VS 『虹蛇』のロア・アイダ・ウェド (前編)

 広がる水の領域。浅い水溜まりが延々と続く、湖と呼ぶべきなのかどうかも怪しい結界の内部。


「…こいつは」

「〝断雷千鳥ライキリ〟」


 紅蓮の反英雄は領域の特性と白ウサギが呼んだその名から結界の主に想いを馳せ、妖魔は結界の状態から即座に最も有効と判断した刀を生み出し水に浸された大地へと突き立て、自身は飛び上がりながら剣の真名を唱える。

 迅雷の刀身からはいくつもの火花と共に雷撃が放出され、それは水を伝って敵へと殺到する。

「オイ待て妖魔!」

 デッドロックは焔を纏う槍を踏み台にしてアルを追うように空中へ飛び上がるも、結界の主たる『ネガ』は地を這う雷に対し回避挙動は行わなかった。

 代わり、突き出した手の先から噴き上がる水の防壁が雷電の勢いを削ぎ殺す。

(純水か。水の扱いに長けた『ネガ』…ダリィな)

 より正しくを超純水。不純物を限りなく取り除いた電気抵抗率が極めて高い水。

 こんな芸当が出来る以上、この『ネガ』の属性は水という一点を置いて他にない。あらゆる加工・変性を用いて『虹蛇』とやらは猛攻を仕掛けるだろう。

 未だ空中にいるアルへと水から成る竜が地面から牙を剥いて襲い掛かる。大地からの金行で刀剣作成を行うアルは滞空中に武器を生成することが出来ない。

 やむなくルーンによる迎撃の為に指を噛んで血文字を刻まんとしたアルの前に、デッドロックが割り込む。

「テメッ」

「―――ふぅっ!!」

 当初対峙していた敵の対処に舌を打ったアルの前で、あろうことかデッドロックは背中を向けていた。

 その状態のまま、彼女は獲物の槍を振るって水竜を薙ぎ払う。


「…………」

 着地するまでの間三秒。アルの脳内で様々な思考が巡る。

 自分を助けた。敵対の意思無し。ヒロイックとデッドロック。敵を放って地下へ直行した理由。『ネガ』を守る英雄。その存在意義。地下に在るモノ。同胞に襲い掛かった『ナレハテ』。

 大聖堂での経緯と会話を思い出し、断片的な戦況を繋ぎ合わせる。

 着地。同時。

 アルは新たな雷刀を足元から引き抜きながら、眼前のデッドロックと示し合わせたように背中を合わせた。

 おおよその状況は理解した。であればきっと、結界に引き込み損ねたヒロイックも今頃は夕陽と。

、焔女」

、だそーだ妖魔」

 共に歴戦の戦士。刻一刻と変動する戦場での適応性には並大抵を外れたものがある。

 誰に説明を受けるでもなく、刀剣使いと槍使いはそれぞれの最善を択び最短の対話のみで共闘態勢を整えた。

「ってェか、出来んのかテメェ。『ネガを守る英雄』とやらが」

「直接的な干渉はできない。情報提供と露払いくらいかな」

「ハ、充分」

 両手に刀を握り突撃。そんなアルの周囲を取り巻くようにいくつかの火球が追随し並走する。

 無限に広がる空間全域を浸す水を搔き集め寄せ返す大津波が視界一面を覆うほどに高く昇るも、アルは失速するどころか脚に刻んだ血文字のルーンによってさらなる加速を得る。

 火球の内ひとつが、そんなアルすらも追い抜く豪速で津波へと向かい。

「行け」

 短槍へと形を変えた焔が、柄の後端から火焔のブーストによる最後の加速で砲弾の如き威力を有したまま迫る津波の中心へと大きな円を穿つ。

 大質量の水が削がれた真円を埋めんと蠢く前に、アルがそこへと頭から飛び込んで津波を掻い潜る。

(出力最大。出し惜しみは無しだ)

 既に次手として水の塊を生み出していた『虹蛇』との距離は僅か。

 何もさせない。

「ッラァ!!」

 実体の刀身からさらに雷の刃を伸ばした長刀二本による乱舞。縦横無尽に閃く稲妻が痩せぎすの女をバラバラに斬り刻む。

「……、チッ!」

 確かな手応えはあれど―――未だ倒れず。

「頭狙え妖魔!」

 瞬時に肉体を再生させ始める『虹蛇』の頭上から叫ぶデッドロックが、援護射撃とばかりに空から無数の紅蓮を落とす。

『……』

 溜め切った水の塊がふわりと『虹蛇』の周囲で揺蕩い、直後に小指の先ほどにまで圧縮される。

 強引に押し留めた水量が空へと指向性を付与され、結果として起こるのは超々高加圧による水のレーザー。

 焔の雨が全て撃ち落とされるも、稼いだ時間は充分だった。再度アルの猛攻が展開される。

「あ?」

 そのはずだった。

 がくんと力が抜け、心臓に刺すような痛み。水の攻撃どころか外傷はまだひとつも受けていない。

 ぎょろりと虚ろな瞳と目がある。

「呪いか」

 知ったことかと四肢に力を入れ直し、取り落としかけた刀を強く握る。

 振るった斬撃が『虹蛇』の側頭を捉える寸前、水面から飛び出した人影が雷の刀身を受け止め代わりに焼け焦げた。

「テメェは…」

 思い至るその間にも次々と水面から湧き出でる。剣、槍、弓。

 籠手を着けた腕が、あるいは羽を生やした黒き異形が。はたまた異能を有した人間が。

 『虹蛇』を守るように断絶するように、瘴気を吐き出しながら殺意と怨念を原動力に起き上がるそれらは既に現世にて無きモノ、亡き者。

 その総てに覚えがあった。

「随分とってきたみてーじゃん。まだまだ出る」

「クソうぜェ力だな。命を削る呪詛に、想念を呼び起こす術。この調子じゃ『七宝衆』まで起きやがるか?」

 殺した相手を蘇らせる外法の力。だとすればこれまでにアルが命懸けで戦い倒してきた数多もの猛者が控えていることになる。特に、人にして人を辞めた〝憑依〟を継承する一族に関してはおそらく出てきた時点で詰みだ。アレらは今のアルであっても単騎で撃破することは困難を極める。

「幸い黄泉への帰路は混雑中だ。とっとと本体を仕留めるか」

「それしかねーな。使い魔ならあたしでも相手できる」

 殺した数が多すぎるが故か、召喚に割けるリソース上の問題か、ごぼごぼと泡立ちながら出現する屍兵の召喚速度はそれほど早くない。

 凶悪な敵が復活するより前に『虹蛇』を殺し切る。

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