VS 悪意に呑まれた風刃竜 (前編)
地下であること、神器の捜索中であること。
それら全てを一切合切思考から切り離し、風刃竜シュライティアは暴れ回っていた。
『ふは、ハハハハハ!!これぞ竜種!命の奪い合いこそが武を極めんとする
「あーあー完全に染まっちまってんじゃんか。見ろよあれ、負のオーラだだ洩れ」
「最初に会った時の死合うことしか頭になかった頃に戻ってしまいましたね。今思えば、あれもほぼ竜の本能のままに動く野生と変わらなかったということですか…」
暴風と風刃を避け続けながらどう対処したものかと途方に暮れるディアンとヴェリテが回避のすれ違い様に話す。
防戦一方なら、まだどうにかなる。風竜の本領は空を戦場とする縦横無尽の機動性と俊敏性だ。それが封じられた地下空間ではどうあっても十全な動きは出来ない。
二人が会話しながらでもかろうじて回避が間に合っているのはそういう理由がある。
ただし、それが考えなしに暴れ回る仲間であるなら、ほとほと途方に暮れる状況でもある。
「…どうする?
「それしかありませんが、……手が足りませんね」
ヴェリテの懸念はシュライティアの暴走ではなく、地下探索組の合流にある。
エッツェル陣営とハイネ陣営に加えネガ。そして連合の自陣営。その全てが地下遺跡に集い大混戦は荒れに荒れている。
ひとまず崩落時に散り散りとなった仲間達を探すのが最優先。分断された状態ではそれぞれが各個撃破されかねない。実際シュライティアは(おそらく)ハイネが投じた戦力のひとりに洗脳紛いの術式を掛けられこの有様だ。
「ディアン、他の者達を探してください。ここは私が受け持ちます」
「おい大丈夫か?アイツ素で普通に強い上に暴走状態なんだぞ。いくらなんでも一人じゃ…」
相応の手傷は負うことになるだろうが、分の悪い勝負ではない。一番の問題は勝敗の先にこそあるのだが、それは流石に口には出せなかった。
言葉を用いず目線のみで離脱を促すと、ディアンは渋々といった具合に暴風に乗って戦闘圏域の外側へわざと弾き出された。
本当であればヴェリテも捜索の側に回りたかったのが本音だ。同胞の気配は敏感に察知できるはずの雷竜の五感が、先程からエヴレナの存在をロストしている。おそらくは隔絶された空間……ネガの結界に捕まったと思われる。
「時間は掛けられませんね」
帯雷する戦槌を担ぎ、全身から迅雷が迸る。狙うは頭部、脳を揺さぶり平衡感覚を奪う算段だ。
最速の雷打撃で初手昏倒を狙うヴェリテの竜耳が、ぴくんと跳ねた。
「…これは」
『どうしたヴェリテ!?来ぬのならこちらから行くぞ!!』
深く腰を落としていた姿勢を戻すヴェリテの戦意がみるみる落ちていくのを感じたシュライティアが風の砲弾を喰らわせてやろうと意気込んだ時。
「―――ぅぅぅぉぉぉおおおおおおおおおらぁぁっっ!!!」
『ぐぉがっ!?』
気合と怒号を混ぜこぜにした絶叫と共に、竜化シュライティアの頬を真横から巨大なハンマーが打ち抜いた。
あまりの衝撃と勢いに押され、竜の巨体が風化した砦を全壊させながら倒れる。
「アル」
あまりにも突飛な乱入に苦笑いを浮かべるヴェリテに対し、青筋を立てるアルは空中で怒鳴った。
「状況は!!」
「シュライティア暴走、予想ではハイネ側の茶化しかと。人員未だ集合ならず捜索中」
「テメェも探しに行けヴェリテ!ガキ共も連れてな!!クッソ忙しいし血管切れそうなくれェムカついてる時に余計な仕事増やしやがってクソ竜がよ!!」
心底から憤っているアルに一体何があったのかヴェリテは知らない。ただアルがすっ飛んできた方角からひぃひぃと呼吸しながら仲間がやってくるのを見ていくらか手間が省けたことを知る。
「ロマンティカ、無事に呼んできてくれましたね。アルにシャインフリート…と、その子狐は確か上で会った…」
「あとあと、話はあとーっ!にげよヴェリ!かいじゅーだいけっせんだぁー!」
「ヴェリテまずいよ!今のアルさんはダイナマイトより危険!」
「誰が怪獣だ爆薬だオラァとっとと失せろ!!」
相当頭に来てるらしきアルは敵味方関係なく癇癪を向けている。悪魔のような形相で喚き散らすアルから逃げるように、ヴェリテの手を引っ張って子供達は走り出す。
「わ、っとと…アル!手心は加えるように!」
「気が向いたらな!!」
無茶苦茶な返事に困り果てながらも、ヴェリテはロマンティカとシャインフリートにそれぞれ左右の手を引かれながら去っていく。
『ぬぅ……アル殿か!クハハッ!これはいい、あの時の再戦と相成ったか!!』
「ほんっとテメェら竜共は!どいつもこいつも……ッ!!」
ヴェリテが単身での相手を務めると決めた時に抱いた懸念。勝敗の先にある問題。
暴走した仲間を止める時、果たして自分やアルのような者が『相手を殺さずに止められるか』という不安。
(うーん。大丈夫ですかね……)
その不安は、自分ではなくアルが残った時点で倍に膨れ上がっていた。
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