争奪戦最終局面・忘却の古代都市へ
『和平』のネガ結界を破壊し地下空間へと舞い戻って来たエヴレナとヴェリテは、ほどなくしてシュライティアを担いだアルと合流した。
結界破壊から即座に悪竜と毒竜はその場を撤退。破壊前に達した通り、場の仕切り直しとして追撃することはしなかった。あの二人からしても、各々の目的を鑑みるにここで決着をつけるつもりはなかったのだろう。
「シュライティア。調子はどうですか」
「……もうしばし時をくれ。さすれば自立歩行が可能なレベルまでは動けるようになる」
ヴェリテの問い掛けにアルに抱えられたままのシュライティアは静かに答えた。その返答はつまり、戦闘可能な域までの回復はまだ見込めないということ。
羽根を震わせて宙を舞うロマンティカが針を取り出したのを見てアルが手で制止する。
「え?治さなくていいのー?アルもボロボロじゃない」
「ギリまで待て。誰がどこで必要になるかわからねェ。最悪、鱗粉の残余は竜種の為に使え」
薬効鱗粉はおそらく二人分を全快させるだけの量も残ってはいない。等分して全体の治療に回すか、あるいは誰か特定の戦力に集中して当てるか。それはまだ決めるべきではないとアルは考えていた。
そして言葉の通り、場合によっては残りの回復は全て竜種―――特には真銀竜エヴレナに回すべきだとも。
これといった理由も明確に浮かばない妖魔の直観力に、ヴェリテだけは心中で賛意を示していた。
賛成の意を口に出そうとした時、遺跡の向こう側から数人の仲間が姿を現したのを目視で確認する。
はぐれた探索組の捜索で二手に分かれた際の一組。シャインフリートとトラン。その隣を歩くのは片刃の剣を片手に握るディアンと肩に乗るリート。
これで数えて八名。
一人、足りない。
不足の答え合わせは、当事者たるディアンが明かしてくれた。
「すまん。クラリッサは洗脳紛いの術を施された上で逃がしちまった」
頭を下げて事の仔細を話すディアンによれば状況はこうだった。
悪竜の力らしき楔(鍵?)に貫かれたクラリッサ・ローヴェレは突如として己が最大の欲望たる信仰のもとに地下探索の目的も忘れディアンと対峙、戦闘を開始した。
少しの交戦の後、クラリッサは何かに呼ばれるように急遽踵を返してディアンとの戦闘から撤退したのだという。シャイン・トラン組とはその直後に合流したらしい。
「狂瀾竜デイジー。あの娘が呼び戻したのでしょうね」
撤退のタイミングと結界破壊の頃合いは重なっている。ネガ結界から離脱した後に己の能力である程度の行動操作を可能としているデイジーが指示を飛ばしたのであれば辻褄は合う。
「んじゃこのまま進む組とクラリッサをぶっ叩いて正気に戻し連れ帰る組で分かれるか。となると回収班は……」
「いえ全員で進みましょう。どの道、いずれこの先で会うことになるでしょうから」
全体の損耗具合から組み分けをしようとしたアルを制してヴェリテが具申する。
言葉の意味を図りかねている面々に向けて、ヴェリテは自身の知りうる限りの情報と、そこから推測される状況を示す。
「真銀竜。…いえ神竜の力でなければこの先へは進めないでしょう。各陣営に竜種の上位個体がいる以上その事実は既に知られているはず。となれば本当の勝負はこの先、神竜でしか解けない封印の扉を潜った先で真なる争奪戦は勃発するはずです」
真銀に付き従い竜の世界の根幹を知る、雷竜ヴェリテ。そして竜種最上位にあたる悪竜王ハイネと暗黒竜王エッツェル。
これらであれば滅びた竜の都、ドラコエテルニムの最奥に眠る忘らるる古代都市の存在を知っていてもおかしくはない。
だから待つはずだ。潜伏していることを知った上でも、封印を解いて先に進むしかないこちらの陣営の動向をどこからか見張って。
「進んでれば勝手に向こうから仕掛けてくるってことか。分かり易くていいな、俺らはそれを返り討ちにしてやればいいだけの話だ」
掌に拳を打ち付け、血を拭ったアルは八重歯を剥いて楽し気に嗤う。
「ええ。ですのでこの先何が起きても最優先にするのはエヴレナ。それ以外は私を含め、この子の死守。そして……最悪、捨て駒です。今一度覚悟を決めてください」
一切取り繕うことをしないヴェリテの言い分に、誰も異を唱えることはない。
