VS 『寂寥』のミミノ・マモムーモ


「とっとと出るぞ」


 結界内でも問題なく剣が創れることを確認し、無銘の片手剣を生み出したアルが開口一番に言い切る。

 移り変わった景色は地下と変わらず黒一色。どうやら暗幕のようなもので世界を埋め尽くしてあるようだ。手で触れてみると、ようやくそこで目の前が壁であることに気付く。

「……迷路のような作りですね」

 すぐ後ろで警戒しつつ鉄槌で壁を確認していたクラリッサが結界内のざっくりとしたマッピングを始めている。

 真っ黒な世界でも何故かそれなりに明るいおかげで互いを見失うことはないが、それでも照り返してかろうじて目視できる暗幕の壁はどこで仕切られているのかの判別が難しい。考えなしに歩けばすぐさま行き止まりに顔から突っ込んでしまいそうだった。

 いつものアルであれば特に深く考えることもなく属性を宿した刀剣で一帯を薙ぎ払って道を作っていただろうが、生憎と今はそれも叶わない。

 焼けた喉も全身の火傷もある程度は癒えたが、残る治癒鱗粉を全て使ってもアルの身体は二割程度の回復しか行えていない。

 限られた回復手段は竜種を優先して使うという方針を定めていた自分に最後の治癒鱗粉を使わせてしまう羽目になるとは、なんとも格好のつかない形である。

 だからこそ、いちはやく結界を破壊し古代都市へ戻らなければならない。

「ウサギ」

『「寂寥」のミミノ・マモムーモ。その性質は「憧憬」』

 聞かれる内容を先読みしたか、現れた白ウサギは何を問われるでもなく結界の主の名を口にした。

「ネガはどこだ。まさか迷路を律儀にゴールするまで現れないとかじゃねェだろうな」

『……』

「役立たずめ」

 黙秘。せめて肯定か否定かだけでも引き出せれば御の字だったのだが、それも無駄だったようだ。

「クラリッサ。俺はもう規模のデカい力は出せねェ。お前はなんかそういう技持ってねェのか、迷路を丸ごとぶっ壊せるような」

「あるにはあったのですが、敵の竜と戦った時に使ってしまいまして。大技故に日に一度使うともう出せないんです」

「そうか」

 責めることは出来ない。ここに来るまでの消耗と損耗は激しい。どうやら地道に攻略法を探していくしかなさそうだと嘆息すると、肩で身じろぎする動きがあった。

「ん……飛んで、空から見てこようか…」

「やめとけ。お前はもういい、充分にやった。おとなしくしてろ」

「アルがやさしいとなんかこわいなー……」

 いつもの調子を出そうと健気に笑うロマンティカにも疲労と苦悶の色が濃く見える。誰にとっても一刻を争う事態だ。

(これまでの感じからしても確実に『ネガ』は実体を持つもののはず。非実体や現象のようなものではないはず)

 アルにとっても情念の怪物は『園芸』に続き二度目ではあるが、他の面々から端的に聞いたところでは『ネガ』という結界の主は形状の違いこそあれ破壊可能な形態をしていたという。

 であればこの迷路型の結界のどこかにもいるはずだ。

 と、

「あ?」

 ほとんどがいつもの直観任せの一振り。疑問を解消するより前に繰り出された剣閃が

「…?」

「どうか致しましたか、アル様?」

 いきなりの奇行にクラリッサが首を傾げるも、アルの違和感は消えない。

「…今、なんかいなかったか?」

「いえ…アル様の振るった剣が危うく私の額を斬りそうになった以外は特に何も」

「それは普通に悪かった」

 今現在、前を行くアルに対しクラリッサは奇襲を懸念して後方に身体を向けたまま後退りする形でアルに付いている。そんなクラリッサのいる方向へといきなり剣を振るったのは確かに軽率だった。

