眠れ。美しき夢に抱かれて
オルロージュという司令塔を失っても『救世獣』達は動きを止めることはなかった。
ただ、その動きは格段に落ちている。形勢は一気に逆転し、ここから人の勢力が巻き返すであろうことは目に見えて明らかだ。
だからそれらの後始末は残る地上部隊に任せ、直接オルロージュと交戦した者達は激戦地の中央に集っていた。
そこには、銅色の角と髪を持つ青年が倒れていた。
竜化状態を保てなくなり、人の姿で仰向けに倒れるオルロージュ。その群青の瞳は虚ろであった。
竜の時に受けた傷はそのまま反映されており、額は割れ胸には大きな風穴が穿たれたまま。広がる血溜まりを見ても命の終わりが近いことは明白。
もはやこれ以上の追撃は大魔女カルマータの決着を汚すことにしかならない。
「……いつの世だって清いだけではいられない。間違ったりもする。汚れることもあるだろう。それが人なんだよ。私達は、その人の世をあんたに知ってほしかった」
脱力し切ったその長身の隣で、膝を折ってカルマータが寄り添う。
「…そう、だな。わたしは、その…人ありきの世界を、見なかった。…見ようとしなかった。それが敗因」
光の灯らなくなった瞳を空に向け、オルロージュはゆっくりと頷いた。そうして、見えない目で周囲をぐるりと見渡す。
自身を降した人間達。負けるはずだった大戦を、全ての要素を覆して勝利へと繋げた者達。
『機械仕掛けの救世竜』としての性能を取り戻した瞬間、実はオルロージュの勝利は揺るがないものになっていたはずだった。
無尽蔵に上昇するステータスに加え、解禁された未来予知・時空跳躍・因果律修正…数え上げればキリは無いが、オルロージュはそれらの本来持ち得たスキルを使用可能になっていた。
だが使わなかった。
思えばあの時点で、人造の竜はその意図を真に理解していたのかもしれない。
「本当、馬鹿なヤツだよ。あんたは」
「そのように造ったのはお前たちだ、カルマータ」
嘲るような口調で、しかし浮かべる表情と声色は嘲笑を演じきれず。それを見透かしてオルロージュも皮肉を返す。
「…っ…」
痛みに意識を持っていかれそうになるのを懸命に堪える。これだけの大罪を重ねた身、死する最期まで苦痛に甘えているようではいけないと自身に喝を入れた。
すると、徐々にではあるが脳が焼き切れそうなほどの痛みが和らいでいくのを感じる。
オルロージュ自身が何かしたわけではない。創造主としてそのような慈悲を与えるカルマータではない。
現象の正体は、二人を囲う純白の光。
それは浄化の―――『救済』の
肩を貸す大道寺真由美の『創造』の力も借りて、残り僅かな魔力を振り絞ってその柔らかな光はオルロージュの最期を看取らんとしていた。
「いいの、やらせて。だって…こんなの、あんまりでしょ?」
止めようとする周囲の者達を先んじて押し留め、叶遥加の魔法が天へ昇る柱のようにオルロージュを包み込む。
人造竜の経緯を詳しくは知らない。どういった思惑で生み出されて何を考えていたのかまでを推し量ることは出来ない。
けれど、親子が死に別れようとしているのをただ黙って見過ごせるほどに、異界の女神は世界を割り切れなかった。
ほんの少しの静寂。次いで、鼻で笑ってアルが隣の禿頭を小突く。
「オイ、クソハゲ」
「黙れ魔の物が。わかってんよ、静かすぎるよなァ?」
一度互いに目を合わせ、そして大口を開けて笑う。
直後、アルは出せるだけの刀剣を生み出し、鐵之助は両腕にバズーカを担いだ。
同時に刀剣と砲弾は空へと打ち上げられ、そして上空に達すると大きく爆ぜて色とりどりの大輪を咲かせた。
「なァにをしんみりしてやがる!勝ちだ、俺達の勝ちだああああ!!」
「ふははは!!馬鹿共酒を持ってこい!ここで祝勝会やっぞ!!」
騒ぎ出した男二人を呆気に取られてみていた皆だったが、次第につられて笑みを連鎖させる。
