ウィッシュ=シューティングスター (前編)
竜王襲撃の一件。実質的な被害・損害は皆無といえる。
シスター・エレミアと白埜が軽い怪我をした程度で、これはホテルに駐留していた魔術師達の回復魔法によって傷痕も残らず即座に完治した。その他の人員に関しても米津元帥(及び冷泉准将)の速やかな働きかけにより避難を終えていた為に一切の怪我人を出すことは無かった。
そしてホテルの爆破、一部倒壊に関しては、敵の一人であった祖竜ブレイズノアの力によって完全完璧に『なかったこと』にされていた。
これに関しては雷竜ヴェリテはこう語る。
「あれはあらゆるものを焼き払う
すなわちが『竜王の起こした破壊行動による結果』自体を初めから無かったことのように焼き尽くした、そういうことらしい。
〝
ともあれ大きな被害を出すこともなく竜王が退いた後のこと。各陣営の長(あるいは代表者)となる者達がいつものホテル内にある大広間の一室を借りて集合し、再びの会議が開かれた。
議題は無論、竜王襲来の真意。それに付随して連れ去られた少女のこと。
「日和さん。もちろん知ってるんですよね」
椅子のひとつに腰掛けて、夕陽は当たり前のように隣に座って足を組んでいた日向日和を見る。他の者達も、その話を聞く為に集まっているようなものだった。
「…………アル」
しばし黙り込んだ後、日和は静かに壁に背を預け立っている妖魔の名を呼んだ。そこには若干非難の色が乗っている。
「約束を違えたな」
「ケツは拭くさ。保険も用意した。とりあえず他の連中に説明してやれよ」
二人の間でどういうやりとりがあったのかを知らない皆々は口を挟まず、ただ溜息を吐いた日和が話を始めるまで待った。
「……まず第一に」
顔を上げた日和は語り出す。
「アレは手放すべきではなかった。竜王の手に渡る前に処理しておくべきだった。それでも、あの場ではあれが最善の選択だった」
「…どういう、ことですか?」
夕陽の質問は全員が同じく抱くものだった。話の芯が見えてこない。
「ハッタリだったんだよ。あの時、私は竜王をどうこうするだけの力は無かった。ただ、私が現れたこと自体が牽制に繋がると考え、急いで現場へ馳せ参じた」
聞こえようによっては傲慢と思われるかもしれないが、夕陽以下彼女の実力を知る者達からすればその判断に説得力を感じられた。彼女は歩く核弾頭のような、真銀竜とは別の意味合いでの抑止力を担っているから。
「結果、失うものは爆弾ひとつで済んだ。
「さっきから」
我慢ならなくなったかのように、長机を挟んで対面の席を荒々しく立ったのはエレミア。話の腰を折ってでも、それだけは問いたださなくてはならなかった。
「アレとはウィッシュちゃんのことですか?竜王もそうでしたが、まるで物のようにあの子のことを話さないでください」
「物に等しい」
端的に返された答えに、エレミアが腰に提げていたクレイモアの柄を握る。感情のままに抜き放たれようとしたその腕を、抜刀前に白髪の少女が掴んで止めた。
「落ち着けシスター。激情のままにここで事を起こしても何も始まらんし、何も得られん」
あくまでも冷静に、冷徹に、事実を口にする少女のオッドアイはシスターを見ていない。腕だけ押さえ、その視線は日和へと注がれたまま。少女は仲間内で争うだけの無駄な時間を使いたくなかった。
夕陽達の交戦に加勢した傭兵団の長。名をアルミリアというらしいのはこの会議当初の初顔合わせも兼ねて知ったことだ。
「物に等しいというのは、どういう意味なのでしょうか?」
剣呑な空気を察してか、冷泉雪都が先を促すように日和へ問う。
「そのままの意味だ。あれは真っ当な生命ではない」
うんざりしたように、日和は淡々と続きを語る。
「見た者もいるだろうが、アレは手足を捥いだところで絶命はしない。どころか心臓を抉り取ったとて同じこと。もとより死の無い存在だからだ」
「死が…」
「……無い?」
同年代からよく共に遊んでいたエヴレナと白埜が、信じられないことのように反芻する。
「そうだ。加えてアレには特殊な力がある。竜王がアレを狙った理由のひとつがそれになるだろう」
「…その力とは?」
アルミリアの探るような視線を受け、それに真っ向から返す。
荒唐無稽な解答を。
「あらゆる願いを叶える力」
大広間内部がにわかに騒ぎ立つ。あまりにも飛躍した話に、冷静に付いてこれる者だけが耳を傾けた。
「そういう性質、そういう理を宿したモノであるということだ。その法則を、問答無用に秘めている存在」
理、法則。
その含みがある言い方に夕陽は覚えがあった。あれも確か、同じこの場所で聞いたもの。
自分達の世界から流れ出した、異世界干渉の弊害による流出現象。
「待ってください日和さん。なら、あの子は…!」
焦りを覚えつつもその正体に行き着いた夕陽。アルは無言で顔を伏せ、黒外套は静かにフードを目深に被り直した。
そして、その話を同じく過去にこの場で聞いていた一人である、米津玄公斎がついに口に出す。
「―――概念体、か」
肯定は迅速だった。補足を加え、日和はついぞ生命として扱わなかった少女の正体をこう告げる。
「ああ。アレは私と夕陽の住む世界から流れ着いた流星の具現化。三度の願いであらゆる事柄を叶える、〝成就〟の概念体だよ」
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