VS『I』 2


 少女を抱いたままでの、〝憑依〟抜き。あくまで一介の『人間の異能力者』としての闘い。

 とはいえど、この一戦はかつての異世界強化ゴリラの時ほどの焦燥は無かった。

 外装からアーマーのように纏う兵器と、肉体そのものが強固な生物。

 地力の違いを外的要因から補おうとしている時点で、この二つの脅威が同列ではないことは明白だった。


(動体視力四十五倍、固定。両脚力三十倍)

 見ること、躱すことを念頭に置いた上で相手の手札を暴いていく。だがたいしたものはない。

 外見通りの爪と牙、それに長い腕と広い可動域を駆使した暴風のような乱撃。装甲は確かに堅そうだが、やはりこれもあの巨大な殺戮兵器との戦闘を思い返せばなんてことはない程度のものだ。

 長い腕はリーチがある分、一度振り抜いてしまえば引き戻しに時間を要する。さらに近距離においては長さはむしろ邪魔にしかならない。

「…っ、っ」

(分かってるよ)

 抱かれた幸がとんとんと回した腕で背中を小突く。それは俺も気になっていたことだ。

 このゴリラの同型と闘っている者が、他にもいた。しかも見覚えのある出で立ち。

 黒い甲冑姿の戦士が、少し離れた位置で交戦していた。さらに数十メートルほど後方にも、確認した限りでは人違いのしようもない気配の持ち主。

(異世界の騎士、か。えらく現代日本おれのところとはかけ離れた装備だが…でも普通に強そうだな)

 大剣を振り回すその姿は一騎当千を思わせる勇猛ぶりだ。俺よりよっぽど装備に充実してるようだし、敵でないのならば心強い。あと戦闘被害がやばそうだから距離を置いておく。

 問題は後ろのヤツだ。前回も思ったが明らかにヤバい。

 なんだアレ?

(死人なのか?いや…生気は内包してるみたいだけど、質も量も、種類もバラバラだ。どうなってる、無数の命を取り込んでるのか?)

 触れられぬもの、視えぬもの、感じられぬものを強引に知覚可能なものとする〝干渉〟の能力を眼球に集中させても、その身を包む何かは看破できない。見れば見るだけ精神を侵されるような気分になってえらく恐ろしい。

 敵でないことを祈る他ない。ともかく距離を離し続けることが最善だろう。

 なにより視線が幸に向いてる気がしてならないことが一番怖い。なにうちの子見てんだよ怯えてるだろ。

 そんなことを考えていたのが悪かった。ゴリラの腕が顔面に伸びてきていることに直前で気付き、木刀を逆手に持ち直した手と峰に添えた肘で防御姿勢を取る。

 迫り来る掌底は予想を違わず真正面から突き出された。が、不思議なことに寸止めによって攻撃は止められていた。

「あ?」

 カチン。

 眼前で開かれた掌。その内側から何か小さく音が鳴る。

 得体の知れないギミックを発動させる、スイッチ音。

(不味っ…!)

 鼓膜を劈く爆裂が、大気を引き裂いて直線状に放射される。地を抉りその先にあった家屋をバラバラに粉砕した一撃、これがアルファベット・シリーズの隠し芸スペシャルとやらか。

 クソ、しくじった。

「様子見が過ぎたな、間抜けか俺は」

 巻き上がった粉塵に紛れ、敵の背後に回った状態から木刀を突き入れる。

 振り返らせる間も無く埋もれた延髄を貫き、さらに捻じって内部をブチブチと引き千切る。念の為と跳び蹴りで首を完全に胴体から離してようやく撃破を確認した。

 瞬間的に引き上げた脚力の五十倍で回避は成功したが、急な引き上げに脚へ余計な負担が掛かってしまった。まだ長丁場にならないとも限らない状況でこんなヘマをしてる場合じゃなかったってのに。

「……」

「いや、まだ〝憑依〟はいいよ。それよりとっとと離れようぜ、動物園かよここは」

 両手でお姫様抱っこの形に抱え直してから、間近でじっと見つめる瞳と目を合わせて、意思疎通を図る。

 ゴリラの同型はまだ残存しているようだった。長居すればそれだけ無駄な消耗を強いられる。

 幸運だったのは、あの黒騎士が何体か相手してくれていたことか。

 …そういえば、さっきそっちの方向で大きな爆発があったけど。

「まぁ、大丈夫だろ。な?」

 なんて二人して笑い合っていると、炎上する建物の奥から黒煙と煤にまみれたサイボーグゴリラが姿を現した。

 全然大丈夫じゃねぇじゃねえか。

(爆発って…引火?誘爆?まさかコイツら、あの衝撃波だけじゃないのか?)

 内部に火薬を内臓している可能性も否めない。あんなドジ踏んでおいてまだ手札を暴き切れていなかったとは無様にも程がある。猛省せねばならない。

 仕方ない。もう一体くらいならどうにかなるか。そう考え直して幸を下ろそうとした時だった。


「おい」


 やたらと響く声がゴリラの背後から放たれ、件の黒騎士がゴリラを追って来た。

「…大丈夫だったな。なら逃げるぞ」

 一安心し、彼の視界に俺達が映る前に幸を抱いて一目散に逃げ出す。ちらと最後に見たところ、あのゾンビ少女もおかしな猫耳幼女と対峙していたがあれは遊んでるのか?

 よくわからなかったからやはり放置することに決めた。






 ―――『I』のスコアはゼロ。

 ―――開始と同時に日向夕陽へ目標を定めていた為、周囲の同型とは違い殺害行為を行っていなかったのが理由となる。

 ―――対象は最短距離で南下、0番エリアへ向かっている。目下最優先をこれの排除とし、近傍の当該シリーズ『A』・『E』・『G』・『N』・『M』は直ちに急行せよ。






「チッ…そういう話か」

 アルファベットを選べ、とはあった。

 俺と幸の名前から共通するIを取り出したあと、英単語も作れって言われたもんだから『Imagine』と選んだ。

 日和さんめ、また説明を省いたな。

「単語に含むアルファベットが全部敵になる、ってちゃんと説明してくれないと分かりませんよねぇ日和さん……!!」

 ゴリラ以外の知らないサイボーグが立ちはだかる前で、0番に隣接する三番エリアの端まで移動した俺は軽い嘆きと怒りを覚えていた。

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