「しょうがねえ、やるか!見とけ夕陽!これが宴会用の刻印術だ!」
「うそだろそんなのもあんのかよ!?えっ…リートまさか…?」
「うんもちろん、右肩の方に刻んであるよ☆」
「人の身体に何いらん刻印してくれてんだ焼き鳥にするぞ!?」
「よっしゃ野郎どもー船から酒樽持ってこんかーい!」
「その前にお主は全身の火傷をどうにかせんかい。放っておくと死ぬぞ?」
「船のパーツを組み合わせて医療用ポッドを作成したのでとっとと入ってください。それとも高性能なサイボーグに改造されたいですか?」
「いぇいいぇーい!かんぜんしょーりー!ほらほらサチ、ハイターッチ!」
「っ…」
「いやーあんまりわたし活躍できなかったなぁ…」
「なに言ってるの、アタシ見てたけどすごかったじゃない。他の兵士も啞然としていたわ。女の子が最前線で戦ってたんだから負けてられなかったでしょうね」
「頑張りましたね、エヴレナ。真銀のブレスを放出し続けるのは大変だったでしょうに」
「うん、まあね。でもハルカも一緒に頑張ってたし!…それに、この花冠のおかげかな?結構、負担も少なく済んだんだ」
「……そうですか。それは、彼女に感謝しなくてはなりませんね」
「チッ!!せっかくとっておきの一撃を喰らわせてやろうと思ってたのによお!簡単にくたばりやがって」
「まあそう言うな。まだまだ貴殿の狂戦士っぷりを披露する機会はある。まだ……この先、いくらでもな」
「フン。ってかオイ白髪の小娘、ひでー顔色だぞ。死ぬのか?」
「死なんよ。戦後処理も残っているしね…ふふ…」
「では私は、残る獣の狩りを指揮しに」
「墨崎さん、だっけ?私も行くわよ、まだあと少しなら術式陣形は使えるから。それにしても根っからの生真面目っぷりね。うちの軍に来ない?貴女みたいなのがあまりにも足りなくて困っているの」
「生憎と私は軍属ではなく参謀副官の地位があるのでな。遠慮しておく」
「ねえ、どうかな?僕ちゃんと竜として戦えてたかな?」
「ああ。貴様は立派に一匹の竜として戦場に在った。この風刃竜が保障しよう。もっとも、まだまだ粗は目立つがな」
「我らが女神も見ていましたよ!こう、なんか……とても身近に気配を感じていたのでっ!ほんとに!!」
「この女が言うと冗談に聞こえないのが恐ろしいな…」
それぞれがにこやかに笑い合うのを目の当たりにして、救世竜は悔しさも憎しみも込み上げてはこなかった。
それどころか、その光景を尊いものと感じている。
「そう、か。これが清きもの。美しきもの。…正しきもの、なのか」
「そんな風におこがましく言い切るつもりはないけどね。ただ、これが人なんだよ」
口々に談笑する姿が、かつての在りし日を想起させる。
産まれた自分を慈しむ声、自我の生誕を我が事のように喜ぶ人。同胞としての知識と知恵を授けてくれたかつての
人造の竜が生み出されてからこれまでの生を祝福してくれた全ての命に囲まれる、幸せな夢を見ていた。
「…………あんた」
「出過ぎた真似であると自覚はあります。ですが、最期の時くらいは幸福に溺れても良いのではないでしょうか。あなたも、その竜も、…あまりにも長く辛い日々を送り過ぎた」
魔女と救世竜から少し離れた位置で、冷泉雪都は誰にも気づかれぬよう、静かに己が奥義を展開していた。
それはオーバードライブ〝邯鄲の夢〟。
その夢こそが彼の求めた理想郷。そこに映る悠久の幸福の中で、救済の光に包まれながら。
かつての暴走と此度の復活。二度の大戦を引き起こした竜は魔女の腕の中で涙を溢す。
「ああ、あぁ……これが、これこそが、わたしの望んだ、永久の…」
「…もういいんだよ。ゆっくりおやすみ、馬鹿息子」
もう何も見えない闇の中で、たくさんの光に囲まれながら。
オルロージュは最期、魔女を名ではなく母と呼んだ。
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