VS 火刑竜ティマリア (前編)


「行かせるか」

「行かせんだよ!」


 天蓋を破壊して最下層へと参戦したのは疫毒竜メティエールと火刑竜ティマリア。そして竜王より貸し与えられた戦闘竜十数騎。

 着地と同時に周囲の乱戦も気にせず最大展開したティマリアの炎の絶壁が大広間の外縁をなぞるように這い昇る。

 その炎壁が開かれた大扉の先を遮るよりも早く、アルの生成した刀が扉へと投げ放たれる。

「〝玉散露刀ムラサメ!〟」

 叫ぶ銘に合わせ、刀身から莫大な量の水を吐き出した日本刀が扉を遮る為に縁の両端から迫る炎の壁をすんでのところで蒸発させながらも侵攻を塞き止める。

 刀の力が押し潰される数秒をもって、アル以外の者達は扉の先へと至る。既にその暗闇に背も見えなくなっていた。

 ただし、味方以外の存在も通過を許してしまったが、これは些事だ。もとより敵対する全ての生物をこの場で食い止める気など毛頭無く。

「おのれ、妖魔ッ」

「下がってティマリア!わたしがやる!」

 憤慨するティマリアより早く前に出たメティエールが、大きく開いた口から直視するのもおぞましい色合いをした猛毒のブレスを噴く。

 呼吸を止めたところで無意味。触れた瞬間からその毒性は強く生命を危機に追いやる。

 だが。

「―――えっ!?」

「ハァッ!!」

 猛毒の煙を引き裂いて猛り笑う妖魔の姿が眼前に現れたことにメティエールは驚愕と共に硬直した。

 遅れを取り戻す為に爆炎と共に踏み出したティマリアが割り込み、炎の剣でアルの一撃をどうにか受け止める。

「うそ、なんでわたしの毒が効かないの!?」

「吸っても触れても関係無し。毒性の完全無効化……異世界の超常チートか!」

「ふざけろ。ただの純愛だ」

 妖魔アルはとある聖なる獣の恩寵を一身に受けている。

 長きを共に過ごした彼女の霊威、霊格の本領は〝浄化〟にあり。唯一最大の愛、古今東西に無二とする祝福。

 すなわち幻獣ユニコーンの加護。それはあらゆる世界のあらゆる毒素に対し問答無用の優勢と中和を成す。

 この男に毒殺はおろか、毒性による昏倒も昏睡も無縁である。

 圧倒的なまでに天敵。どう足掻いたところで疫毒竜ではアルに勝てる道筋は無く。

「…行けメティエール。先を行くあの者共に神器を渡すな」

 だからこそティマリアの判断は迅速だった。二対一の優位性が働かない今、この敵一人の為に二人掛かりで時間を取られるわけにはいかなかった。

「で、でも…」

「早く行け!竜王殿の為に、あの方の力になる為にここまで来たのだろう!であれば迷うな!!」

 アルの連撃を炎の剣で受け流し、つかず離れずの位置取りを維持したまま背後に庇うメティエールに檄を飛ばす。

 ティマリアの言葉に押されるように、メティエールは交戦する二人から距離を取ったまま遠回りに扉を目指す。火竜として展開した壁は、彼女が通過する瞬間だけ扉の周囲から解いた。

 そして扉前で起きた激動の一幕が過ぎ去り、後には再度全周展開された炎が大気を焦がす音と、ジリジリと間合いを測り合う互いの靴底の音だけが残る。

「……貴様」

 女体の形を模した炎と、初戦でアルの身体をいくつも穿った炎の杭を中空に具現させつつ、ティマリアは訝し気に言う。

「わざと見逃したな。メティエールだけではない。それ以外の敵性も。…なんのつもりだ?」

 最初の戦闘では負傷もあってたいした脅威には感じていなかった妖魔だが、今こうして五体満足の状態で相対してみて解った。劣等種にしてはそれなりの力を保有している。伊達にこの世界で竜種を何体も屠って来たという力量が嘘偽りのものではないと理解できる程度には、この男は強い。

 だからこそ、それだけの力量を持つ妖魔が単身で火刑竜のみの足止めに徹した理由が不明だった。死ぬ気で踏ん張れば、全てとはいかずとも半分以上の敵勢力をこの場に縫い留めることは出来たろうに。

だ」

 なんの思惑を抱いているのかと疑念を向けられたアル自身はどこ吹く風で、当たり前のようにそう答えた。

「……なに……?」

「だァから、これでチャラだ。テメェが俺を見逃した借り、確かに返したぞ」

 聞き返したその答えでようやく思い至る。利き腕と内臓のいくつかが使い物にならなくなっていた初戦での妖魔の敗北。火竜の勝利。

 とどめを刺すこともなく、同胞たる光竜を守り助けたというその功績から一度は逃走を容認したティマリアのなけなしの慈悲。アルのプライドをズタズタに引き裂いたとも知らぬその行為への意趣返し。

 それと、

「有言実行だ。後悔させに来たぜ、あの時俺を殺さなかったことをな」

「―――ふ」

 あの時と同じように小さく笑い、ティマリアはアルを指差す。

「ひとつ。貴様という敵のことがわかった。……ただの大莫迦者だな。そして、ただの命知らずだ」

 まだ人型のままで戦闘態勢を維持しているのは、同じ人型の大莫迦に対しての余裕か敬意か。

 だがその火力、初戦に比して三倍近く跳ね上がっていた。

「まだ名乗っていなかったな。火刑竜ティマリア。その陳腐な脳髄に刻み込め、貴様という魔を焼く竜の名を!」

「上等かましやがる。妖魔、アル……覚えなくていいぜ、どうせ嫌でも頭から離れなくなるだろうからなァ!!」

 飛び出す両名。剣と刀、焔と刃が相交じる。




 ―――、が正しい。

 それだけの余裕は無かった。あの場を凌ぐ為には、他を素通りさせるしかなかった。

 アルの直観は告げていた。この女だけはこの先へ行かせてはならないと。

 他の誰を通しても、コイツだけは止めなくてはならないと。

 上位竜種の中でもこの女は別格だ。圧倒的な戦歴を背負っていることを第六感で痛いほどに感じ取れる。

 戦場を知っている。殺すということを知っている。戦の中でしか得られない感覚を有している生粋の武人。

 シュライティアとはまた違う。血みどろの殺し合いに身を投じてきた戦士の気配。鉄と肉の焼ける臭いを纏う、屍山血河の只中に咲く彼岸花が如き女傑。

 想起させるは雷竜ヴェリテ。性別も同じながら、この竜からはアレと同じ威容を見受けた。

 全霊を賭してこの場で倒す。

 リベンジマッチと戦略的采配。その両面を担って、アルは火刑竜ティマリアの討伐に挑む。



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