『よーいドン』


 この地下世界に崩落してきた際、エヴレナがまず最初に感じた力の波動。

 それが真銀竜だけに感じ取れるものであると解った瞬間、彼女は自ら先導して広大な地下遺跡を最短の経路で進みだした。

「こっち!この下だよ!」

「地下のさらに地下か」

「ヴェリテ、シャイン。光を用意しろ。いい加減この先は光る鉱石もなさそうだ」

 遺跡の内部から直下へ通じる階段や通路をひた歩く中、アルが炎の剣を地面から生み出しつつ言う。途端、雷球と光球が一行の周囲にいくつも浮かび上がり闇を照らし出す。

 セントラル地下をクラリッサがそうしたように、遺跡の下層をエヴレナは迷いなく進んでいく。一歩進むごとに明白になっていく莫大な竜の気配。死して尚も輝くこの威光こそが神器の正体に違いないと確信する。

 何百、あるいは何千メートル。それだけの距離を潜り、ついにエヴレナは進み続けていた足を止める。

「……これ…」

 炎と雷と光に照らされるそこは巨大な円形の広場。そしてその最奥には見上げるほどの大扉。

 セントラル地下に建造された鉄扉とは比べ物にならないほどの堅牢さを誇るその大扉は、見た目石造りのようにしか見えないがこの場の誰もが己が力で破壊することが不可能であることを瞬時に悟らせるほどの異質さを秘めていた。

 誰もが分かっていたし、誰よりも彼女は知っていた。

 相対した瞬間に、これを開けるのは自分しかいないことを。

 誘われるように無言で近づいたエヴレナに反応してか、大扉は自然と鳴動を始め地下空間を震わせる。


 ザクリと松明代わりに使っていた炎剣を地面に突き刺し、空いた手にはまた別の剣を鍛造し握り込む。

 探索用から、戦闘用へ。

「さて」

 何の気なしに呟いた声を、エヴレナ以外の全員が拾う。


 大扉に手を触れると、そこから白銀の光が亀裂のように扉全域へ迸り、それらがやがて中央へ集うと何らかの文字を形成した。

 それが古代竜世界における何らかの意味を成した文字列であることは誰にもわからない。

 ただそれが、開門の兆候だった。


「位置についてェ」

 あらかじめ地下遺跡から拝借していた鱗から造り上げた特効武器の使い心地を試しつつ、ここまで担いでいたシュライティアを扉の方へと放り投げる。既に自力で動ける程度には回復しているはずだ。この先で、余力全てを揮ってもらわねば困る。

 見れば、他の皆々も臨戦態勢は整っていた。思わず笑みが浮かぶ。


 重々しい音を上げながら大扉は奥側へ向けて開いていく。その先は闇。かび臭い風がかろうじて酸素の存在を主張している。ディアンが無事な以上、少なくとも人間が生存するに足るだけの空気はあるらしい。


 アルは誰にでもなく、それでいて誰しもに聞こえるように大きく息を吐く。

「よォーーーーーーーーーい」


 


「みんな!開い―――」

 エヴレナの歓喜に満ちた声。


 バガンッ!!

 震えていた地下の地下。その天蓋を破壊して落下してくる無数の戦闘竜と、それらを使役する二体の上位竜種。


 エヴレナ達の来た道から開門の気配を嗅ぎつけて猛進してくる悪意の奔流。それに追随する堕ちた修道女。


 扉の起動を合図としたかのように広場の外縁から湧き出でる人影、いや影の人型。

 音もなく声もなく、凝縮された闇の化身が二刀を構え魔法を番える。


 全てが同時、あらゆるタイミングがこの一瞬で一致する。

 アルの号令もまた同じ。様々な轟音に負けじと放たれた一声が開戦を告げる。


「ドンッ!!!」


 役割分担は既に決めてある。

 迎撃に躍り出る者。神器を求め扉の先へ駆け出す者。

 邪魔するもの。阻害するもの。

 得ようとするもの。壊そうとするもの。

 劇場を盛り上げんとするもの。信仰に殉ずるもの。

 敵。味方。それ以外のナニか。

 セントラル地下という巨大な伏魔殿に存在する要素がまるで蠱毒のように一つ所に集い切り、最後の潰し合いが始まる。


 そして。

 そして。


『さあ』

 白いウサギは現れる。

『君たちの』

 白いウサギは戯れる。

『魂の輝きを魅せてくれ』

 白いウサギは。

 

 情念の怪物は、空間を歪ませその大口を開ける。

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