命の残弾
実時間にしておそらく五分前後。
それが『飛沫』の結界に捕らわれ、また撃破するまでに要した時間。結界内と平常空間での時間の経過は僅かに異なる。足止めを受けたとはいえ、その点だけは『ネガ』の結界性質に助けられた形になった。
この時点で良いことと悪いことは一つずつあった。
先に悪いことを挙げると。
「「「「っ!!」」」」
結界破壊と同時にロマンティカの治療を受けながら軍事基地のエレベーターを飛び出た二人。
それに並走する形で、まったく偶然であろう二名との邂逅があった。
赤髪の槍術士、デッドロック。
金髪の魔法使い、ヒロイック。
真っ当にセントラル地下道から降って来たはずの二人の反英雄。いくらなんでも早すぎるが、向こうとて悠長に階段や正規のルートを使って来たわけではないのだろう。この二人の実力ならば地面を砕いて強引な最短経路を突き進むことも可能だ。
最悪な状況での再会。これが悪いこと。
良いことは、この後に訪れた。
「―――〝
「やめろ夕陽!」
躊躇いなく会得したばかりの能力を揮わんと全身から刻印の光を迸らせた夕陽の背中を蹴り飛ばし、アルが急制動を掛けながら反英雄へと突っ込む。
「ちっ!今あんたらの相手してる場合じゃー」
「っ、待って、後ろ!」
炎と共に槍を生み出したデッドロックに、ヒロイックが切羽詰まった声で警告する。
またしても歪む景色。少しでも押し込めば呑み込まれる距離に展開された結界の予兆。同胞に等しい反英雄相手ですら、『ネガ』の領域は異常なく拡げられる。
「馬鹿な、あたしたちまで…―――ドラゴンの汚染か!?」
「〝
今この時だけに限り好転の一手として機能した『ネガ』の出現に、逃すものかと反英雄両名を捕縛する漆黒の鎖を左右から挟み込むように伸ばしながらアルの突撃がデッドロックの胸倉を掴んだ。
「ヒロ!」
刹那の内に最善手を択んだデッドロックが片手のスナップだけで投げつけた槍が爆散し、ヒロイックに取り付きかけた鎖を破砕させる。僅かな脱出口からヒロイックは安全圏まで転がり出る。
『「虹蛇」の「ロア・アイダ・ウェド」。その性質は「屍神」』
「テメェだけでも充分だ、お仲間の結界にしばらく付き合ってもらう!」
「やりやがった。ヒロ先に行け」
ヒロイックも夕陽も仲間に押し出される形で体勢を崩したものの、即座に立て直して互いの正面にいる敵との交戦を開始する。
「アル!」
「無暗に使うな馬鹿野郎。少ない残弾なら、撃つべき時を見極めろ」
幾重もの鎖を捌きながら呼ぶ夕陽の声に、空間の揺らぎに消えていく妖魔は最後にそう忠告を残し再び別種の結界内へと消えて行った。
ーーーーー
「貴方達の目的は地下からセントラルとかいう街を崩落させようとしている元凶の討伐。これは合ってる?」
鎖とリボンを斬り捨て回避しながら最下層への道をひた走る夕陽へと、同じく壁や天蓋を跳ねながら縦横無尽に閉所に束縛の魔法を拡散させるヒロイックが落ち着きを取り戻した声色で問いかける。
「だったらどうした」
「ユー耳かしちゃダメだって!前も大森林で魔女に大変な目にあわされたでしょー!」
側頭部から片耳をぎゅうぎゅう引っ張るロマンティカの高い声には取り合わず、夕陽は最低限の迎撃だけを行いながら地下を降り続ける。
狙いとしては仲間との合流。この場で自分一人だけで倒し切れるなどといった驕りは見せない。相方が行動不能になった今こそ、数で勝るこちらの優位性を存分に活かして反英雄の片翼を捥ぐ魂胆でいた。
だがヒロイックの発言は初めから聞くつもりのなかった夕陽の意思を僅かに揺らすものだった。
「であれば、ある段階までは共に利のある関係を築けると思います」
「あ?」
「ユーってばぁ!」
耳の近くで叫ぶロマンティカを引っ掴んでポケットに突っ込む。喧しいことを除いても外で飛び回られるのは危なっかしくて見ていられない。
「なんの話だ」
意味深な発言をするヒロイックに表面上は興味を示した風を装い会話を続ける。もちろんこの間も疾走しながらの攻防は続いたままである。〝
「こちらの目的は地下最奥部に根差す情念の集積体。無限の融合体にして竜の概念を外殻として顕現する、
「長いんだよ。で、なんだってんだ」
身を伏せ分銅の付いた鎖の投撃を躱し、上体を起こしざまに高速で納刀した状態から一瞬のクイックで抜刀を行う。鞘をバウンドするような勢いで納め抜かれた刃が束にした鎖の防壁とかち合い何本かを斬り落としながら間近でヒロイックと鎬を削る。
「そちらの目的には一切干渉しない。そしてそちらにとって障害となっているであろうマギア・ドラゴンはこちらの目的に沿って討ち滅ぼす。これが利害の一致。互いの目的を討滅する段階まで、私達は矛を向け合うべきじゃないの」
「…………」
「これはあの子も了承していたこと。…その話をする前に、ああいうことになってしまったけれど」
なおもポケットの内側でもがもが喚いているロマンティカを外から叩いて黙らせ、夕陽は鎖の壁に押し付けていた刀を身体ごと下げる。
「…一時的な停戦、ってことか。決着はそのあとに?」
「もちろん。私達だって多くの『ネガ』を滅した貴方達を許すはずがないのだから」
信じるに足る要素があまりにも少ない。というかほぼ無い。
だが刃を引いた時点でヒロイックも魔法の展開は行っていない。こちらから手を出さない限り向こうも交戦の意思は封じる、ということだけは確からしい。
どの道、真偽はあとから合流する仲間の数でわかるだろう。アルかデッドロック、どちらかしか戻らなかったのならばこの提案が見事に敵の罠であったとするだけのことだ。
仲間の生死が判断基準となっているというのに、夕陽の心はあまり波を起こすことはなかった。
代償は確実に夕陽という存在を蝕んでいる。それを密かに実感しながら、ひとまずの停戦という体を夕陽は飲んだ。
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