友を助けに / 祖への反旗


「そういや、卵ってのはなんの話なんだ?」

 会議解散後、貸してもらっているホテルの一室に戻り刀の整備を行っていた夕陽は、ウィッシュの救出戦に参加する旨を伝えに来たエヴレナに麦茶を差し出しながら気になっていたことを訊ねる。

「あー…うん。あのね」

 両手でグラスを持ったまま、エヴレナは茶を一口含んでから答える。

「神器を取った時にね、先代さまに会ったんだ」

「先代…っていうと神竜の?」

「うん。先代真銀竜…の、残留思念?とか言ってた」

 和室の中央で座卓を挟み、自分の分の茶を入れた夕陽も腰を降ろす。

「で、その先代さまが教えてくれたの。『セントラル地下遺跡にはお前の「きょうだい」がいるぞ』って。それが神竜の卵」

「ならこっちに加わるべきじゃないだろ」

「いいの。卵は別の陣営が回収に向かってくれるって、エルピスさんが言ってたから」

 このホテルに辿り着くまでに得た縁から、〝希望〟の概念体ことエルピスは神竜の卵に関してもある程度信頼の置ける者達に任せられると判断したらしい。それを受け、エヴレナも身の振り方を決めたのだという。

「…ウィッシュちゃん。人間じゃないんだってね」

「ああ」

 エヴレナな空気は重たい。夕陽にとってもかなり衝撃的な話ではあったものの、この少女ほど落ち込むことがないのはそれほど近い関係ではいなかったからか。

 それでも、このホテルで関わり、他の子らと無邪気に遊んでいた姿を思い出す。

「…概念体はいずれ最後には消える」

 日向日和は全ての概念体を回収し元の世界へと送り帰すといっていた。理の欠けた世界は真っ当に機能しなくなる。これは夕陽の為でもあった。

 だからこの話は結論が出ている。

 守る、生かす。それは不可能なこと。これはただの回収作業に過ぎないのだ。

 それでも。

「それでも、お前は行くのか?」

「行くよ」

 即答した声は先程より明るみを帯びていた。

「私はね、ユーヒ。わるーい竜の王様に連れてかれた友達を助けに行くんだよ。ただそれだけ」

 よく澄んだ瞳。迷いなく、難しく考えすぎず、少女は友の為に動くことを決心していた。

「わかった。なら俺ももう何も言わない。薄幸のお姫様を助けに行こう」

「うん!」

 そんな話の終わり際を見計らっていたかのように部屋の扉が開き、幸とロマンティカが両手いっぱいに色とりどりの花を持って入って来た。

「どーだユーこれすごくない?ドラゴンもイチコロな毒草!」

「お前なんてもん幸に持たせてやがる!?」

「っ!」

「うわー!サチ駄目だからそれ!ポイしてポイって!」

 



     ーーーーー


 ホテルに併設された訓練場の中心で、ヴェリテは仁王立ちで瞑想していた。

 イメージの先にあるのは倒すべき敵。竜王。その手勢達。

 忠実に再現した己の分身が挑み、その配下を薙ぎ払う。あと三手で竜王の喉元に戦槌が届こうかといったところで、力尽きる。

 原因は竜王自体の強大な力。そして。

「…何か手を考えなくてはなりませんね」

 目を開き、背後に感じた気配に振り返る。どことなく険しい表情を浮かべるシュライティアだ。

「祖竜、成す術もなかったな」

「ええ。ただの竜殺しでは通用しないかもしれません。何せ彼は我らが『竜種』と呼ばれるより前から存在した『有翼の怪物』という名の災いなのですから」

 砂浜での一戦、ブレイズノアはまるで本気ではなかった。子供と戯れる程度の力加減で遊んでいた。

「現存する竜では刃、もとい歯が立たんか」

「いえ、今のエヴレナであれば、あるいは。あの力は祖竜達の持つ力の一端に届いています。直撃させることができれば無傷では通らないでしょう。ただし」

「それは祖竜あちら側も同じ、というわけだな」

 エッツェルはあらゆる防護術式と防衛機構を破壊して襲撃を敢行してきた。あれはおそらく、祖が持つ〝最古の属性オールデスト・ワン〟の領域に到達している。

「どちらも外的要因によって祖竜クラスの性能を獲得しました。技量や経験はともかくとして、純粋な出力勝負でなら覚醒したエヴレナはエッツェルに比肩します」

 エヴレナは神器によって。

 エッツェルは〝絶望〟の概念体によって。

 先祖返りに近い覚醒を引き起こした両名の実力が拮抗しているのであれば、厄竜化した祖竜の存在は大いなる障害となる。

 なんとしてもこの障害を切り抜けるカードを用意しなければ、勝敗以前に〝成就〟の奪還すらもままならない。


「残る時間で考えるしかあるまいな」

「ですね。日向日和が全盛であればこの問題もなんとかなるかと思いましたが…今の彼女は下手すると私より弱いかもしれません」

「人間としてはそれでも充分なんだが、日向日和という人間を知らぬ私の認識がおかしいのか」

「そうですね、あれは人間じゃなくて化け物ですので」

「貴公はその人間に対してだけはやたら風当りが強いな…」


(…………)

 そんな二人が話す様子を、訓練場の壁に寄りかかったまま遠巻きに見ていたディアン。腰に提げた片刃剣の鞘に指を這わせる。

「…刻印術なら、大抵の不可能は覆せる。そうだよな?リート」

「まあ…自分で言うのもなんだけどカミが彫った刻印ですから?でもおすすめはしない」

 最後の一言だけ、リートはいつもの調子を崩した真面目な声色で言う。

「強すぎる力は大きな反動も伴う。カミを殺し古を断つのなら、命ひとつは足りないくらいだ」

「不足はやる気で補うさ。友情・努力・勝利は今も昔も変わらず鉄板だろ?」

 カナリアは呆れたようにやれやれと首を左右に振るだけだった。

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