VS『茶会』のリギリリリリリス・ネバーエンド (後編)


 ロマンティカが即座にシャインフリートの解毒作業に取り掛かり、ディアンは刻印の施された剣撃で円卓ごと対面に座すぬいぐるみを両断した。

 まだ結界に入ったばかりで判断がつかなかったディアンの即断行動であったが、結果的にこれは悪手となる。

 途端に勢いを増した三種の武器が攻勢を再開した。

(チッ!しくじった!)

(あのぬいぐるみが本体じゃ…ない!?)

 風呂敷の内側にある結界内において、ネガ本体と見受けられるような存在はこのぬいぐるみ以外には見当たらなかった。だが未だ針と鎖とリボンの猛攻は止まらない。治療中のシャインフリートを庇う形でそれら全てを迎撃するディアンにも、本体の位置は判明しなかった。

 ただでさえ負傷を押して結界に割り入ったディアンの身体が、瞬く間に鎖で叩かれ縛り上げられ、裁縫針が衣服を風呂敷の生地に縫い留める。リボンが彼の首に絡みつき、今にも締め上げんとしていた。

「ディアン!身体強化に魔力を回すんだ!」

「…………ッ!!」

 リートの一声で刻印術の強化に専念して必死に抵抗し、かろうじてのところで意識を手放さずにいるディアンが力尽くでリボンと鎖を引き千切ろうともがく。

 その間、鱗粉での解毒作業が終了間近に差し迫ったロマンティカは小さな身体ごと揺らして風呂敷一帯を縦横から左右からくまなく見渡す。

 何かあるはずだ。ぬいぐるみが本体ではないのなら、必ず他に何かがあるはず。

 例えば『園芸』のように。食人植物らが本体かと思わせておきながらその実は地を這う芝生こそが本体だったように。あからさまにそうと判断できるものではない何かが、きっと『茶会』の本体。

 だがこの結界には本当に何もない。真っ二つにされたテーブル。砕けて中身の紅茶が風呂敷の一角に染みを作っているティーセット。テーブルの傍には縦から裂けたぬいぐるみ。それ以外には何も―――。

「……え」

 その時ロマンティカは自身の目を疑った。疑心暗鬼になり過ぎて、ありえないものを幻視したのかと考えが揺れる。

 それでも、賭けるべき価値はあると思った。

 だからロマンティカは叫ぶ。

「ディー!もっかいあのぬいぐるみ、斬って!!」

「あぁ…!?」

 背後からの声に僅か戸惑う素振りを見せたディアンも仲間の言葉に信を置き、まずは問い返すより速く瞬間的に高速循環させた魔力から得た強化で全身の戒めを振り払い、片刃剣を腰の鞘に納める。

 ディアンは常に剣の刻印に魔力を注ぎ全ての斬撃に性質を乗せた状態で戦闘行動を行っている。これは〝魔光剣〟という固有剣技の性能を如何なる時にも遺憾なく発揮させる為の措置であり保険だ。

 無論、先程の一振りにもその魔力は付与・停滞している。

 チンッと小気味よく鳴った納刀の音と同時、剣技の一つを解放する。

「〝魔光剣・再剣撃リプレイ〟」

 それは対クラリッサ戦で使用した〝残留撃レゼィドゥ〟とはやや異なるものであり、『剣の軌跡の再現』ではなく『実際に斬った箇所への』とも呼べる現象。

 ぬいぐるみを裂いた一撃が再び寸分違わぬ位置と範囲にて発動し、少女を模したぬいぐるみは今度こそ中綿を血飛沫の代わりに宙へ噴き出しながら斜めに泣き別れした。

 その際、ぬいぐるみを彩っていた首元や手足に巻き付いていた装飾品も一斉に散らばる。

「―――見つけた」

 散乱したそれらの中から何かを見つけたロマンティカが飛翔する。

「あっ、おいロマンティカ!」

「ディーはその子をおねがい!」

 二度もの攻撃で結界が憤激したようにうねり、攻撃の密度が倍になる。横たえたシャインフリートを守り抜く為にディアンはその場で再びの迎撃態勢を取った。

 当然飛ぶロマンティカにも三種の攻撃は向かったが、一度初速を得た妖精の動きはそうそう捉えられるものではない。小柄な体躯を活かして鎖とリボンを掻い潜り針を避けて突き進む。

