捜索と探索(後編)


 幻妖狐トランは過去に接触したことのある火竜の姿をコピーしていた。その時の火竜は非常に温厚で、仲間とはぐれたトランにも良くしてくれていた老齢の竜種であった。

 だが悪竜王ハイネの悪意汚染によってすっかり竜種をトラウマとして刻み込まれてしまったトランにとって竜への変身というのはそれ自体が非常に体力と精神力を擦り減らす行為に他ならない。

 加えて、いくら火炎に耐性のある火竜への変身といえど、炎壁は上位竜種たる火刑竜ティマリアの展開したもの。同種の竜でも容易に突破できるものではなかった。

 結果として炎壁の内部へ到達した瞬間から、力尽きたトランは元の子狐に戻りダウンしてしまう。

 だがシャインフリートにとっては十二分の働きをしてくれた友に対し感謝しかなく、炎壁への侵入と同時に彼はトランと、磔にされていた炎杭を抜き取ったアルを後方に庇う形で短剣を構えたのだった。

 剣を向けられたティマリアは、シャインフリートの敵意とは対照的に炎による攻撃の一切を向けなかった。

「どういった関係かは知らんが、退け光竜。私は我ら竜の未来の為に動いている」

「そうはいかない。この人は僕の大事な仲間だ。…それに…」

 ちらと背後を見る。

 全身火傷と貫通創で血に塗れるアルは、自身の傷など何処吹く風でよっこいしょと立ち上がる。その飄々とした立ち居振る舞いに若干引くところもあるが、本来であれば起き上がることすら困難なはずの重傷だ。

 こうなった原因は自分にある。そうシャインフリートは考えていた。

 何故なら。

「アルさんは全力じゃなかった。僕を落下から助ける為に、……少なくとも片腕の骨と、内臓をいくつか壊してるはずなんだ」

 地下遺跡で目を覚ましてからアルと行動している短い時間で気付いた。アルは地下遺跡で一度たりとも利き腕を動かしていなかった。武器を生み出しても片手でしか扱っていなかった。

 それに動きにも不自然なものがあった。それら全ての違和感が繋がる前にティマリアの襲撃に見舞われこの事実に行き着くのが遅れてしまったが。

「この人がちゃんと全力で戦えていたのなら、きっと負けなかった。だから代わりに僕があなたを倒す」

 短剣を強く握り己の意思を強く持つ。そんなシャインフリートの頭を乱雑に掌で撫で回し、アルが隣に並ぶ。やはり利き腕の左手はぶらりと下がったままだった。

「勝手に話を進めやがって。俺はもう戦力外扱いかクソガキ?まァだまだやれるっての」

「ごめんなさい。なら、一緒にお願いします」

 共に士気高く戦闘態勢を維持しているが、やはりティマリアに動きはなかった。どこか、厳しい眼差しの中に戸惑いのようなものが浮かんでいるように見える。

「……守った、のか。妖魔」

「あん?」

「貴様が、その竜を守ったのか。手負いは、それによるものか」

「…だったらなんだよ」

 負傷を明かされた以上もはや隠す必要性も無くなり、ただ事実を認めたアルを燃える瞳が見つめる。

 そんな状態が数秒続き、やがてティマリアは指をひとつ打ち鳴らす。

 すると四周を囲っていた炎の壁が消失し、ティマリア自身も背を向けて歩き始めた。

「オイ!」

「わっ、アルさん!」

「その竜を連れて地上へ戻れ。神器を見つけてもいない今であれば、まだ見逃してやれる」

 いきなりの戦闘放棄に声を荒げるアルをシャインフリートがしがみ付いて止める。ティマリアの歩みは止まらない。

「だがもしまた現れるのであれば、その時こそ焼き殺す。此度の光竜に免じてその矮小な生命、摘み取らずしておこう」

「勝ったつもりかよ?後悔するぜ、ここで殺さなかったことをな」

「…ふ。させてみろ」

 売り言葉に買い言葉で応じたティマリアがすたすたとさらに歩いたところ、急にぴたりと動きを止めて顔だけを振り返る。

「時に、本当に知らんのか。小さな背丈の、紫色の左右結び。エプロンドレスの我が同胞を」

「……テメェの仲間ってんなら、毒の竜か」

 セントラル地下に通ずる鉄扉を守護していた衛兵らの殺害方法からして竜王の尖兵は火竜と毒竜という推測は立っていた。行方知れずという『メティエール』なる竜種は後者なのだろう。

「この地下でいきなり消えたってんなら、そりゃネガの仕業だろうな」

「ネガ…?」

 わざわざ敵に情報を与えてやる必要もないが、あえて秘匿しておくほど重要な情報でもない。

 むしろ明かすことであの厄介な情念の怪物共の数を減らせるなら。そういった思惑でアルは正直に答える。

「セントラル地下のあちこちにいる妙な怪物共だ。いきなり自分の領域に引き摺り込んで倒すまで消えない結界を張る。見つからねェなら、まだその毒竜はネガ結界の中だ。クソウサギ!」

『なんだい?』

 呼びかけに、アルとティマリアの死角から現れた白ウサギのめっふぃが片手を上げる。

「なんだこの兎は、いつから…」

「考えるだけ無駄だ。おいクソウサギ、ネガの結界は引き摺り込まれる場合以外で外から入る手段はあんのか」

『あるよ。ネガは移動するけど結界は空間の揺らぎとして目視できる。そこに飛び込めばネガは歓迎してくれるとも。ただし入ったが最後、出るには同じくそこのネガを倒すしかなくなるけれどね』

「だとよ。俺が知ってんのはここまでだ」

「…そうか。ネガ、か」

 ティマリアはしばしぴょこぴょこ動く白ウサギを見つめて何か考えていたが、すぐに顔を上げ、足元から炎を噴き出し推進力として地下遺跡の上空を飛んで行った。




「…ッッ!!!」

 実のところ、アルの内心は煮え滾っていた。握り拳から血が滴るほどに、怒りに燃えていた。

 見逃された。勝てなかった。相手にされなかった。

 万全であればだの、条件が悪かっただのは言い訳にしかならない。アルは勝敗そのものを見て判断する。

 吼えて遺跡を破壊して回らなかっただけ我慢した方だ。それは傍らにいる、子狐を抱いたシャインフリートの存在があったことも大きかった。

 だからこの怒りは内側のみに留める。溜めて溜めて、純度を高めて。その時が来るまで滾らせ続ける。

 次は。次こそは。

 必ず倒す。

 大きく深呼吸し、憤怒に染まりかけていた思考を明瞭にする。

「―――……っし!んじゃ行くか、シャイン」

「あ、はい。えっとアルさん。この子も連れていってもいい、ですか…?」

「好きにしろ。ダチになったんだろ?」

「…はいっ!」

 意識は戻ったがまだ変身能力の反動があるのか、腕の中でブルブル震える以外動こうとしない狐を見下ろす。

「よかったね、トラン」

「………う、うん」

 怯えた様子でアルをちらちら見上げている視線には気付いている。まだシャインフリート以外の者には心を開けないようだが、わざわざこちらから歩み寄ってやるようなことはしない。

「他の連中と合流する。ずっと気になってはいたが、あの竜巻。まさかとは思うがあの野郎」


 遠方で高く渦巻く風の奔流を眺め嫌な予感に襲われるアルへ凶報は届く。

「アル~やっとみつけたよ~!シューが大変なんですけどー!!」

「聞きたくねェがいいとこに来た。傷治せ」

「このアクマまた血まみれになってるもーやだーー!!」

 嫌な予感をそのまま運んできた妖精が、傷だらけのアルを見て半泣きで叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る