴と衝撃を引き連れ墜ちる。

「さっ、幸来い!」

「っ!」

 帯電する暴風が荒れる通路。いきなりの開戦に焦るがまま幸を抱き寄せて内に取り憑かせる。

「肉片くらいは残しておけよ、あとで確認を取られた時に逃がしたと思われるのも面倒だ」

 腕を組んで爆心地を見つめる日和さんはその場から動かずに噴煙の先を睨んでいる。

「いや死にましたよね!?酷すぎません?あと施設がぶっ壊れたことはどう言い訳すれば!?」

「〝復元〟の能力者を手配していますよ。事が済めばすぐさま元に戻してくれるでしょう。あとこの程度の初撃は防げなくては話になりません」

 貴方も防いだでしょう?と続けたヴェリテに口を噤む。確かにヴェリテと一戦交えた時は初めの一撃を受け止めてみせた。一発で死にそうになったけど。

「でもこれ、流石に…」

 跡形もないのでは、と生死どころか原型の心配すら俺はしていた。

 濛々と立ち込める土色の煙の奥。

 人影が映った。

(マジかよ生きてっ)

「―――ふう!」

 煙を引き裂いて現れた女性が低姿勢から繰り出すアッパーカット。最小限の動きで躱したヴェリテの手刀は手首を押さえられ寸前で止められる。

「よく防ぎましたね。いえ、…もしかして受け流しました?」

(落雷を?)

 素でツッコみそうになったが、そういう状況じゃないので黙って飲み込む。だが竜舞の不敵な笑みからして本当に雷を素手でどうにかしたらしい。また化物の類かよ…。

「強いですね貴女。私の嫌いな相手です」

「そうですか。私は好きですけれど」

 互いに押さえた片手に力を込めて拮抗しつつ、至近距離で視線を交わす。

「こうなってしまってはもう、やるしかないのですね。ならば」

 手刀を弾き上げ、身を伏せ足払い。体勢を崩されたヴェリテの人中を打つ的確なジャブ。おそらく常人ならあれで鼻骨はイってる。

「やられる前に倍返し、です♪」

 下顎、乳様突起、こめかみへと立て続けの連打。執拗なまでの首から上の急所を狙う竜舞を止めるべくして深度を上げた。

 しかし俺が割り込む前に状況は逆転する。

「それでは倍になりませんよ」

 眉間を打ち貫く拳の一撃を掌で受け止め。朗らかに笑むヴェリテの金色の髪がパチリと弾け、幾房か浮き立つ。

 一切の予備動作を必要とせず、ヴェリテを中心に雷の柱が空へ昇った。

 すぐさま掴まれた拳を振り払い後退した為に直撃とはいかなかったが、後転を繰り返し距離を取った竜舞の片手は軽く焦げ目がついて赤く腫れていた。

「人では……ない?」

「ご明察」

 あれだけ打撃を受けておきながらまるで無傷のヴェリテが肯定すると、竜舞は焦げた手を数度振るって構えを取る。

「なるほど。では私も本気で挑みましょう」

 どうやら様子見を終えたらしい。それが虚言でないことは放出される闘気の質からも明らかだ。

 黙ってヴェリテの隣に並び、抜刀。

「四牙が一角、『竜牙』の奏。我が竜舞の合気、篤と御覧あそばせ」

「ふふ。よりにもよってこの雷竜ヴェリテを前に竜の牙を騙りますか。これだから人は面白い」

 相対する二人の張り付いた笑顔が怖い。

 これ俺かなり場違いなんじゃない?

「行きますよ夕陽。しっかり付いて来てくださいね」

 でも下がって観戦できるような立場でもない。こうなれば腹を括る。

 ……あれ?

 あの人どこ行った?

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