『天啓5・いつまでもずっと』


 セントラル地下で三つ巴(+α)の大混戦が巻き起こされていた頃。

 エリア1・アクエリアスのホテル『阿房宮』はまったく対照的に平和そのものであった。

「……」

 ホテルの敷地に隣接した大きな訓練施設を見上げ、白埜はこてりと傾けていた首を戻す。

 この『道場』と呼ばれていた施設に修行参加者が入って既に数時間は経過しただろうか。たった一日で一体何が出来るのかわからないが、その間彼ら彼女らと一度も会えていないのは妙ではあった。

 実際のところ内部では数十日が経過している壮絶な修行の最中であることはもちろん白埜は知らないが。

「……」

 常に一緒であるはずのアルも今はいない。神器捜索の任を受け他の者達と共にセントラルへと向かったからだ。

 普段のアルからでは考えられない事態だが、それも頷けるだけの条件は揃っていた。

 それはこのホテルが見た目以上に堅牢な護りが施されているから。

 当初このホテルを譲り受けた米津一行が施した退魔士としての術式結界に加え、あとからあとからこのホテルを拠点にとやってきた異界の精鋭達が次々に外付けで結界やら防護術式やらを付与していった結果、今や並大抵の城や都市よりも遥かに高い防衛力を誇る要塞と化している。

 もし仮に程度の低い輩が外から一撃でも茶々を入れようものなら数十倍となって敵対者を滅ぼすだろう。

 とはいえ、置いてけぼりにされた白埜の寂しさは護りの厚いホテルの中でも埋められない。

「……」

「あっみつけた!シラノー!」

 ぽつねんと道場前で立っていた白埜へと手を振って駆け寄るのは、絶えず光の粒を溢すウィッシュ=シューティングスター。

 白埜は彼女のを知っていた。正しくは、白埜の話を受けて真相に行き着いたアルの言葉を聞いていた。


『…なるほどな。こりゃあ確かに筋が通る。日向日和はこれを見越して先に始末しとこうとしたわけか』

『だが横槍入れちまった以上、生かす為に最善は打つ。いつか「その日」が来るとしても、それは今じゃねェ』

『白埜、これは他言無用だ。内容がヤバすぎる。……一応、今の内に保険もかけておくか』


「シラノ?」

 あの日、アルが口にしていた言葉を思い返していた白埜の前にひょこりとウィッシュの顔が割り込む。

「……ううん」

 白埜はただ首を振る。ウィッシュは最初の頃に比べ、いくらか人としてなってきたように思う。外側だけは見た目通りの少女だが、中身に何も伴っていないように見えた当初よりもずっと感情らしきものを宿している。

 それが果たしてどう作用するのか。

 白埜は何も考えない。在るべきままに在ることを邪魔立てしない。

 何よりも彼女は友人だ。どう在ろうともそれは変わらない。

 だから。

「……あそぼ」

 その手を引いてホテルへと向かう。




     ーーーーー


「ククッ」

「ヒャハッ」


 ホテルへ入る道すがら、ビーチからは奇妙な高笑いが重複して聞こえた。

 顔を向ければ轟音と共に砂塵が舞い飛ぶ光景が目に入る。火薬の焼ける嫌な臭いが鼻を突いて、思わず白埜とウィッシュは顰め面で口と鼻を手で覆った。


「オイ耐えんのかよもう七十倍は累積溜まってんだぜ!?化け物かよコイツ!」

「てめぇこそ!何発直撃くれてやったと思ってんだハゲ!死に時もわからねえとはいよいよ人間やめてんな!」


 パイルバンカーと戦斧を叩きつけ合って、梶原鐵之助とリヒテナウアーが熾烈な戦闘を行っていた。

 本来鐵之助は戦後処理、リヒテナウアーは地上での不測事態対処要員として居残っていたはずなのだが、どちらもその役目を全うしてはいない。米津元帥が道場に籠りっきりなのをいいことに好き勝手しているようだ。

「いけないんだー!」

「……あとで、言いつけよう」

 こっそりと報告案件をメモして、二人は今度こそホテルへ入る。




     ーーーーー


「ふむ。『震蛇竜ヤヌス討伐。歓喜の冒険者、続々と「アビス」への探鉱に殺到』か。ひとつのパーティーでこれを成したのなら大したものだ。騒ぎが落ち着いた頃合いで軍への加入を打診してみるのも手だな」

「『黒抗兵軍』にですか?採用基準にはもちろん『リア様教典の完全暗唱』も含めておいてくださいね」

「何がもちろんなのかさっぱりわからん」


 エントランスに広がるいくつものテーブルと椅子。その内の一角に腰掛け紅茶を嗜む二人の女性。共に手には紙媒体を広げている。

 新聞を眺め興味深い記事に思わず声を出したのは墨崎智香。分厚い女神信仰の聖典に目を落としたまま応じるシスター・エレミアの平常運転にも素っ気ない態度を返している。

「あっウィッシュちゃんに白埜ちゃん!今日こそ一緒に朗読しますよ!そうすればいかにリア様が素晴らしく尊いお方であるかが理解できるはずです必ずそうですというか私が必ずそうさせます!!」

