シンプルな攻略法


「きゃああああああヴェリはやすぎっぃぃいいいい!!」

 雷速移動に振り回される妖精の悲鳴が雷の尾と共に地下遺跡を駆け抜ける。

 アルの乱入直後の離脱で二手に分かれた内、ヴェリテはロマンティカを連れていた。

 合流する為に手分けするというのも本末転倒な気がしたが、真銀竜の護衛兼使命の補佐を主目的としているヴェリテにとっては他の面子よりも先んじてエヴレナとの再会が優先されていた。

 そしてネガの結界に囚われているという予想の都合上、なんらかの負傷を見越してロマンティカを連れていくことにしたのだった。

 シャインフリートは幼くとも竜種。それにこの地下遺跡に崩落してからの短時間でどういう経緯か強化術を会得していた。幼いという面ではエヴレナと同様ではあるものの、今の彼であれば単身でもそれなりに戦闘能力は期待できる。

 そういった理由から、遺跡で仲間となった子狐(トランというらしい)と組ませて別方向の探索を頼んでいる。

 最後に気配が消えた方角へ、古城や古都の残骸を足場にして数歩で何百メートルもの距離を最速最短で疾走する。

「めっふぃ」

『はいはーい、なんだい?』

 呼び声に応じ、やはりなんの気配も感じさせずに肩に乗っていた白ウサギが答える。雷速で移動するヴェリテに振り落とされずにいることも謎だが、もはやその辺りは気にするだけ無駄と判断した。

「この地下遺跡に存在するネガの数は?」

『……』

(やはり駄目か)

 めっふぃはネガの出現時にのみその正体と能力を明かしはするものの、逆に言えばそれだけだ。こちらとあちら、どちらかに利が傾くようなアンフェアな発言と解答はあからさまに無視されている。

 となればやり方は当初のものより変更なく。

 下手な小細工も小技も必要無い。エヴレナの気配が感じ取れない限り、いずれかのネガ結界にはいるはずなのだ。

 竜らしくストレートにシンプルに、事の解決を図りに行く。つまるところは。

()

 あれだけの脅威・異常性を二度も体験しておいてそのような思考回路に至るのは、やはり竜種故の好戦的かつ直情的な本能が由来しているのだろうか。

 ともあれまずは一つ目。空間の揺らぎを遠くの路上に見つける。外部からの侵入に制限制約の類が無いことは確認済みだ。このまま飛び込む。

 そうして目測六百メートル直進の歩測を三歩で測った時、揺らぎの途上にある十字路の中央に二つの影を見つけた。

 修道女、シスター・クラリッサ。もう一人は知らぬ者。

 この地下遺跡で見知らぬ知的生命体がいるのなら、敵として見て相違ない。

 それに、その身から漂う澱のような悪意。そして気配の探知を阻害する同種の存在。


「邪魔ですよ」

「ん、な…!?」


 ちょうどいい。どうせこれから法則不明な異界への侵入を試みようとしていたところ。

 ついでに敵の一人でも引き込めば、多少は時短にもなろう。

 目を見開く紫紺の瞳には取り合わず、金髪ごと頭部を鷲掴みにしたヴェリテが勢いそのままに空間の揺らぎへと飛び込んだ。




     ーーーーー


 それは九十秒前に遡る。

 ヴェリテより先んじて風刃竜の暴走から離脱したディアンは仲間の一人と合流していた。

 だがその様子。つい先刻のシュライティアに酷似しているのを認識した瞬間からディアンは腰の鞘から片刃剣を抜いて距離を保つ。

「…うふ。ディアン様。あなたはまだ、我らが神の存在を信じてはいませんね?ええ構いませんとも。無知が罪なのではなく、意欲なく学ばぬ姿勢こそが罪であるのですから」

 淀んだ瞳でドス黒いオーラを放つクラリッサ・ローヴェレの胸部に突き刺さる黒色の鍵状の楔。症状と要素が完全に一致している。己の欲望を悪意で塗り潰した上で意図的に暴走を引き起こされている。

 そしてようやく、ディアンは二人の仲間をそのように汚染した元凶の姿を視認する。

「あいたた…この馬鹿力シスター。鍵ひとつ刺し込むのに随分手間取らせてくれまして」

 クラリッサの手に握られているモルゲンシュテルンでの殴打を受けたのか、自慢の表皮に傷を付けられた悪竜が血を指で払いながらも傀儡となった修道女の後方で嘲笑を浮かべる。

「でもようやくこの通り。やっぱり人間の方が質の良い欲望を抱えておられて大変満足です。貴方はこのシスターのお仲間でしょう?」

「…ディアン。状況判断はしっかりね」

「問題ない。二対二で数は負けてねーだろ」

「あれもしかしてカナリアもカウントに入れてるの?」

 劣勢下でも平時と同じようなやり取りを交わすディアンとリートだが、正直にじり寄るクラリッサの洗脳を解除する片手間で竜種一体を相手取れる自信はなかった。

「さあ、人間同士、欲望のままに滑稽な劇をお見せしてくださいな。それこそが我が王の望みにして私の享楽。ハイネ様が傾ける酒杯の肴を披露してくださいな!」

 どうしたものかと解決策が思い浮かばぬ内に、悪意の竜が両手を広げて開戦を告げ。


「邪魔ですよ」

「ん、なっ…!?」


 そして十字路の横合いから雷速で通過したヴェリテに頭を掴まれて連れ去られた。

「…あら」

「あ…?」

 そんな悪竜娘を呆然と見送った二人の人間だったが、すぐに興味を失ったようにまずクラリッサがディアンへと向き直る。

「ではディアン様。どうも女神リア様への敬意が足りぬ様子の貴方様に、僭越ながらこの私からご教示をば」

「…なんだかよくわからんが敵が一人減ったのはデカい。どうにかして元に戻さんと身内で戦力削り合ってる場合じゃねーからな」

「そうだね。僕的にはこの世界のシスターさんの方が怖いから早めになんとかしてくれると助かるよディアン。なんか異世界のカミとか全然受け付けてくれなさそうだし!」

 結果的に人と人との戦いに落ち着いたことを善しと見ているのは当事者であるディアンと、遥か遠方から潜ませた甕持ちゴーレムの視界で戦場を眺めている悪竜王のみであった。




     『メモ(information)』


 ・『雷竜ヴェリテ』及び『妖精ロマンティカ』、『狂瀾竜デイジー』ごと『「???』のネガ』の結界へ侵入。


 ・『悪意の戦闘欲に呑まれたシュライティア』、『妖魔アル』と戦闘開始。


 ・『悪意の布教欲に呑まれたクラリッサ』、『「カミ殺し」ディアン』と戦闘開始。

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