ウィッシュ=シューティングスター (後編)


 以前、日和が創り出した式神竜の一体がウィッシュを狙って襲い掛かって来たことがある。

 それを仲裁して止めたアルはもとより、エレミアにもあの狙いは読めないままでいた。その疑問が、この一連の話で解明されていく。

「少し調べたが、アレの存在は随分と昔から確認されていた。問答無用の願望成就、不滅とも呼べるほどの不老不死。いくつもの異世界、いくつもの組織から最重要機密として扱われてきた聖杯に等しき存在。…概念体にはそれこそ、時間の概念などという縛りは無かったようだな」

 『異常流出』によって現出した概念体。まさか時間軸まで歪めて遥か過去からこの現在まで渡り歩いてきたとはさしもの日向日和も考えに及ばなかった。

「アレはなんとしてでも無力化し元の世界に帰さなければならない。竜王を討つ都合上、そこの黒尽くめはあえて生かしてあるが、〝成就〟はその限りではない」

「心配しなくても、〝絶望〟を討てば自然と〝希望わたし〟も心中だ。もとより我々は同じ甕に納まるものだからね」

 黒外套の中身は日和と同じ口調でそう答える。

「私からは以上だ」

 自らに求められていることを果たしたと判断したのか、日和はおもむろに椅子から立ち上がる。

「私は私の世界とこの子の為に戦う。目下最優先は何に置いても〝成就〟の抹殺。その為には竜王の領域にまで乗り込まなければならなくなった。状況はより悪くなったと見るべきだな」

 話しつつ、その足は大広間の出入り口へと向けられる。もはや座して話すことはないと言いたげだった。

「元帥。女神の侵攻はそちらの領分ということでいいのか?」

「…ふむ。そのつもりではあった。悪竜王の横槍も併せて、対処対策はこちらと兵軍で請け負おう」

「わかった。真銀竜」

「ふぇっ!?はい!」

 いきなりほとんど話したこともない相手から声を掛けられ、素っ頓狂な返事でエヴレナが立つ。

「お前のはこの世界の存続と繋がる。同胞の卵をどうにかしたいのなら、そこの〝希望〟に聞け。在処の仔細についても知っている。時間加速の結界はあの大魔女にでも対抗術式を作らせれば事足りるだろう」

 通りすがら、夕陽の肩をポンと叩いて一瞬だけ彼にだけ見せる笑みを浮かべる。その意味を、彼はよく理解していた。

「同時多面攻略だ。おそらくほぼ全ての脅威を同じ時期に相手取ることになる。〝成就〟の件は前哨戦だ、次に繋ぐ決戦の準備は各々で勝手にしておけ。戦力の配分は任せるが、概念体の対処は私が指揮を執らせてもらう。とりあえず私と夕陽は確定だ」

「うっす」

「っ!」

 あえて気軽な返事で応じ、夕陽が幸を連れ立って日和のあとを追う。さすが最愛の息子であり理解者ということか、夕陽がウィッシュの奪還を念頭に置き続けていたことは見抜かれていたようだ。

「待ってください!」

 三人が大広間を出ようとした間際、エレミアが切迫した様子で彼女らを呼び止める。

「私は…、わたし、も……っ」

「天啓を重視する信徒が、他女神の侵攻を蔑ろにして他にかまけている暇があるのか?」

 日和の言葉は冷たく突き放すようだった。覚悟の足りない者は必要ないという意志を強く叩きつけてくる。

「日和さん。……少し、時間を」

「……。君は本当に優しくて、困った子だよ」

 ゆるく首を振るい、日和が背後を振り返る。

「一日、待つ。それまでに誰がどの陣営、どの攻略に加わるのかを決めておけ。一世一代の大戦となる。よく考え、覚悟を決めろ」

「―――のう、ひとつよいか、日向日和」

 扉に手を掛けた日和に、玄公斎が机に乗せた両手を顎に持っていきながら、ずっと引っ掛かっていたことを訊ねる。

「ウィッシュ…〝成就〟の概念体を竜王が狙った理由のひとつが、その問答無用の願望成就の力。そう言ったの」

「……ああ」

「残る理由はなんじゃ?」

 一瞬の静寂。何かそれに並び立つ理由があるのだと、玄公斎は確信していた。

「…竜王は」

 そして日和は解答を返す。

「既に〝絶望〟の概念体との融合を完全なものとしている。あの匣の解放権限があったのもその証左だ。〝希望〟がいる限りもう匣が開くことはないだろうが…絶望を喰らった破壊は、私達の世界にある概念を引き摺り出して歪め使役する術を得ている」

 何人かが息を呑む。その言葉が示す脅威を感じ取っている。

 扉を押し開き、廊下へと半身を出した日和が最後にこう締めた。

「〝成就〟を歪め、己が力として掌握することも、今なら可能だろう」






     『メモ(作者のコメント)』


 という流れでソルト陣営は次に『〝成就〟奪還戦線』編みたいな感じでやろうかと思っています。その中でさらに戦力を分けて女神の尖兵を打ち倒せていけたらいいなとも。

 状況としては四方より迫る女神の刺客に対処する組、悪竜王の横槍に対処する組、竜王を打ち倒す組、あと地下に眠る神竜の卵(とリルヤ)を見つけ出しに行く組に分かれるのかなと思っているのですがどうでしょうかね?まだよくわからない。


 卵回収班は有原陣営でやるの決まっているのでそういう流れになるように描写はしました。エルピスが当事者だったのでそこ繋がりで『あの人たちが卵をどうにかしてくれるのなら大丈夫か』的な流れでこちらとは切り離そうと思っています。

 時間加速の対処は有原陣営が出来ると思うので問題ないとは思いますが、一応の代替案というか措置として『時間操作術を獲得していたオルロージュの設計に携わったカルマータであれば時間加速に対抗するマジックアイテムないし術式くらい作れるのでは?』ということでエリア8に寄ればそのイベントで問題は解決できるのかなとは。もちろんそちらの考えでご自由にどうぞ。


 あとこちらの展開上、たぶん竜王のいるテラストギアラの胃袋にまで殴り込みをかける可能性が高く、そうなると必然的に竜王決戦の前座という形で竜王陣営が一気に動き出すかもしれません。

 もしこの流れがまだ早い!とかそれはちょっとヤバいので待ってほしいというのがありましたらお知らせくださいませ。

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