「お姉ちゃんこわ…」

「……だんこきょひ」

「洗脳教育をするなシスター。ネグレクトだぞそれは」

児童虐待ネグレクト!?あなた今リア様の素晴らしさを説くことを不適切な教育だと遠回しに言いましたか!おのれ許すまじ背信者め!!」

「何故そうなるのだこの気狂い修道女め…っ!」


 『阿房宮』エントランスが戦場になった瞬間に白埜とウィッシュは即座に離脱した。これも米津元帥が戻った際にはお怒りになるだろう。




     ーーーーー


「少し休んでください、冷泉准将。掛かり切りではいくらあなたでも持たない」

「…いえ。ここにいさせてください。私に出来ることはそれだけなので」


 所変わって純白の清潔感ある部屋の中。様々な最新鋭の機材に囲まれたベッドで深い眠りにつく女性をただ見守る青軍服の青年。

 廃都時空戦役にて多大な過労を強いられ昏睡状態に陥った長曾根要に付きっ切りで看病する冷泉雪都を案じた鹿島綾乃が休息を提言するも、彼の態度は変わらなかった。

 ホテル内の集中治療室。無事なのは雪都のみであって、綾乃もポーカーフェイスで隠してはいるが陣形術式の使い過ぎで頭痛に苦しめられている。雪都はそれを見抜いた上での提言拒否もあった。

「「……」」

「…おや」

 そんな様子を入り口の扉を少し開けた隙間からそっと見ていた二人に気が付き、雪都が微笑んで手招きする。

「…カナメ。ねてるの?」

「ええ。少し無茶をさせてしまったので、こうしてゆっくりしてもらっているんです」

「……よくなる?」

「もちろん。すぐにまた目を覚ましてくれます。…そうでなければ、私も困ります」

 ウィッシュと白埜の質問攻めにも笑顔で返す雪都の表情も、やや陰がかって見えた。

「……」

「白埜さん…?」

 とてとてとベッドに近づいた白埜が、掛け布団の上にくたりと伸ばされていた要の手を取り額に当てる。

 直後に柔らかい白銀の光が灯り、要の手を伝って全身に行き渡る。

 少しやつれていた要の顔に、ほんの僅かだが血色が戻った。

「〝浄化〟…。ユニコーンの力、というものですか」

「……ん。ちょっとだけ、ちょっとしか、楽にできないけど」

 そのまま雪都の手も取り、同様に白銀の光を渡す。

 ユニコーンの持つ異能〝浄化〟は回復の術ではない。心身の傷が癒えるものではないが、清めの力は対象の肉体疲労や精神疲弊をいくらか緩和させる程度ならは出来る。

 最後に綾乃にも同じ処置をして、数歩下がる。

「……がんばろ。みんなで、勝とう」

「…そうですね。必ず」

「ええ。皆で勝利を」

 健気な献身に、雪都と綾乃も小さく頷きを返した。




     ーーーーー


「いいね、なんか!こういうの!」

「……うん?」

 今度はどこへ行こうかとホテルの廊下を横並びで進む中、ふとウィッシュが楽し気に話す。

「みんなで一緒に、おんなじ方向を見て!おなじことするの、いいね」

「……うん」

 今度は疑問符を付けずに返事ができる。

 世界の危機に対しお気楽が過ぎないかとも思うが、それでもウィッシュの言いたいことは白埜にもよくわかる。

 連合、兵軍。世界の危機だからこそ、こうして違う世界の皆々が結託していける。

 共通の目標、共有の目的を成すが為に歳も種族も垣根を越えて、戦っていける。

 それは確かに、嬉しいことだ。

 たとえそれが今だけの限定的な関係性だったとしても。この危機を越えた先で別れ離ればなれになるのだとしても。

 この大きな輪と和の中で、思わずにはいられない。


「続けばいいのにね!ずっとっ」

「……ん。いつまでも?」

「そう!いつまでもずっと!」


 屈託のない大輪のような笑顔が、光の粒で彩られる。

 それがとても眩しくて、とても儚くて。

 白埜は泣きそうになってしまう。

 流れ星は瞬きの内に燃え尽きてしまうものだ。

 いつまでもずっと光を放ち流れ続けていけるものではないのだ。

 またしても、アルの言葉が脳裏に蘇る。


『どうあれそうなる定めってわけか。クソ、なら最初からそう言えよ。恨まれる覚悟はしてたんだろうが、それでも恨むぜ、日和』


 あの夜に見せた、どうにもならない時にする彼の表情が、白埜に絶対の『どうしようもなさ』を突き付けていた。

 そう。

 流星シューティングスターは、いつか消え去る運命さだめにある。

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