VS『茶会』のリギリリリリリス・ネバーエンド (前編)


 不自然。

 あまりにも不自然であった。

 実際のところ、ロマンティカが『ネガ』の結界に取り込まれた経験は探索組総員が同じ場所に居た時点で纏めて呑まれた『園芸』のネガ以外には無い。

 だがそれでも、『ネガ』という存在の概要はある程度認識しているはずだった。

 ネガ―――情念の怪物は、己の領域(結界)に取り込んだ者を己の情念のままにその理に任せ結界内での行動を縛る・あるいは従わせるものであった。

 その認識下において、これはあまりにも縛りが緩すぎた。

 ロマンティカはひとつの椅子に座らされた状態で、ただ円卓に広がる茶菓子と紅茶でもてなされているだけ。今のところ敵対行動と思われるアクションは何も行われておらず、だからこそロマンティカも下手に暴れる選択肢を奪われていた。

「……」

 わざわざ妖精サイズに誂えた小さなティーカップを両手で持って鼻を近づける。匂い自体は非常に良く、とてもではないが毒入りには思えない。

 そっと舌を伸ばしてちびりと熱々の紅茶を一口。

「おいしい…!」

 コーヒーには山盛りの砂糖を入れないと飲めないお子様舌のロマンティカにも、これは美味と感じられるほど。そして飲んでみても身体に異常は見受けられない。

 もとより毒草の花粉すら食す妖精としてある程度の毒性には高い耐性が備わっているロマンティカである。おそらくは上位竜種である疫毒竜の毒ですら完全ではないにせよ抵抗できるくらいには。

 そしてこの紅茶には元々毒などは混入していなかった。この世界はどこまでも侵入者に対し温厚で穏便だ。

「うーん…」

 ずずーと作法もへったくれもなく紅茶を啜るロマンティカが周囲を見回す。

 見渡す限りのチェック模様。赤と黄が無限に交差する風呂敷の中にロマンティカはいる。

 円卓の対面には雁字搦めに縛られた状態で座すぬいぐるみ。これがこの世界を掌握する『ネガ』の本体なのだろうか。

「ねえ、めっふぃ」

『なんだい?』

 呼びかけに応じ出現する白ウサギ。『ネガ』は白ウサギに対しては歓待の姿勢をとらなかった。まるで存在を認知していないかのようにスルーされている。

 構わずロマンティカは質問を投げかける。

「ここはどんな結界なの?」

『「茶会」のリギリリリリリス・ネバーエンド。その性質は招待。招き、もてなし、共にあることを望み続ける寂しがり屋。魂は取らないから安心安心!』

「ぜんぜん安心じゃないんだけどぉ…」

 その口振りからするに、こちらが結界内で暴れるようなことがなければ攻撃されることはない。ただし、永遠に終わらぬ茶会に参加し続けなければならない。

 そんなものは御免だった。

「あれ。あのぬいぐるみが、『ネガ』?」

『…………』

 無言。解答拒否。

 『ネガ』にとって都合の悪い、あるいは平等性に欠ける内容に対しては黙秘することは知っていた。ただ、これが『本体であるから黙っている』のか『本体ではないからこそ黙っている』のか判断つかないのが問題だ。

 下手に手を出して戦闘になった場合、おそらくロマンティカでは勝てない。

 そうとわかっていても。

「……時間が、ないんだよね」

 夕陽に頼まれた自分の役目。それは己の能力を用いて他の者達を助けること。

 ロマンティカの活躍なくして探索組一同はこの古代都市まで到達することは出来なかっただろう。それほどの功績を挙げている。

 それでもまだ妖精は満足しない。その思考はあの少年と限りなく近いものになっていた。

 自分の力が少しでも役立つのなら。この力で誰かを助けられるのなら。

 それはこの地下探索が始まってから先、浄光竜も至った思想。誰が為にこそ輝かんとする心と絆。ロマンティカの場合は、あの黒き大森林の時点でそれに目覚めてはいたが。

 勢いよく椅子から立ち上がる。

「…ごめんね」

 円卓が揺れ、紅茶がこぼれた。

「みんな、がんばってる。だからティカも、がんばらなきゃ」

 歓待を拒む行為に風呂敷は揺れ、結界内部のそこかしこから現れるリボン、針、鎖。

 それらが一斉にロマンティカへ照準された。

 敏捷性すばしっこさには自身がある。この全てを掻い潜り、『ネガ』の本体を見つけだす。

 羽根を震わせ体勢を低く。飛翔の準備を終えたのと同時に三種の武器は飛び出る。

 小さな身体が秘める大きな覚悟を嘲笑うように猛攻は全方位をくまなく埋め尽くし、殺到。

 これを防ぐ、躱すことは妖精には不可能で。

 


「〝魔光剣・」


 空間が割れ、降り立つ影が剣を構え。


「―――爆烈撃ブラスト〟」


 刻む紋様が光る剣の一薙ぎが四周を包囲していた色とりどりのリボンを焼き尽くし、針を粉砕し、鎖を爆散させた。

「あっ、ディー!」

「呑気に茶ぁしばいてる場合じゃねーぞロマンティカ!!」

「この『ネガ』はディアンに任せて、この子を!」

 頼れる増援の出現にぱぁっと破顔したロマンティカと対照的にディアンの表情には焦りが滲んでいる。

 片手に抱き留めていた少年、シャインフリートを静かに降ろすと、ディアンは片刃剣を改めて両手で握った。

「役割分担!俺は倒す、お前は治す!」

「りょーかーい!」

 誰しもが己の役割と使命を解っている。全うしている。

 当たり前のように妖精にその役割を任せてくれることが妙に嬉しくて、ロマンティカは自身と友の窮地にも関わらず朗らかに笑って敬礼の真似事をしてみせた。




     『メモ(information)』


 ・『妖精レディ・ロマンティカ』、『茶会』のネガ結界に捕縛及び交戦開始。


 ・『「カミ殺し」ディアン&リート』、『茶会』のネガ結界に侵入。交戦開始。


 ・『浄光竜シャインフリート』、猛毒による衰弱進行。意識不明。

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