 飛翔の先、不自然に遠のくブローチがあった。

 ぬいぐるみの首元に飾られていたその宝飾。明らかに斬撃の余波とは思えぬ軌道で転がるそれを追いかける。

 ロマンティカが視界の端で見たのは、まるで最初の斬撃が掠めたことに怯えるようにふらふらと揺れたブローチの挙動。ぬいぐるみ自体は微動だにしなかったのに、それだけは意思を持っているかのように自律して動いたように見えた。

 どうやら予想は当たったらしい。猛スピードで攻撃を躱しつつ転がり続けるブローチを追う。

 そしてついに、擬装が無駄だと悟ったのか、ブローチは一瞬の発光の後に親指大の小さな妖精へと姿を変えた。

「あれが本体っ!!」

「急げロマンティカ!もう防ぎ切れねぇっ」

 遥か後方から焦りを含んだディアンの怒号。敵の領域、胃袋の中たるネガ結界ではさしもの刻印術使いとて意識不明の仲間を庇った状態では継戦を保つにも限度がある。

 敵の本体はロマンティカよりもさらに小さい。だが速度だけでいえば同等、いやロマンティカがやや上。

 それでもリスに似た姿の妖精を守るように展開される三種の武装が行く手を阻み、進路を塞ぐ。

(よけてるだけじゃ追いつけない!なら)

 羽根を震わせ、壁のように編み込まれた鎖とリボンへと頭から突っ込む。

 編み上げはまだ完全ではない。ロマンティカほどのサイズであれば通れる穴はまだある。

(むりやりにでもっ!)

 強引に身体を捩じ込み、編み込まれた武装の間隙からその先へ抜ける。その強行によって片羽根が裂ける。が、千切れたわけでもなし。ただ我武者羅に直進するだけならばまだ飛べる。

 最短コースで距離を埋めたロマンティカが、両手に握る針でネガを背中から突き刺す。

 自分と近しい外見、体躯。同族を殺したような嫌悪感を覚えるも、一度決めた覚悟は揺らがない。


「…ごめんね。お茶、おいしかったよ。ごちそうさま」


 針を引き抜き、ロマンティカは呟く。

 固く結ばれていた風呂敷は解け、『茶会』の結界はそこで完全に解除された。




     ーーーーー


(くっそ、せっかく不味いマナポーションをがぶ飲みして回復した魔力がほとんど空になっちまった…。それに)

 再び暗い古代都市へと舞い戻ったディアンは、魔力不足でふらつく身体を叱咤しながらまずシャインフリートの容体を看る。

 あれだけ酷かった顔色も猛毒による変色も消失し、呼吸も落ち着いている。しばらくすれば目を覚ますだろう。

「ロマンティカ!早く自分の治療しろ!」

 光竜の治療を確認し、今度は地面にぺたりと座り込んでいる妖精へと指示する。

 片羽根の一部欠損。突撃の際に鎖で打ったのか頭部からは出血しており細い手足の何か所かは濃い青痣が広がっている。

 この妖精の能力は他者だけでなく自身にも効果を及ぼすことは知っている。薬効鱗粉を放出ではなく体内に留めたまま肉体の再生に充てることも可能なはずだ。

 それでもロマンティカは力なく首を左右に振るった。

「……いい、だいじょぶ。まだ、飛べるし」

 痛みに耐えるようにぐっと唇を噛んで、見てる側が不安になるような挙動で羽根を動かし浮遊するロマンティカがふっと小さく微笑む。

「ティカよりほかに、治したほうがいいひと、いるでしょ…?だから、まだ……がんばる」

「ッ―――ああそうかい!ならせめて俺の肩に乗って休んでろ!」

 なおも声を荒げかけたディアンをリートが無言で諭し、乱暴な口振りとは裏腹に極力傷つけないような力加減で掴んだ妖精をリートが乗る肩とは逆側に乗せる。

(さあどうする…俺達もエヴレナの援護に向かうか。それともまだ残存している敵を……っこの面子で相手に出来んのかよ!?)

 シャインフリートを抱えて立ち上がり、次の行動を決めあぐねていたディアン。

 全力で回す思考回路が出方を決めるより前にそれは起きた。


「今度はなんだよ!!」

 轟音。次いで爆炎。

 ディアン達が入って来た古代都市へ続く大扉の方角から、地下全域を照らす大炎上と連続する爆発が視界いっぱいに広がった。




     『メモ(information)』


 ・『茶会』のネガ撃破、結界破壊。


 ・『妖精レディ・ロマンティカ』負傷。自立飛行困難。


 ・『浄光竜シャインフリート』解毒完治。中度の意識混濁状態。


 ・『「カミ殺し」ディアン』魔力枯渇状態及び軽傷。

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