捜索と探索(前編)


「ここだ…」

「え?」


 分断された最後の一組、エヴレナとクラリッサは他の組とはだいぶ離れた位置で地下遺跡を探索していた。

 そうして、途中でぴたりと足を止めたエヴレナの呟きにクラリッサは意味がわからず問い返す。

「ここ…というのは?」

「あ、ごめんね。…えと、なんて言ったらいいかわかんないんだけど」

 苦笑で謝り、どう言葉で表したものかと自身の感覚を言語化出来ずにいるエヴレナが、やがてこう続ける。

「なんかね、わかるんだ。。この先に、きっと神器はあるよ」

 彼女の言うその先。

 視線の彼方にはこれまでどこを歩いても乱立していた遺跡や塔、砦の残骸等が広域に渡って存在しない謎の広場があるのがクラリッサの視力でもかろうじて確認できた。

「……古い、竜の都。そう……あれはドラコ、エテル」

 不可視の手に引かれるように、小さく呟いてエヴレナは広場へと足を向ける。

 竜種の抑止力としての性質、継承された真銀の記憶に誘われているのか。ともあれ下手に声を掛けて邪魔することを避けたクラリッサは黙って少女のあとを付いていくことにする。

 そんなクラリッサの眼前の空間が、不自然に歪んだ。

「―――これは!」

 セントラル地下道で遭遇したものと酷似する空間歪曲。直後に呑み込まれ結界に閉じ込められたことを思い出す。

 ネガだ。

「クラリッサさん!」

 体の末端がその歪曲に触れかけたとき、翼のみの部分竜化を施したエヴレナの突撃がクラリッサを突き飛ばしネガ結界から遠ざける。

 そして代わりとばかりに、結界はエヴレナを取り込んだ。

「エヴレナさん!」

「みんなに伝えて!神器はこの先にあるって!それまでにわたしは、このネガを…っ」

 言い終える前に空間は真銀竜を収容し、歪みを閉じた。

「……!」

 この時点でクラリッサの中には二つの選択肢があった。

 ひとつは空間の歪みを追って自身も結界に侵入すること。

 意図的にしか思えないタイミングでネガは戦力の分断を図ってくる。現に今とて(当初はクラリッサを狙っていたとはいえ)竜種という大きな戦闘能力を持つ存在と別れたことによって戦況の雲行きは怪しくなった。

 ネガ結界は内部に入るまでその正体や法則性は明かされない。『園芸』のように攻略法が容易なものもあれば、逆に難解であったり純粋に凶悪な性能を有するネガもいる可能性は充分にある。

 分断されたままよりは、再度結界内で合流してネガを倒す方が安全ではないとも言い切れない。

 ふたつ目としては、エヴレナの言う通りこの場を離脱して他の組との合流を果たすこと。

 もっとも安牌ではあるが、単身結界に囚われたエヴレナの安否に不安が残る。

 数秒思考に回し、決断する。

(…私自身の戦闘能力は他の方と比べ低い。結界を攻略するにしてもはぐれた皆さま方との合流が先決ですね)

 冷静に判断し、急いで踵を返す。向かう先は立ち上る炎の壁、巻き上がる烈風。あからさまに交戦していると思しき方角。

 そうして目標を定めたクラリッサが、

「ふッ!」

 踏み込んだ一歩の勢いで、前ではなく真上へ跳ぶ。

 色を伴わない衝撃が大気を撓ませながら指向性を持って伸ばされ、クラリッサの進行方向ごと立っていた場所までを直線上に破壊した。

「あら?今のを避けてしまいますの。人間にしては良い勘をお持ちで」

 着地と同時にインベントリからモルゲンシュテルンを取り出し、再び駆け出す。

 回避行動で空中に身を捻った瞬間に敵の姿は捉えた。波打つ金髪の隙間から嗜虐的に覗く紫の瞳。頭部に生えた山羊のような角と鋭角なヒレのような耳から人化状態の竜種と判断する。

「竜王の刺客ですか!」

「あーんなのと一緒にしないでくださる?私はもっと、欲望に正直な方の側でしてよ」

 消去法で悪竜王ハイネサイドだと気付いたが、どちらにせよ敵であることに変わりはなく。

 数多の異教徒とを行ってきた棘付きの鉄球を、容赦抜きの全力で振り回す。

「退いてください。竜の頭蓋とするつもりはありませんので」

「そう言わず。あなたも、もっと欲望に忠実におなりなさいな?」

 神聖なる修道女と悪徳なる竜種とが重々しい打撃音を地下世界に木霊させる。




     ーーーーー


「何を考えている、貴様」


 炎壁の内側。

 火刑竜ティマリアは訝し気にそれを見上げる。

「…なに、言ってっか、わかんねェな」

 岩肌に炎の杭で磔にされた妖魔は、自身の窮地にあっても弱気を見せない。

 それがティマリアにとってはなおさらに神経に障った。

「貴様のことは知っているぞ、多くの同胞を討った刀工鍛冶の妖魔。よもや女相手だからと手を抜いたわけでもあるまい。何を企んでいる」

 この世界で収集した情報に基づいてみれば、あまりにもこの妖魔は弱すぎる。仮にも竜種を真っ向から討ち取ったというのならば、それなりの力を秘めていて然るべきだというのに。

 会敵してからここまで、戦況はほぼ一方的だった。

 だからこそかえって不審である。ティマリアがひと思いに妖魔を殺さずにいる状況の大元はそこにあった。

 壁に打ち付けられたまま、血の混じる唾を吐く妖魔の態度は変わらない。

「ハッ。テメェこそ…何ビビってやがる。怖ェんだろ、ここからの一発逆転が。だからそんな遠くから炎を撃ち出すだけしかしてこねェ」

 無論妖魔アルとて諦めているわけではない。ただ相性が悪いのも否めなかった。

 得手とする能力と戦闘スタイルの都合上、アルは近接戦を好む。だがティマリアは火竜としての性質を遺憾なく発揮し中距離を保っている。

 それに加えてもあっては劣勢を強いられるのも無理からぬ話ではあった。

 だから煽る。この手で首を刎ねてやろうと思わせられればと、そう考えて。

 それで駄目なら、最後の手を使うしかなくなる。

(チッ、最悪『完全反転』か。別にいいが、白埜がいない現状じゃ俺を止められるヤツがいねェかもな…)

 考えている間にもティマリアは自身の周囲に炎の杭を生み出していた。その数、数十。

 おそらくは最後まで距離を保ちつつ決着とする腹積もりだろう。

「竜の血が泣いてるぜ、チキンが」

「なんとでも言え。今は生きて任務を遂行することこそが至上だ」

 指先の動きひとつで数十の杭が矛先を定めアルへと弾かれたように突進する。

 奥の手の起動に意識を注ぎかけたアルが、その直前で止まる。強がりでなく、愉悦に歪む口元が笑んだ。

 横合い。炎の壁を派手に突き破って赤色の巨体が杭とアルの間に割り込む。

 見たこともない火竜の出現に驚愕したのはティマリアのみ。そして火竜の腕の中から飛び出した少年が、手に握る短剣で迫る炎杭の全てを斬り払った。


「アルさん!!」

「…よォ。ちっと見ない内にいい顔になったじゃねェか」

 その身に纏う光の強さと、何よりも迷いを振り払った表情。ここにきてアルはようやく少年を子供ではなく戦士として見た。


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