神器問答
真っ白な世界だった。
上も下も、見渡す限りの純白。耳が痛いほどの無音の中にエヴレナはいた。
「……え」
おかしい。確かにたった今まで自分は薄暗い地下世界に立っていたはずだ。
仲間達が決死の思いで作ってくれた僅かな時間でエヴレナは石棺の中に納まっていた剣に触れた。
考えられるならばあの瞬間だろうか。意識が明滅したかと思えばエヴレナは純白の世界に存在していたのだから。
「ここ、は」
『ネガ』の結界というわけでもない。理由もなくぼんやりと、しかし確かな感覚がそう断じていた。
―――問う。
突然に脳内に響く低く透き通った声に驚くと同時、さっきまで何も無かった純白の中央に一振りの剣が突き立っていた。
琥珀色の輝きを溢す、刃渡り二メートルにも及ぶ長剣。次いで響く声はやはりそこから放たれているようだった。
―――我が骨牙にて何を断つ。
その言葉から正体を悟る。超えたと思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。
資格を持つ者を見定める、その試練はまだ終わっていない。
長剣と対峙し、エヴレナは答える。
「この世界を危機に陥れる神を。心持つ生物の悪意を弄ぶ悪竜を。…真銀として、倒すべき
ボッ、と。
初めそれがなんの音か分からなかった。
だが一秒後に斜め後ろから聞こえた水分を多く含んだ落下音と消え失せた左腕から噴き出る血液を目の当たりにしてようやく気付く。
腕が吹き飛ばされた。
「…っいっっ、たぁ。ぐっああああ…!!」
―――問う。
痛みに喘ぐエヴレナには取り合わず、声は冷たく放たれる。
―――神なる竜の遺骸を使い、全てを滅ぼすが願いか。
「ち…がう!わたしはあなたと同じ、神竜の一族としての使命を果たすために…」
今度は頭部に生えていた双角のうち、右の角が半ばからへし折れる。
「うぅっ!!」
―――問う。
問答は続く。
―――使命とは。
「…………っ」
あまりにも判然としない問い掛け。どう答えたところで次も肉体のどこかが吹き飛ぶ予感しかしない。
だがそんなこと、今エヴレナにとってはどうでもよかった。
思い出したことがある。
『あなたは己が使命をまるで分かっていない』。
かつて似たようなことを言い争ったことがある。それは大森林を守る偉大なる母、緑と花の竜との交戦時。
あの時、エヴレナは使命という大任を今一度真正面から向き合って考えた。
その時、ようやく己という存在の意味を真に理解した。
「…わたしは」
脇腹が抉られる。不可視の裁定はまだ彼女を拒んでいた。
血塗れの身体で前に進む。
「竜種の抑止力。秩序を守護する神竜の系譜」
―――抑止とは。秩序とは。
あくまでも冷静に冷徹に、声は言葉の真意を問い続ける。
いい加減、頭に響く声にも嫌気が差してきた。
「ああもう。…うるっさいなぁ!!」
血の跡を引きながら剣の前までやってきたエヴレナが、残る片腕を伸ばし柄を握る。
「真っ暗な
少女の体躯を越える大剣。当然片手で扱い切れるものではない。それでもと、血に濡れる手で必死に柄を引っ張る。
「だからわたしは、真銀竜エヴレナはっ!この
悲鳴にも似た声を張り、次にまた来るであろう攻撃に骨肉を削がれても耐えられるようにぎゅうと目を瞑る。
けれど剣の裁断はいつまで経っても訪れず、代わりに何か大きくて温かいものがポンとエヴレナの頭に乗せられた。
―――いいや。悪くない。いい啖呵だった。
「…え…?」
変化した口調に顔を上げると、いつの間にか深手を負っていた少女の肉体は何事も無かったかのように元に戻っていた。
そして眼前で掴んでいたはずの剣の姿はなく、代わりに数メートル先に立つ銀色に輝く何者かが背中を向けて立っていた。
―――我が後裔。その篤実、真なるものと認めよう。天地万物に遍き貫く至誠こそが天の道であろうよ。
男にも女にも聞こえる中性的な声は明るく言う。背に流れる銀の長髪はエヴレナのものとよく似通っていた。
―――後裔にこの刃を託す。我が不始末、仕損じた竜王、そしてこの世界の顛末を見届けさせてもらう。存分に揮うがいい。
今度こそズシンと重量音と響かせてエヴレナの前に突き刺さった長剣を手に取る。明らかな超重武器だというのに、何故だかエヴレナはひょいとそれを持ち上げられた。
「あっ、ありがとうございます!それで、えっと…」
先程までの苦悶の表情からぱっと華やいだ笑みに変えたエヴレナが礼を述べて続きの言葉を言い淀む。
大偉業を成した先達に対し急かすような言い回しを躊躇するも、先代神竜はそれを察しているかのように少しだけ笑った。
―――急ぎ戻りたいのだろう。しかしな、少し待て。
銀に輝くその背中がほんの少し、おぼろげになる。
―――戻る前に話をしよう。神竜の残留思念が完全に消える前に。覇道を往く混沌…あの
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