VS 悪意に呑まれた風刃竜 (後編)


『ぐううう!!』

 苦悶の声を押し殺し、シュライティアが再度暴風を叩きつける。

 あの時とは違い相手は単騎だというのに、あの時より遥かな劣勢でその身は消耗していた。

 当然といえばそれまで。

 ヴェリテが考えていたように、現在位置である地下空間という閉鎖環境では風竜としての力は発揮出来て六割程度が精々。加えて望まぬ欲望解放によって思考能力は靄が掛かったように明瞭とせず、ただただ目の前の強敵を屠る為の大振りな攻撃を繰り出してしまう。

 いくら悪竜の影響下で本来以上の威力が出せるようになったとはいえ、それよりも遥かにマイナス要素の方が大きかった。

 そしてあの時と違う最大の点。

 地に足が着く戦場であること。ここが滅びた竜の都であること。

 この二点が、妖魔アルの本領をさらに引き上げていた。

「おお!!」

 風を斬り裂き、両手の刀剣が乱れた気流の中で白刃を閃かせる。

 竜の表皮外殻を容易く裂く、これらの刃は無銘。たいした効力も仰々しい真名も存在しないただの丈夫で鋭いだけの刃。

 そんなものが何故竜を斬れるのかは、わざわざ説明するまでもない。

 竜の性質を乗せているからだ。それも、アルの能力によるものでもなく。

「今度はテメェから奪うまでもねェ。竜種テメェをブチのめす為の素材はそこら中に転がってっからな」

 竜都ドラコエテルニム。かつて竜達が栄華を誇っていた都市。

 その王国としての姿は長い時の経過によって見るも無残に滅び去ったが、そんな中でも当時の形からさほど朽ちずに鎮座しているものもある。

 都に住んでいたであろう、竜達の亡骸。

 建築物とは違い風化せず骨と鱗を残し至る所にその骸は埃を被っていた。

 妖魔アルは、異界の金属に酷似した竜鱗という素材を自前の能力で武装に鍛え上げることが出来る。

 つまり、この地下空間において、この場での対竜戦闘において。

 極めて限定的にではあるが、アルだけが特効武装を体力の続く限り無制限に生み出せる規格外と化したということ。

 悪意に呑まれ環境に縛られ弱体化している風刃竜と、戦場を空より慣れ親しんだ地へと移り敵への特効武器を生成し続けられる強化された妖魔。

 いくら雷竜の力添えがない状況であったとしても、勝敗を分けるに足る要素は揃いに揃っていた。

『ォぉおお!!アァル殿ォおおああああ!!』

「諦めて寝てろ。ここじゃ俺には勝てねェよ」

 出せる最大出力のブレスも地を駆る健脚の妖魔には当たらず、舞い散った粉塵に紛れて懐まで潜り込んだアルの剣閃がシュライティアの全身を下部から逆袈裟へと斬り上げた。

 その斬撃の途上、胸部を穿っていた鍵状の楔をも破壊し、悪意への解放と同時に負傷による稼働限界を迎えたシュライティアが人化状態となって仰向けに倒れた。




「……すまないアル殿。面倒を、かけた」

「まったくだ。余計な時間と体力を使わせやがって」

 自力での歩行が困難となったシュライティアを片手で持ち上げ肩に担いだアルが怒りの冷めやらぬままにズンズンと足音高く遺跡を進む。

「二度挑み、二度負けるとは。…いやはや、嫌でも実力の差を痛感させられる」

 全身脱力しぶらりと両手を揺らすシュライティアの表情は見えないが、声に力が無いことからしてそれなりに気を落としていることはわかる。

 アルにはそれが理解できなかった。

「アホかお前。前はお前に有利な状況で俺とヴェリテの二人掛かりで引き分け。今回はお前に不利で俺に有利な状況で勝っただけ。まだ互いにフェアな状態でやったことねェだろ」

 真に敵を討つ為の殺し合いであればそんな平等性など求めるだけ無意味なものだが、純粋に武を競うものであるならばこの勝敗にはそれこそ意味が無い。

「次は地上でやるぞ、空中でも地下でもなく。空を抑えるモンが何もない場所。武器を作る地面が広がってる場所。全力出せるとこで、全快の状態で、全霊のド突き合いをする。それまで俺はお前に勝ったとは思わねェからな」

「……、そうか」

 応じる声は低く、小さく。それでいて少しだけ弾んで聞こえた。


 人化竜を担いで戦闘音の鳴り渡る方向へ歩く傍ら、アルはこの先のことを思う。

(止める為とはいえシュライティアはズタボロ。わかっちゃいたが俺も無傷ではいられなかった。ロマンティカの治癒鱗粉も残り僅か。一応ザックに回復薬ポーションは詰め込んできたが…)

 そもそも火竜戦での傷は全て癒えているわけではない。骨折と傷ついた内臓を治した段階でロマンティカには治療を止めさせた。時間が惜しかったのもあるし、ロマンティカ自身が鱗粉の残量不足を嘆いていたのもあった。

 もし戦闘不能に陥った今のシュライティア、そして新たに負傷したアルの両名を完全回復させるとすれば、おそらく治癒に必要な鱗粉は底をつく。

 この世界で一般的に普及している回復薬は確かに飲むだけ、傷口にかけるだけで即効性の治癒を施すことが出来るものだが、いかんせん性能が低い。あまりの深手に対しては下手をすると治癒より先に失命が先に来るかもしれない。

 そう考えるとロマンティカの薬効鱗粉は桁違いの治癒能力であることがわかるが、この先頼り過ぎるのは厳禁だ。

 ジリジリと消耗していくこの状況は芳しくない。一刻も早く神器を見つけ脱出しなければ、九名全員(トラン含めれば十名)での地上帰還も難しくなる。

(頼みの綱は残りの連中か。ヴェリテ辺りはまだ無傷っぽかったが、アイツは今どこで何してやがる?)




     ーーーーー


 アルとシュライティアの交戦が終了した頃。

 で、件の雷竜ヴェリテはこめかみに手を当てて考え込んでいた。

「これは一体、どうしたものですかね…」

「ですかねー」

 そこにいるのはヴェリテと、彼女の隣で同じような仕草を真似るロマンティカだけではなく。


「はぁあああ!?なに言ってんのバッカじゃない!エッツェル様の統治する世界が一番素晴らしいに決まってるじゃないのー!!」

「頭湧き過ぎでしてよ毒竜娘!ハイネ様のもと、人間を玩具にして遊び回る世界こそが至高で至上と決まっているじゃありませんの!!」

「なんでそうひねくれた世界しか見れないかな!?みんなで仲良く手を取り合って暮らせる世界がいっちばん良いに決まってるのに!!」


 わあわあぎゃあぎゃあと、文字通り姦しく己の自論を押し付け合うは三人の少女。

 どうしようもなく平和な世界の内側で、どうしようもなくわかりあえない三勢力が、どうしようもない議論を交わしているのを眺めて、雷竜は再びこめかみを押さえた。




     『メモ(information)』


 ・『妖魔アル』、欲望の鍵破壊により『風刃竜シュライティア』正気に覚醒。


 ・『雷竜ヴェリテ』、『妖精ロマンティカ』、『真銀竜エヴレナ』、『疫毒竜メティエール』、『狂瀾竜デイジー』、『「和平」のネガ』の結界内にて停滞。

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