VS『I』 1
またしても転移じみた移動方法で瞬きの内に見知らぬ景色の真っ只中へと送られた。相変わらず異世界テクノロジーはよくわからない。この技術を報酬として貰えれば登下校とかすごい楽になりそうなんだけど流石に無理か。
「…」
物珍しそうに周囲をきょろきょろと見回す幸。あまりこの子を連れて遠出をしたことが無いから、住んでる街以外の風景を直接見るのは新鮮なのだろう。
(しかし)
幸に倣って四周をぐるりと見てみてからの率直な感想は、気に入らないの一言だった。
片や外見で窺える高級さを漂わせたマンションがいくつも乱立する一角があるかと思えば、片やあばら家のようなボロ小屋が軋みを上げながら建っていたりもしている。
ここまで貧富の格差がはっきりしている土地もそうそう無いものだが、おかげで今いる場所がどこなのかは分かった。
「三番か。ちょうどいいな」
各エリアの特徴はざっくりだが紙面に目を通して覚えた。まずは状況の把握に努めようと意識を町やそこに住む人々に向けようとした時、不意に脳へ直接響くような音声が聞こえた。こちらを見上げる幸の様子からして彼女にも同じものが聞こえているようだ。
町の人間がまるで反応を示さず生活を送っているところを見るに、この辺りで念話に似た音声を捉えているのは俺と幸のみ。おそらく『参加者』に限定して送信しているらしい。
「…は、あほくさ」
途中まで聞いて、すぐ傾聴をやめた。なんてことはない、『カンパニー』の現社長からのありがたいお言葉だ。
前社長による情報漏洩の危機、会社の将来を左右する一大イベント。これを乗り越えた先に待っている、真っ当な、素晴らしい新生『カンパニー』の在り方。
くだらない。
いまさら根まで腐ったものをどうしようというのか。
「幸、0番エリアに行こう。前社長とやらに会おうぜ」
『カンパニー』の目的は会社の重要機密を握る前社長の奪還。連中に大打撃を与える鍵はその前社長の存在そのものに他ならない。
解放、ないし脱走の手引きを行うことによって遠からず現『カンパニー』の崩壊は免れないものと仮定して動く。幸い、ここから0番はそう遠くない。
漆黒の木刀を担いで歩き出そうとした時、地を揺るがす轟音と爆音が鳴り響いた。
「始まったな」
「っ…」
「ん、びっくりしたか?平気だよ、爆発はここからもっとずっと遠いところだ」
出所の知れない爆音に不安を煽られた幸が俺の裾を両手で掴むのを安心させる為、木刀を握るのとは逆の腕で童女の体を掬い上げるように抱き寄せた。
「極力負担を減らしたい、いつも通り戦闘時以外は〝憑依〟の使用時間は削れるだけ削るつもりだ。
「…!」
ぎゅう。小さく細い両腕が首に回され、頬と頬とが接触するほどに擦り寄る。多少動きづらさはあるものの、むしろこれくらいの方がこちらとしても安心できる。
「さ、て―――…と」
幸の頭髪から香るほんのり甘い匂いに清涼感を覚えて安らぐ反面、耳に届く念話が終わったかと思えば爆音、次いで破壊音とそれに比例した悲鳴の数々。
視界の端にはサイボーグゴリラ。
「またゴリラか。縁があるなーまったく嬉しくはないけど」
自嘲気味に呟き吐き捨て、かざした木刀の切っ先を向ける。
『参加者』には、参加前に選択したアルファベットによってそれぞれ対峙する敵の選別がされると記載されていた。
コイツが『I』か。
「今すぐ消えろ、あと周りにいるお仲間の虐殺もやめさせろ。両方呑めないなら叩き壊す」
応じる、などという期待はしていない。既に全身を巡る〝倍加〟の身体強化は四十倍、意思に反して肉体は今か今かと跳び出すタイミングを急かし続けていた。
不細工な体躯。やたら長い腕がこちらへ突き出されたのを拒絶と受け取り、幸を抱えたまま定めた敵の排除を遂行する。
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