祖に並ぶ闇


 展開される絶滅空間、上位竜種といえど長くは形を保てない絶対なる闇の世界。

 そこに白銀の煌めきが幾本も支柱のように天地を穿ち性質の鬩ぎ合いを押し通す。当然ながら真銀竜エヴレナの権能によるものである。

『それが我が主、『混沌』の対を為す『秩序』の力か』

「くっ…んぅう!」

 両手を前に広げ力を拡散させるエヴレナの口から苦悶が漏れる。

 古闇竜ドラクロアとて分類上は上位竜種止まりの生物であるはずだ。だというのに最上位に当たる真銀、それも先代よりの覚醒を経た祖竜としての性能も併せるエヴレナで押し切れない。

(ありえない。エッツェルとすら競り合えるはずの力だというのに)

(絶滅空間フィールドによる属性の後押しを加味しても妙だ。祖竜の仔と張り合っているようなものだぞ)

 エヴレナの真銀無くしてはいかな武竜とて戦いの土俵にすら立てない。拮抗を維持するエヴレナをその場に置いて、疑念を抱えたままのヴェリテとシュライティアが人化状態で闇竜の巨体へと挟撃を仕掛ける。

 防御を行う挙動すら見せなかった。

『些か侮り過ぎだ、童共』

「「ッ!!」」

 鱗の一枚も砕けなかった左右の竜が同時に気付く。眼前の空間が大きく歪み、撓む。

 圧される空間が生み出す引力に思わず翼を部分竜化させ離脱を図るも既に遅く。縮み切った空間は一挙に歪みを解放された反動から強烈な反発力となってヴェリテとシュライティアの身体を叩き吹き飛ばす。

「二人とも!」

『人化の出力で私に傷を負わせられると?』

 ドラクロアの口元に闇が集う。ブレスの挙動にエヴレナが回避へ意識を割くが、その前に大雷と暴風をそれぞれに纏う竜のブレスが先んじて闇竜の胴と頭部を飲み込んだ。

『…空間丸ごとの圧縮は妨害されていても、局所的な圧縮は可能なようですね』

『そのようだ。竜化は的が広がる故に悪手と踏んだがそうも言っていられん』

 完全竜化したヴェリテ・シュライティアが闇の中から威容を現し、その身に淡い銀の色をも宿す。

 〝眷属化〟に加え〝祝福カリスマ〟の重ね掛け。竜種にのみ許された銀祖の恩恵。最高出力で自壊のリスクを負う為に使用を控えていたそれを解放する。

 同時に条件を満たしたシュライティアがさらに翠緑の輝きを放つ。真銀の加護で連鎖的に目覚めた種の奥伝、始祖返り。〝祖態モード流皇ノーム』〟と呼ばれる隔世遺伝。

『ぬぅん!』

 またしても身体の間近で歪みを見せる空間。それ自体がいきなり現れる強力な爆弾のようなものだ。回避も防御も困難なそれを、シュライティアは不自然な風の勢いで強引に

『「ながれ」の祖、ファルケノームの断片か』

 風雷を圧して消し飛ばしたドラクロアの冷静な分析が声に乗る。

 ファルケノーム。かつて世界に遍く『ながるるもの』を支配していたとされる祖のひとり。森羅万象を握る〝最古の属性オールデスト・ワン〟は事象にすら作用し、かの竜は時の流れすらも己が意のままにしていたという。

 その一端のほんの一部を扱えるようになったシュライティアに出来ることは空間の流れ、ベクトルの掌握。

 絶滅空間は全てドラクロアの領域だが、操る空間の位相を僅かにずらすことは出来る。祖竜の力は何においても優先されるもっとも旧き神秘。永くを生きる闇竜とてこの例外には漏れない。

 二体掛かりによる太古の力で闇を押さえ込む。

「ヴェリテっ」

『征、け…ェ!』

 言われるまでもなく前へ飛ぶヴェリテが再度のチャージ。雷竜として全力を溜め込んだ一撃を超至近距離から当て今度こそ仕留める為に。

 突っ込む雷竜の直線状に展開される空間の歪みはシュライティアが押し流し、懸念の無くなったその先に構えるドラクロアの大きな首へと噛み付く。

 これだけ間を詰めた状態からの極大ブレス。首を焼き切るまではいかずとも相応のダメージは期待できる。

 太い首に突き立てる牙も通らないが、そのまま開いた口腔の奥から散る稲妻が先行してブレスの照準を定める。

 行ける、と。ヴェリテ含む誰もが思った。


 だというのに。いつまで経っても最大火力の雷撃は吐き出されない。

「…ヴェリテ…?」

『―――』

 怖じけたわけがないのは知っている。だが、今まさに放出されんとした雷は寸前で圧し潰されていく。

 雷ばかりではない。

 ミシミシとヴェリテの頑強な肉体が不可視の圧力に軋んでいく。鱗が割れ、外殻が破損して弾ける。

「空間の圧縮…っシュライティア!」

『やっている!いる、がッ!』

 絶滅空間内を自在に操るドラクロアの圧力操作が働いていることに気付いたエヴレナが同胞を呼ぶも、風刃竜もまた四肢から血を噴き出しながら出せる全開で祖の力を発揮していた。

 導き出されるのは明確な出力差。

 抑え切れない。押し負けている。

 一端を担う二つ分の祖が、あろうことか竜種一体の力に。

 祖竜とは絶対的な起源の化身。世を生きる生物では決して抗えるはずのないルールそのもの。

 その力に真っ向から打ち合えるとなれば、それはもう。


『馬鹿な。それではまるで』

「ドラクロア、あなた。…まさか」

『至ったのか。地力のみで、其処へ!』


 鉄のような、とても硬い何かが砕け散る音が木霊した。

 圧し折れた雷竜の躰がゆっくりと薄ら昏い底へと墜ちていくのを見届けることすらなく。

 古闇竜のブレスが直近のヴェリテ含む敵全てへと破滅を振り撒く。

 悲鳴も怒号も掻き消され、自身で展開した絶滅空間すらも耐えきれず罅割れる。

 

 黒竜王エッツェルは〝絶望〟の概念体を呑み取り込むことで。

 真銀竜エヴレナは『神竜の剣』により先代の力添えを受けることで。

 風刃竜シュライティアも覚醒を経た真銀の後押しを二重に受けてようやく。

 至ることが叶った始祖の力。


 そういった要素ものを一切不要とし。

 封じられた主を待つ悠久の中をひたすらに耐え忍び生き抜いてきた深淵の竜。最古の闇。

 三竜公が一角ドラクロアは、正気を失うほどの執念と意地と信念の先にあるそれを独力のみで到達していた。


 

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