新たなる仲間と身内争い


「……あ、あの!僕…」

「うん。元に戻ってよかった」


 精神世界で悪意の根源であったハイネの接続を断たれた子狐は、身体から噴出していた瘴気も悪意も綺麗さっぱり消失し正気を取り戻していた。

 操られていた間の記憶も残っているのか、二度に渡り襲ってしまったシャインフリートにビクビクとした態度で何事か言おうとしていたが、それを遮って陽気に笑う。

「僕は浄光竜シャインフリート。君の名前は?」

「え…あ、えと。…トラン。幻妖狐の一族」

 長いことグリムガルデと共に常闇の幻想郷で衣食住を済ませていた為に外界への知識に疎い部分がある。幻妖狐という種族がどんなものかを知らないが、おそらくはあの能力の性質上幻覚や幻影、変身能力に長けた一族なのだろうと推測する。サポート能力に秀でた良い力だと純粋に感じた。

 とはいえシャインフリートとしてはこれ以上この子狐に辛苦を与えるつもりは毛頭ない。

「ごめんね。今僕達はちょっとこの地下遺跡で大事なものを探している最中なんだ。それが済んだら一緒に地上へ連れてってあげるから、それまではどこか安全なところで隠れてて」

 不安がらせないようにとにっこり笑顔で子狐の頭を撫でて、シャインフリートは背を向け歩き出す。

 その先にあるのは岩石の天蓋にまで届く炎熱の壁。

「あ、え?なにを…」

「…さて」

 現実世界に帰還した時点でダメージと激痛は再開された。短剣は引き抜いて布を巻き止血も施したが、それで痛みが引くわけもない。悪意との競り合いで削りに削られた体力も戻り切っていない。

 だがそれがどうした。

 竜種なら、妖魔なら、人間でさえも。

 こんなところで無意味に足踏みをする者は誰一人としていない。

 つい先刻覚えたばかりの能力位階を引き上げる覚醒を行使し強く発光する。今現在アルは追い詰められているはず。そう考えれば自然とこの力は身体に馴染んで自然と発動してくれた。

 身一つで炎壁へと突っ込む。

「シャインフリートくん!?」

「ぅぅ、ぐぐうぅああああああ!!」

 やはりただの炎ではない。物理的な圧力と反発力も感じるこれはあの火竜が展開した特別性だ。生半可に突破できる代物ではない。

 そしてこちらも、生半可な覚悟で挑んではいない。

(超える、越える!!アルさんに加勢し、敵の竜を倒す!!)

 悪意の奈落で幻視した愛しの彼女との誓いを胸に、戦士としての成長を果たしたシャインフリートには探索当初にはなかった分相応の自信と決意が備わっている。

 意識の違いはそのまま秘められていた潜在能力ポテンシャルを堰を切ったような勢いで引き出す。

 だが、それは明確な彼我の差を埋めるにはまだ足りず。

 炎に焼かれる竜の表皮が徐々に壁に押し返され始める。

(駄目なのか、まだ…!心意気だけでは越えられない実力差がっ)

 意志だけでは覆らない炎壁越えに弱気を見せそうになった。その時。

 シャインフリートを覆い包む巨大な両腕が炎壁の熱波を遮った。

「…え…?」

『―――僕は弱虫で、意気地なしで、今まで怯えて怖がって逃げてきた卑怯ものだけど』

 低く轟く声。先程までの震えていた中性的な高い声ではないが、その発言が紛れもなくあの子狐のものであることは間違いない。

 低い子狐の声が、抱えられた太い両腕よりさらに頭上から響く。

『そんな僕をあなたが助けてくれた。だから僕は、……ううん違う、これも言い訳だ』

 ズシンと巨躯を前へ進ませて、炎の壁を少しずつ攻略していくその姿は狐のものとは程遠く。

 きっとこれは。


『ひとりぼっちは嫌だ。こわい。だから……友達になりたい。一緒にいたい。だめ……かな?』


 変身能力で火竜の姿へと変貌した怖がり屋の子狐は、歯を食いしばって初めて自分以外の為にその力を使っていた。

「……いや、そんなの」

 怖がり屋の頑張り屋へと返す言葉は決まっている。

 武勇の雷竜は言っていた。

 『互いの意思のもとに名乗り合えば、手を取り合うことは簡単ですよ』。

 無頼の妖魔は言っていた。

 『殴り合えば大抵のことはわかる。大抵のことがわかれば、あとは気を許しゃダチだろ』。

 愛しの闇竜は言っていた。

 『ええ大丈夫。あなたはいずれ多くの良き共に恵まれます。星は、そう吉兆を示しているのだから』。

 その全てを信じて、ここまでやってきた。

 だから竜らしく八重歯を見せて快活に笑い、シャインフリートは答える。

「そんなの。もうとっくに友達だと思ってたよ、トラン!」

『……っ!』

 うりゅ、と。大柄な竜姿には似合わぬ涙を一粒溢して、トランは宝物を抱えるように一層腕の中に力を込めた。

『この先に、行きたいんだよね!だいじょうぶ、必ず届けるから!』

「うん!!」

 文字通りに一度は心を通じ合わせた二人の少年が、胸いっぱいの勇気を滾らせて焔色のその先を越える。




     ーーーーー


「……貴方は」

 『腐乱』のネガを倒し結界から解放された二人の前に現れたのは見知った青年。

 緑色で統一されたプレートアーマーの上から同系色のマントを装備し、腰に双剣を佩いている。

 人化形態の風刃竜シュライティアは、ゆらりと二人の前で立ち止まる。

「おい、なんか様子が」

 その様子を訝しむディアンが言い終えるより前に、両名へと風の刃が飛来する。

「ッ!」

「なにしやがる!」

 事前に異常を感じ取っていた故に迅速な迎撃行動を取れたのは僥倖だったが、それよりも憤慨が勝る。隠し切れない敵意に当てられても、シュライティアは弁明はおろか邪悪な微笑みすら見せた。


「強者。私を倒した雷竜ヴェリテ。印を刻む剣士ディアン。いずれも、……不足無し!!」


 呟き、巨大な竜化形態へと変化させ吼え猛る。

 明らかに平常ではなかった。

「何かがおかしいよ、ディアン」

「見りゃわかるわクソ鳥!何がどうなってこんな…んっ?」

 ヴェリテと左右に分かれ武器を構えると、不意に小さな悲鳴が風の流れに沿ってこちら側へ降って来た。

 反射的にそれを片手で掴むと、息の詰まった小妖精がぐったりと半身を前に倒してダウンしていた。

「ロマンティカ。どっから来たお前」

「あ、あっち~」

 震える指で示すのはシュライティアがやって来たのと同じ方角。

「シューが、いろんなドラゴンとたたかってたんだけど……そしたら、後ろから変な女が出てきて~…変なカギみたいなの刺されちゃって……でシューも変になっちゃって!!」

「わかったもういい下がってろ」

 まったく状況把握の情報は足りなかったが、何者かの手によってシュライティアが暴走状態に貶められたことはわかった。

「ヴェリテ!そういうことらしい!」

「何をしてるんですかこの忙しい時に!」

 同士討ちを狙う妨害行為になんとなく所属勢力に察しをつけながら、ネガからの連戦となる風刃竜を前にそれぞれの武器を向けた。

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