「いや、ってかそうじゃなくてだな。今なんか背後に…っそこか!!」

 話してる最中にも真後ろから気配。先程より鋭く速く振るった剣は暗幕の壁のひとつを両断した。

「クソいねェ!!どこ行きやがった!!」

「?……アル様…?」

 まるで頭がどうにかなった者を憐れむような視線を向けられるが、そんなことを気にしている場合ではない。

「アル、クラ!なんかきたよっ」

 ロマンティカの声と指が差す方向、迷路の角から不気味な少女が現れる。

「ネガか!」

「…複数…いますね」

 ぞろぞろと現れた少女は皆一様に同じ姿、形。

 白衣を揺らめかせる蒼白の五人。四肢が手首足首から先は無く、断面が口のように開いている不気味な体躯。

 顔の口を含めた五つの口部がアル達に指向され、計二十五の口から一斉に小振りの刃が飛び出した。

「どんなギミックだよ気持ち悪ィクリーチャーが!」

 クラリッサを横切って剣一本でそれらを迎撃する。魔法の金属細工師、『金行の打鋼うちがね』としての金属加工・属性付与術はほとんど使えない状態ではあるものの、元より身に叩き込んだ剣術はどんな時でも失われることはない。

「アル様!…えっ」

 正確に飛来する全てのナイフを叩き落としながら徐々に距離を詰めていくアルを後方から光魔法で援護しようと魔力を練り上げたクラリッサが素っ頓狂な声を上げる。

「どうした新手か!?」

 五人の蒼白少女の相手に掛かり切りになっているアルに背後を振り返る余裕などなく、声だけで修道女の様子を探るも、次にはほぼ怒声となってすぐ間近から返事が聞こえた。

「そこを動かず!!」

「あァ?うォおお!?」

 あまりの剣幕に思わずちらと後方を一瞥した時、猛烈な勢いでモルゲンシュテルンを振り下ろすクラリッサが見えて反射的にそちらの一撃を剣で受け止める。

「ぐうっ。オイ…テメェなにしてやがる。またトチ狂ったかコラァ!!」

「違います正気ですアル様こちらを見ないでください背中を晒してください今すぐ!!」

「背中晒したら頭叩き潰すだろテメェ!?」

「アルきてる!ナイフとんできてるって!」

 埒の明かない問答を繰り返しながら武器を叩きつけ合い、その合間に少女達の投げる(吐き出す?)ナイフの対応にも迫られるアルの怒髪天がいよいよとなった時、ようやくクラリッサが有益な情報を叫ぶ。

!絶対にアル様の視界に入らない位置取りで絶えず背中に付き纏っている者がいます!おそらくコレが…」

「そういうことは最初にさっさと言えよ!!」

 結局ブチギレながらも既に手足に何本かナイフが刺さっているアルが反転して背中を向ける。

 クラリッサには見えていた、あの少女らよりも遥かに不気味な五体不満足な一本足の少女。肥大化した右目が高く持ち上げられた鉄槌モルゲンシュテルンをただ見上げている。

「逝きなさい、主の御許へ!」

 アルに触れる数センチ手前で、全力の一撃が全身真っ青に染まる少女の身体を圧殺する。

「…容赦ねェな、ほんとにシスターかお前」

「死も救いです。沙汰は私の死後にリア様が下すでしょう」

 肩を竦め、剣を下ろす。五人の少女は今の一撃と共に消失していた。

 暗幕の世界が揺れ、崩れていく。

(、だったか。数あるネガ結界の中では)

 正直これが純粋に強大な力を振るう情念の怪物であった場合はかなり不味かった。最後の最後で引きの強さを見せたと考える。

「戻るぞ、構えとけ」

「わかっております」

「レナだいじょうぶかなぁ」

 結界が完全に壊れ切った時、あの場がどうなっているか。結界内外で時間経過が変わらなければ十数分は経っている。

 最悪の事態も考慮に入れつつ、三名は神器が封じられているドームへと帰還する。

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