VS(?) 『和平』のジャッジライト・ジャッジメント


 狂瀾竜デイジーの申し出は本気だった。

 というよりも彼女の意思は悪竜として君臨する王、ハイネの代弁にも等しいものである。トランのように悪意で無理矢理に使役しているものとは違うが、デイジーの深奥にも悪意と接続されたハイネの意識は潜在している。

 デイジーはそれを己の意思で表明しているに過ぎなかった。

 娯楽という打算を抜きにしても、これは悪い提案ではない。いつまでも竜種間で三つ巴の争いをしていては、必ず疲弊したどこかの陣営を喰らおうと漁夫の利を狙う勢力を懸念してしまう。それでは勝敗は遠のくばかりだ。

 一時でもどこかと共闘関係を結びひとつの陣営を降してしまえば、残る二勢力で正面切って決着をつけることになり、それで終局となる。

 シンプルながらに最短効率の作戦ではあった。

 そして、これを現実に行うのであればパターンとしては真銀・悪竜連合か黒竜・悪竜連合かしかありえない。秩序と混沌という相反する二勢力が協力して他勢力を打ち倒すなど通常考えられないからだ。

 だから選択肢は限られ、そしてエヴレナの選んだ道はこうだった。

「―――

 自然と不利に傾く側へと、真銀は舵を取った。

 それをどう見たか、デイジーは嘲るように小さく笑う。

「本当に?それであなたは正しいのですか???」

「知らない。正しくなくても関係ない。これはわたし達の戦争なんだから、わたし達だけで決着をつける。悪竜なんて足しになるかどうかもわからない不穏因子を入れる必要ないの」

 実際のところ、これが悪手であるという自覚はあった。

 手を組むべきだ。それがたとえ、これまで悪逆の限りを尽くしてきた竜の一族だったとしても。愉悦と享楽のみで手を貸すであろう下劣の徒だとわかっていても。

 真銀竜は使命の為に最善を尽くすべきだった。

 だからきっと。これは『真銀竜』としては間違った選択。

 けれど。


「よくぞ。それでこそ我らが抑止。我らが仰ぐべき銀天。……それが正解ですよ、エヴレナ」


 ぽんと小さく頭を撫でた、その馴染み深い声に強く安堵を覚える。

「……雷竜」

 それを呟く一瞬のみ、悪竜の瞳と声音に強い嫌悪の色が宿る。しかしそれも瞬きの内に消え失せ、次には挑発的な視線に戻った。

「判断力に乏しい若き今代真銀の言いなりですの?誇り高き武勇の雷竜の名が廃りましてよ。そもそも」

「確かに」

 デイジーの口上を遮って、ヴェリテは自らのよく通る声を割り込ませる。

「竜種全体の戦力バランスを見れば我々の劣勢は火を見るよりも明らか。そんなことが分からぬ我らではありません」

 それは星詠みの光竜ポラリスを討った際、あの男に対しても説いた現状。あの場あの時、確かにヴェリテは敗色濃厚な真銀陣営の彼我戦力差をよく理解していた。

「ですが」

 だが。

 今は違う。

「異界の妖が、異界の軍人達が、異界の魔法使い達が。異界の戦士が、……異界の人間ともが、力を貸してくれている。逆に問いますが、これでどうやって負けようがありましょうか?」

「……」

 悪意に勝る狂瀾の竜が、即座に返す言葉を見つけられず黙りこくる。

 ここはかつての竜が支配していた一大勢力の世界ではない。竜以外にも、竜に通じ匹敵する力の持ち主が異なる世界から多く押し寄せる世界と化している。

 だからこそ、この言い分に敵う文言を見つけられない。

「勝ちますよ。貴女がたの姑息な助力なぞ頼るまでもなく。なによりも、この身、この命。その為にこそあれば。故に」

 ヴェリテの目配せを受けて、エヴレナはハッと思い出したように手を持ちあげ人差し指を狂瀾竜デイジーと疫毒竜メティエールへと向ける。

 同じように、エヴレナの指す方へとヴェリテも指を向け、

「絶対に勝つから!この真銀の使命に懸けて、必ずっ!」

「絶対に勝ちます。この真銀の意思に従って、…必ず」

 声を揃えて宣戦布告を叩きつけた。

「―――……ふぅん」

「へぇー……」

 静かに、ゆっくりと。

 布告を受け取ったそれぞれの尖兵は刃先のように鋭い視線を返す。

「ええ、確かに聞き届けました。決して叶わぬ愚昧な欲望なぞ不要。心も躰もようく丹念に潰したあと、その身に相応しい低俗な欲に呑まれた傀儡に変えてさしあげましてよ」

「…知らないから。わたしの毒で苦しめて、死んだほうがマシだってくらい苦しめてっ!そのあとエッツェル様の前で死ぬまで懺悔させてあげる…!!」

 憤怒と怨嗟が燃え上がり、肌を刺すような殺意となってエヴレナとヴェリテに不可視の圧力を与える。けれど、そんなもので尻込みするほど安い覚悟は両名共に持っていない。

 無言で応じ、そしてヴェリテが片手に握るものを全員に見えるように持ち上げた。

「では。結界解除の後一分は不戦のものとして場を仕切り直すとしましょう」

「…あれっ!?ヴェリテそれ!」

 その手にあるのは小ぶりなラッパ。この世界の主。ジャッジライト・ジャッジメントたる一つ目の老翁が持っていたはずのもの。

 攻撃することでしか奪うことを知らなかった三人娘がついぞその手にすることの出来なかった、吹けば攻撃挙動の一切を解除される『恐慌』の突破口。

 しばらく姿を見ないと思ったら、どうやらあの翁からそれを強奪する為に場を空けていたらしい。

「でも、…うん?攻撃はできないよね?」

「要するに危害を加える行動でなければ他は何をしてもいいということ。大活躍でしたねロマンティカ」

「いや~~~!!ティカってば引っ張りイカって感じなのかな?やっぱり大人なティカがいないとみんなダメってことねっ!」

「タコでもイカでもどっちでもいいですが、まぁそういうことでした」

 ご機嫌にヴェリテの周囲を飛び回る、妖精ロマンティカの能力。それは身に蓄えた花粉の効力を鱗粉に変換して放出するもの。

 これまでのほとんどを薬草の抽出薬効によって活躍してきたロマンティカだが、その気になれば麻痺毒や睡眠毒といった効力の毒草鱗粉を扱うことも可能であることを、ヴェリテ以外のこの場の総員が理解させられる。

 翁さえ眠らせてしまえば、竜の膂力腕力で手に巻きつけられた有刺鉄線を引き千切ることなど造作もない。

 種明かししてみれば至極簡単な話ではあった。ただそれを成す為の知恵と力が、この娘たちにはなかったというだけで。

 なんの余韻も残さぬままヴェリテは手に持つラッパを一度吹く。攻撃制限が解除された状態で指をひとつ打ち鳴らし、空より降る一筋の落雷が草原の先にあった小屋ごとネガたる老翁を撃ち殺し。

 見渡す限りの草原地帯は終わりを告げる。


「…」

「ッ!!」

「―――…」


 悪意に眼を光らせ。

 殺気に息を荒ぶらせ。

 大義に心を鎮ませ。


 タイムロスではあるものの決して無意味ではなかった対談を交わした世界は歪み、消失する。

 殺伐とした世界が終わり本来の地下空間へと戻りゆく中で、ヴェリテだけは純粋な笑みを絶やさずにいた。

 これできっと、この少女はより成長できると。そう確信する。

 竜種の世界が、あの結界内のように争いや殺し合いとは無縁な『和平』の世になる未来は、おそらくそう遠くない。

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