繋ぐバトン


 古代遺跡・竜都ドラコエテルニム中心部。

 巨大なドーム状の建物に足を踏み入れたエヴレナは、その最奥にて鎮座する石棺に視点を固定し進む。

 間違いない。あれだ。

(先代さまの力。…己の身を削り出して創り上げた、竜王を討った神竜の剣)

 封じられていても感じる厳かな威容。自身と同じ神竜としての力が石棺から溢れ出している。

 一歩、一歩と。

 建物に入った瞬間からエヴレナの歩速は落ちている。まるで歩みを進めるごとに不可視の圧力に試されているかのようだった。

 だがそれも距離を半分程度埋めた辺りからは軽くなる。どうやら神器自身が封印の地へ赴いた者の選定を行っているらしい。息苦しさすら感じていた圧力から解放され、エヴレナは石棺の数メートル手前まで辿り着く。

(この中に、ある。これを手にすればみんなで帰れる。…竜王を、倒せる!)

 ごくりと唾を飲み、最後の数歩を踏み出そうとした瞬間。

 ついさっきエヴレナが通ったドームの玄関扉が破壊され、雷を纏う竜が内部へと転がり込んできた。

「ヴェリテ!?」

「エヴレナ…急ぎ、神器を…!」

 数回転がって地面を擦りながら速度を殺したヴェリテが、戦槌片手に呻くように言い放つ。

 『厄竜化』した疫毒竜による猛毒は平時の何倍もの凶悪性を秘める。その二体との交戦を終えたヴェリテの体内にはメティエールが一度に扱える毒量のおよそ四倍もの猛毒が暴れ回っていた。

 故に普段のヴェリテであれば止められたであろう、手負いの竜達の猛攻に押されていた。

 古びた建物から舞い上がる埃の先から現れたのも、満身創痍の二体。

 メティエール。そしてティマリア。

 肩を息をしながらも、その瞳は未だ尽きることない紫紺と焔に彩られている。

「神、器……。ダメだもん、渡さないんだ、から…!」

「ああ。―――ッ竜の世界の為に!!」

 同時に放たれる毒と炎のブレス。

 既にヴェリテは毒に侵された身。迷うことなく毒のブレスを自身を盾にして受け切り、さらに戦槌で炎のブレスを迎撃する為握り込む。

「っ!」

 だが追加で身を蝕んだ猛毒に対し肉体がついに悲鳴を上げた。意図せず膝が笑い崩れ落ちる。戦槌で防げる範囲を超え、ブレスは一直線にエヴレナへと伸びた。

「エヴレナ!!」

 なんとか割り込もうとしても遅い。エヴレナの耐久力では上位火竜の一撃に耐えられるかどうか。


「まだだ」


 祈りにも悲嘆にも似た呼び掛けには、当事者たるエヴレナ以外の声が答えた。

 ドームの天蓋を打ち抜いて、ブレスの直撃間際に割り入った人影が総力を以てこの一撃を凌ぐ。

「まだ終わりじゃねえ。だろ、エヴレナ」

「ええ。きっとリア様も観ておられます、我らが献身を」

「…………げほっ」

 片刃剣、鉄槌、日本刀のそれぞれがブレスを打ち払った余韻で煙を引く。

 ぐったりとしたロマンティカを肩に乗せたディアン、陣営に復帰したクラリッサが馳せ参じ不屈の意志を口にする。全身に重度の火傷を負って喋れなくなっているアルも、その瞳で語っていた。

「おのれ、貴様ら…!」

「…っ!?ティマリア!!」

 憤慨と疲労で視野が狭まっていたティマリアに代わり敵の気配に気付いたメティエールが焦りの声を上げる。

 だがその時には二体の背後から二体の影が強襲していた。

 光輝く体躯でメティエールを、無理を押して風を生み出した双剣でティマリアを。

 浄光竜と風刃竜が敵を弾き飛ばし、勢いのままに左右の壁に埋没させる。

「みんな!無事……じゃないね」

 集った仲間達に喜びが顔に出るも、その有様を見て一気に表情が翳る。

 無傷の者は一人もいない。どころか戦闘行為そのものが命を削りかねない重傷重症の者がほとんどだ。

「ロマンティカ、動けるか?ヴェリテの解毒、あとアルの傷を治せるだけ治してくれ。このままだと死ぬ怪我だ」

「うん…わかった…」

 片羽根を負傷したロマンティカがふよふよと飛翔して二人へ鱗粉治療を行う中、ディアンが一歩前に出る。

「エヴレナ。期待させて悪いが、俺達はもうほぼ戦えない。今一番元気なのは、たぶんお前だ」

「…………うん。そう、だよね」

 沈鬱な顔で頷くエヴレナに、片刃剣の鞘で頭をコンと小突く。

「馬鹿、責めてるわけじゃねーよ。ただ、ここからはお前の頑張りどころってことだ。俺達はバトンを渡しに来た。…あと」

 ふと石棺の周囲に意識を回す。

 空間を歪ませる揺らぎの二つが孔を開けていた。

「無事に繋ぐために、ここにいる」

「…あ゛、あー。…まァ、そういうこった」

 生命活動が維持できるレベルまで身体の治療が進んだアルが喉の調子を確かめながら、揺らぎのひとつに歩き寄る。その後ろをにこやかな笑顔を向けたままクラリッサが付いていく。