「うん。もちろん生き残ってまたみんなで地上に戻る覚悟だよね?」
シャインフリートが、地下に入ってから随分と頼もしくなった様子で強く頷く。
「あ、あの…いまさらかもですけどゴメンナサイ。シャインお兄さんのおかげで悪竜の力から抜け出すことができました、トランです。…あんまり力になれないかもだけど、そのクラリッサ?さん…って人なら、今の僕ならなんとかできるかもなので、…が、頑張ります!」
おどおどとした調子で自己紹介と共に自らの力を真銀陣営の為に使う決意を示すトラン。
「俺も逃がしちまった尻拭いは自分でしたい。次にあの修道女が出たら俺もそっちに回るぜ」
「あんまりカナリアちゃん的にはこの世界のシスターさん達とは関わり合いになりたくないんだけどねぇ……」
頭を掻きながら汚名返上に名乗りを上げるディアンと、やたら神への関心に強い修道女への苦手意識が強いリートがそれぞれに声を発する。
「私も……なんとかして戦う所存にて。竜種の誇りにかけて…!」
「せめて動けるようになるくらいに治そっか?シュー…」
そしてアルに担がれた状態のままでシュライティアが、そんな彼の周りを心配そうに飛び回るロマンティカが不安の声を上げた。
「心配いらねェーよ。どうせ勝つ。どうせ生き残る。そういう人種の集まりだからな、ここの面子は。なァ?」
誰よりも能天気に誰よりも強気に言い放つアルが、最後にエヴレナへと視線を向ける。
行き先を感覚で知っているのは、今代の神竜しかいない。
「…うんっ!きっとだいじょうぶ!行こう、みんな!」
少女の放つ鶴の一声に、他の皆々は思い思いに気勢を上げた。
ーーーーー
「メティエール!ああ、よくぞ無事で…!!」
「……えと、ティマリア。ご、ごめんね。ひどいこと、言って」
ネガ結界を抜けて離脱後、同陣営の火刑竜とはすぐさま合流できた。
我がことのように存命を喜んで自らの胸に抱き留めたティマリアへと謝罪を告げるメティエール。
「いやいい。私こそ不躾に言い過ぎた。お前の父母も、すぐそこにいる」
「うん。ありがと…」
ティマリアの言う通り、彼女の背後には相変わらず命令無しでは虚ろな瞳のまま直立姿勢を維持したままのロボットのような両親の姿がある。
あの結界内での対話で変化があったのはエヴレナだけではない。
戦争という現実の渦中にあって、ようやくメティエールも理解できた。
殺す殺される。憎む憎まれる。それがこの争いの全容なのだ。
血の流れない殺し合いなどありえない。自分だけが悲劇を背負っているのではない。
ここに至って、メティエールはティマリアの言っていたこととその気持ちを初めて知れた。
だからこそ申し訳なさが勝る。
「あの、ね。ティマリア」
「ああ。どうした?」
抱擁から解かれたメティエールが決意を胸にティマリアを見上げる。
「この戦いが全部、全部終わったら。そしたら、パパもママも眠らせてあげようと思うんだ。今度こそ、目覚めることがない眠りに…」
「―――メティ、エール」
信じ難いことを聞いたように目を見開いたティマリアも、その決意の瞳を受けて強く首肯する。
「そうだな。それがいい。…辛い決断を、よくしてくれたな」
「うん…」
黒天を仰ぐ同士としてようやく互いに打ち解けられたように思えて、二人はふっと笑い合う。
竜王の陣営も一筋縄ではいかない。それは尖兵にして資格たる二頭の女竜とて同じこと。
ーーーーー
「まだ遊べる。まだ楽しめる。…そうですわよね?ハイネ王」
打ち込んだ悪意のもとに呼び戻したシスター・クラリッサを従えて、狂瀾竜デイジーは自らの胸に問いかける。
その最奥には悪竜王の意思と力がある。彼はまだこの状況を感覚を繋げた先の客席から愉しんでいた。
ならばその期待に応えねばならない。
「最大限もてなしましょう。悪意と狂気に打ち震え、最高最悪のパーティーを開かなくては、王に披露できるだけの劇にはなりませんもの。ですから、ねえ?」
ブツブツと何事かを呟き続けるクラリッサの顎を撫で、持ち上げ。
暗澹なる悪意のオーラに欲望を刺激されながら、竜と修道女は封印が解かれるその瞬間を待つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます