side . Dragon 2 『竜の娘が夢見る世界』
状況としては良しとも悪しともし難い。
ただひとつ喜ぶべきは、総数不明の『ネガ』という存在が展開する結界を片っ端から破壊して捜索するつもりだった件の真銀竜が、最初に飛び込んだネガ結界で発見されたこと。これでヴェリテの目的はほぼ達されたといっていい。
そして問題だったのが、その結界に囚われていたのは彼女だけではなかったということ。
ヴェリテと同じ程度の年頃にも見える、少女竜が二人。
しかもどうやらそれぞれに所属が違うらしい。
毒の竜は黒竜王エッツェルに、悪の竜は悪竜王ハイネに仕えている。すなわちこの場は完全なる三つ巴の形だ。
となれば何においても武力を伴って優劣是非善悪を決めがちな血の気の多い竜種らしく、いっそ潔いまでに邂逅直後から戦闘の気配は濃厚だった。
だがここでこの結界を支配しているネガの性質が邪魔をした。
『「和平」のジャッジライト・ジャッジメント。その性質は「恐慌」。不毛な争いは意味を成さない。彼は奪うことも奪われることも恐いのさ。だからここでは誰も勝てない。誰も負けない。さあ、ネガを滅する魂の』
鳴り響くラッパの音と同時、現れた白ウサギめっふぃはそう念話を飛ばしてきた(が途中から聞き流した)。
相変わらず抽象的な表現しかしないが、それでもその説明を忌々しく睨みながらおとなしく聞いていた疫毒竜メティエールと狂瀾竜デイジーの様子を見、それから自身の雷が展開出来なくなっていることから正体を看破する。
おそらくは闘争、戦闘行為自体を封じるネガ結界。戦槌すらも出せなくなっていることからして戦闘に準じたアクションすら不可能なのだろう。
先に結界に取り込まれたこの二名はそれを知っていたからこそ、何も言わず何も出来ずにいるのだ。
そんなこんなで、今出来ることは攻撃ならぬ口撃だけ。分かり合えぬ三者は三者とも異なる意見と自論に基づいて思い描く未来へのディベートを繰り広げていた。
(…あれでは子供の喧嘩と同じですね。放っておいて問題なし、と)
エヴレナの危機には馳せ参じる雷竜ヴェリテだが、攻撃行為が封印されている以上取っ組み合うことも出来ない。しばらくはあのまま放置していて構わないと判断する。
今は結界を解除することが先決だ。そして結界解除に必要なのは、その空間を制しているネガを倒すこと。
「さてさて。力尽くが無理ならばどうしたものか」
「とりあえずお話してみるってのはー?」
「ふふ。話せるかわかりませんが、とりあえずやってみますか」
三つ巴の勢力が一か所に集っているという結構な緊張状態の中でも結界の影響なのか朗らかに笑い合うヴェリテとロマンティカが、ゆっくりとした足取りで草原の向こうに建つ小屋へと向かう。
その小屋の前では、農牧に勤しむ一つ目の老翁がいた。
ーーーーー
「何がみんなで仲良く手を取り合って暮らす世界よ!こんな人間だらけの最低な世界で生きていたくなんてない!」
声を荒げるメティエールは特にエヴレナのことを嫌悪していた。
「エッツェル様は言ってた!全部ぜんぶ壊して、全部まっさらに戻してから竜の時代を作り直すって!人間なんて皆殺しにしてくれるって!だから私はエッツェル様のために戦うの!」
「だからそれが間違ってるの!竜は竜で生きればいい!どうして他の種族を、人間を認めないの!?ひとつしかない世界を分け合っていくつもの生き物は存在してるんだよ!」
真銀竜は竜種の抑止力であると同時に秩序を司る現世の守護者でもある。
善性のみの世界などありえないと知っている一方で、悪性のみの世界などありえてはいけないと願うのは当然の心理であった。
けれど今代真銀竜エヴレナは知らない。
世を語るほどの悲しみを。何かを喪うことの辛さを。幼きが故にまだ知らない。
そしてこの毒竜はそれを知っていた。
ついにメティエールは激昂する。
「ッ…わたしの、パパとママを殺した人間共を!!どうやって認めればいいっていうの!?大切なひとを奪われて!大事な思い出を汚されて!アンタはその相手を許して認めて、受け入れて手を取り合えるって本気で言ってるわけ!?」
「……っ」
言葉が出ない。
エヴレナは平和で幸せな世界を生きてきた。確かに異世界に拉致されたり死にそうな目に遭ったりもしたが、それでも誰かが助けてくれたし、いつも誰かと共に在った。
そして少なくとも、エヴレナは親しい者の死を目の当たりにしたことがない。
でも、ひとつだけ。
森の母。緑花の竜は。
おそらくは竜王の手によって亡き者にされたことを思うと、滲み出る怒りと憎しみは抑え切れない。
秩序の真銀は、混沌と絶望の暗黒を許容できない。
頭に乗る花冠に触れ、そう想う。
自らの言い分、理想と合致しない感情の波に酷く動揺していることを自覚する。
「あら。…いい悪意ね?」
そんな心の揺らぎを悪竜は見逃さない。
「戯言も虚言も必要ないのよ。ただ想うままに生きればいいだけ。理性なんてものがあるから理想は実現しない。憎いなら殺せばいい。その点ではそこの毒竜もいい線いってますわよ」
ふわりと嗤う令嬢然とした悪竜の言葉に、他二名の竜は強い拒絶の瞳を向ける。
「ああ怖い怖い。…真銀竜?あなたが望むなら手を貸してあげてもよくてよ?」
「……どういうこと」
くすくすと口元を手で隠して鈴の鳴るような笑い声を立てる。
「悪竜種はどの種族よりも奔放に己が意思のままに行動するもの。私はハイネ様が愉しめるよう舞台を整えるだけ。それは私自身も望む愉快で滑稽な劇だから、その為ならば全力を尽くしますわ」
「だから!何を言ってるの!」
思わず声を荒げる。心の内を覗かれているような厭な感覚が肌を撫ぜていった。
狂瀾竜デイジーは心底からの嘘偽りなき提案を持ち掛ける。
「私が、…いえ悪竜王様とその一派と共に竜王の勢力を鏖殺いたしましょう。それでこそ、あなたが夢見る理想の世界への第一歩へと繋がるのだから」
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