「……ごめん、もう、治癒の鱗粉は使いきっちゃった」

「問題ねェ、どうせもう終わる。だろ、お前ら」

「ああ。戻ってくる頃には大団円ってわけだ」

「ですね、きっと」

 対するもうひとつの揺らぎにはディアンとシャインフリート。どちらも不安の色は欠片も無かった。


『…君達の行動には理が欠けている』

『虚々実々、理不尽だ』


 現れた結界に対応して白ウサギが二体。理解しがたいものを見るように結界へ足を踏み入れる生命体を眺めている。

「神竜の神器を巡る最後の戦いが竜種ドラゴン祭りとは皮肉が利いてるぜ。あと、任せた」

「承知」

「解毒したばっかでしんどいだろうが、お前を残すのが最善だと思った。託す」

「死守と言ったのは私ですしね。有言実行と参りましょう」

 アルとディアンの発破掛けに、残された竜はエヴレナの前で騎士のように武器を構える。


『想いのままこの現実を捻じ伏せるといい』

『そして、その果ての結末を僕に見せてほしい』

『『さあ』』


「「―――ッ!!!」」

 壁が粉砕し、不意打ちをもらった竜王陣営の女竜が余力と生命を注ぎ込んだ最後の突撃を敢行する。


『ネガを滅する魂の輝きを魅せてくれ』


 四体の竜が衝突する瞬間を見届けることなく結界は閉じる。





     ーーーーー


 神器封印の地であるドームの前。

 疫毒竜と火刑竜が破砕した扉を目視で捉えられる距離に狂瀾竜デイジーはいた。

 シュライティアの奥義を直撃させ死に至ったかに見えたが、実はすんでのところで逃げ延びていた。悪竜としての底意地の悪さは如何なる局面においても生き汚さを見せる。

 しかし負傷によって最大出力フルパワーには到底及ばない一撃であったにせよ、戦士の矜持で叩き出した絶大なる風砲は無論のことデイジーにも相応のダメージを与えていた。それ故に他の陣営よりも出遅れていた。

 二陣営の衝突に合わせて茶々を入れるべくここまで足を運んだデイジーではあるが、現在その足は止まっている。


「飼い主様の手を噛んだ用済みの駄犬に用はないのですけれど?」

「あのひとは飼い主じゃないし、僕は狐だ」


 唯一ドームにて姿を現さなかった、地下探索中に仲間となった幻妖狐トラン。悪竜の暗躍を気に留めて、保険として外に残っていた彼がドームへの道を塞ぐように少年の姿で立つ。

「あくまで邪魔する気ですのね。短命な上に少数しか存在しない土着生物が、生物界で最上位に座す私達、竜に」

 悪意が渦巻き、少女の姿を膨らませていく。残る体力面から算出した竜化していられる時間は、そう長くはない。

 この狐には悪竜としての全ての技能が通じない。悪意に侵されていた経験からそれらをコピーし抗体を生み出しているからだ。

 となれば純粋な竜種としての力業で捻じ伏せるしかない。

 数十メートルにも上る本来の姿と化した竜を見上げても、もう子狐は退かない、怯えない。

 この地下世界で知り合えた友と、友が大事にするものたちを守る為に、子狐はもう何も迷わない。

 トランの姿が一瞬揺らめき、次の瞬間には竜化デイジーと同程度の大きさの竜に変貌する。

 フロンティア世界由来の土着魔獣。幻妖狐の真なる変化。元が貧弱な生物である為、あまりにも高位上位な存在への変化は反動として肉体の自壊を伴う諸刃の剣。

 時間を掛けられないのはどちらも同じ。


『ここは通さない。絶対に』

『希望、友情、絆…反吐が出ますわ。その無駄に輝く両目を潰して、先へ行かせてもらいましてよ!!』


 巨体同士のぶつかり合い。重厚な金属塊が叩きつけられたような高く重い音を鳴り渡らせて、二体の竜が取っ組み合う。






     『メモ(information)』


 ・『妖魔アル』、『妖精レディ・ロマンティカ』及び『シスター・クラリッサ』。『???』のネガ結界へ侵入。


 ・『「カミ殺し」ディアン&リート』、『浄光竜シャインフリート』。『???』のネガ結界へ侵入。


 ・『雷竜ヴェリテ』及び『風刃竜シュライティア』、『火刑竜ティマリア』及び『疫毒竜メティエール』と交戦開始。


 ・『幻妖狐トラン』、『狂瀾竜デイジー』と交戦開始。


 ・『真銀竜エヴレナ』、神器へ到達。


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