暗闇の都市


 地下遺跡の最奥。

 忘却の古代都市と呼ばれている大扉の先は吸い込まれそうなほどに何も見えない深淵の闇。歩くだけでも気を付けなければならない程度には視覚が頼りにならなかった。

 そんな状況を打開するのがシャインフリートの役目。彼の生み出した浄光弾ハイリヒ・リヒトと呼ばれるバスケットボール大の光の球が各人のすぐそばに二つ三つと随伴しているおかげで、彼らは全力疾走で古代都市をひた走ることが出来た。

 そしてそんな光源を追って来る者達も、まるで誘蛾灯のように一斉に押し寄せる。

「逃がさない、行かせない!!神器は絶対渡さない!!」

 戦闘竜を従えて一気呵成にまず一手を打ったのは後方から追随するメティエール。

 ブレスと共に四周全域へ向けての大規模な猛毒の噴霧。あの妖魔には効かなかったが、本来であれば一息吸うだけで死に至る致死毒だ。

 とてつもない規模の塔が左右に乱立する古代都市中央の大通りを後方から瞬く間に寒色の毒霧が押し寄せる。

「いつまで寝てるんですかいい加減出番ですよっ!」

 あえて一団の殿を務めていたヴェリテが、大広間でアルからぶん投げられ回収されていたシュライティアを掴み空中に放り投げる。

「う、む!竜特効の斬り傷が響くが、戦闘行動に支障なし!」

 二度ほど空で回転してぴたりと止まったシュライティアが前面に掌を突き出すと、地下の大気を練り上げた突風が毒の噴霧を押し返す。

 猛毒の煙幕があえなく風に負けるも、毒霧の中からぼふっと飛び出たメティエールがギラつく眼光をその先へ向ける。

「ニン、ゲン…!!」

「俺かよ…!」

 たまたま飛び出た先にいたのがディアンだったわけではない。初めからこうなるように噴霧の段階から仕掛けていた。

 神器破壊は最優先目標だ。だがそれとは別に、メティエールには眼前の男を見過ごせない理由があった。

「パパとママの仇ぃ!!」

「させない!」

 手の内に圧縮させた毒の一撃はディアンに届くことなく、直上からその腕を蹴り落としたシャインフリートが割り込んだ。

「ディアンさん!予定通りに!」

「悪いな任せた!」

 事前に打ち合わせたおかげで動きはスムーズだった。不意打ち気味に強襲したメティエールにはシャインフリートが対峙する。

 どうあってもこの人数、この状況では全員が一か所に集まることは出来ない。加えて、ここまで来た時点で既に目的は他勢力の駆逐ではなくなっている。

 最速最短にて任務を遂行する。

 その為に足止めとなる者達の組み合わせはざっくりこうだ。

「あっれ、戻っちゃったんですの?ざぁんねん」

「…よくもやってくれたものだ。風刃竜の名折れだな」

 悪意と疾風の奔流を互いに牙向けながら、狂瀾竜デイジーに一度はいいようにされたシュライティアが双剣を構える。

 絶えず移動を続けながら敵味方が古代都市で縦横無尽に動き回る中、一切の戦闘行為に身を置かず一目散に都市中央部へと向かう影があった。

 エヴレナだ。

 神器、神竜の剣を手に入れる為にはおそらく同種たる真銀竜の力が必須。彼女への干渉一切を阻むこと。それが皆の総意だった。

「くっ。パパ、ママっ!あいつ止めて!」

 自身を含む味方へ迫る脅威に対しほぼパッシブで発動したシャインフリートの強化スキルを前に攻めあぐねているメティエールが、ここにきて地下で初めてとなる『厄竜化』した両親への懇願という名の命令を下す。

 無感情にここまでただ背後を付いてきていただけだった二体の毒竜が、地面を踏み抜く信じられない脚力で左右からエヴレナを挟み込んだ。

 『厄竜化』の力によって肉体の自壊を代償に発揮する能力全開放及び上限突破。勢いに耐え切れず脚の表面が裂けるのも構わず毒竜はエヴレナの顔面と心臓をそれぞれ狙う。

 だがその双撃は尾と戦槌に遮られ少女竜へは届かない。

「…ヴェリテっ」

「行きなさい」

 半回転した勢いで左右の竜を弾き飛ばした雷竜ヴェリテが最後の砦に任じる。

「うん!みんなありがと!絶対持って帰ってくるから―――」


 一瞬だけ背後を振り返って礼を述べたエヴレナの小さな、そして最大の隙。

 その正面の空間が歪み、暗闇の中からぼうと白い長耳の獣が片手を上げる。

 まさに瞬きの内の出来事。エヴレナはもとより油断ならない相手との交戦で他の誰もがそれに気付けなかった。

 だから。

 エヴレナを除き戦闘行動を起こしていなかったその娘だけしか動けなかった。


「てぇやーー!!」

 弾丸のような速度でエヴレナの顔の横を通過した小さな妖精が、間一髪のところでエヴレナが触れかけた結界の予兆に頭から突っ込んだ。

「ロマンティカ!?」

 妖精の介入によって満足したのか結界の口を縮小させた『ネガ』の領域からギリギリのラインで距離を取ったエヴレナの悲鳴は閉じた結界の先には聞こえていないだろう。

 よりにもよって一番戦闘能力に乏しい者が結界に囚われたのは予定外だったが、ネガ対策自体はこれも事前に話を合わせてある。本当に不味いと悟ったならば戦っている彼ら彼女らの誰かが動くだろう。

 立ち止まってはいられない。

 唇を噛み、エヴレナは再度皆に背を向けて神器の気配があるそのドーム状の建物へと向かう。


 打ち合わせの内容は至ってシンプルだ。

 竜は竜を相手取り、そして人は人を。

「まだ信じられませんか…?悲しいことです。しかし女神リア様はきっとお許しになる。だから私も許しましょう。ええ、ええ。少しだけ、こちらと頂ければ、きっとわかってくれます」

 ぶらりと下げた手に握られるモルゲンシュテルン。悪意の鍵を刺し込まれたシスター・クラリッサは昏い瞳を笑みに細める。

「……っ」

「ビビんな。俺が付いてる」

 悪意の修道女に相対するのはディアン、リート。そして子狐のトラン。

「出来るんだろ?ならやってみろ。隙はきっちり作ってやっから」

「は、はい…。おねがい、しますっ」

 ポンッと白い煙と共に少年の姿へと変わったトランの背を叩き、ディアンが刻印の光る片刃剣を抜いた。


 対戦カードは決まり、残すは敵の全てを通さないことに徹するのみ。

 だが誰しもがそんな消極的な考えを持ってはいなかった。

 止めることではなく倒すことを念頭に置いて、各陣営の能力が古代都市のそこかしこから瓦礫と煙を巻き上げる。

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