流るる星は何色か


 『神性』とは、つまるところ存在の強度だ。

 人の歯牙が竜の鱗を砕けないように、種族・存在としての違いはそのまま生物としての根本的な差を生み出す。

 発生の起源、誕生の過程において後天的と呼べる神性の獲得とは、生来の種族値を補強する一種の鎧のような機能を果たす。

 簡単な話、神や天使として生まれ落ちたモノと何らかの条件や状況によって獲得したものとでは『神性』という言葉の意味が変わる。

 『反転』による神性獲得は無論のこと後者に当たる。新生や変生、転生という経緯を経た魔神化は真なる神とは呼び難い。

 だが、魔神アルド=ドヴェルグは歪曲された神格。異端中の異端である。


「ふん…」

「ほーん?」

 『胃袋』内部、最奥玉座の間の全域に奔った亀裂で足元が覚束ない中、エッツェルとヴァルハザードが己が力を叩きつけた黒き暴威へと意味深な視線を寄越す。

 最上格の火焔と、不死すら殺した破壊の衝撃。その二つを直撃しても魔神の身にはさしたる傷は作れていなかった。

「手ぇ抜いたかエッツェル?ちなみにオレはガチだったが」

「…通っていない」

 短く返し、エッツェルはより深く破壊の力を練り上げる。

 その慧眼の通り、竜の力が魔神に対しては命に届く攻撃に至っていなかった。

 後天的な神性とはいえど、その質は高く、加えて概念装甲としても存在補強外殻としても前提は大きく変わって来る。

 出身世界において最高峰とされる北欧と極東の神話。ゲルマンの神域鍛冶師と習合された目一箇まひとつ天津麻羅アマツマラ、最古の鍛冶祖神の核を二つ抱える後天神格保有者がマトモであるはずがない。

『ガ―――ァァァアア―――!!!』

 人間の耳では聞き取れない咆哮のような言葉のようなものを荒々しく上げながら、魔神を中心に罅割れた地面の至るところから刃が天を衝く勢いで伸びる。当たり前のように、その数百全ての刃には竜への特効が乗せられていた。

「っと!つーかいいのかよエッツェルあのガキ持ってかれたぞ」

 人化のままで身軽に足元から迫る刃をステップを踏むように躱しついでに蹴り折るヴァルハザードが、大穴の空いた玉座の間への出入り口を親指で示して言う。

 雷竜ヴェリテが、瀕死の魔女を抱えたまま〝成就〟の概念体までを連れ去ったのを見逃してはいなかった。正気を失う寸前に魔神が放った神代の刀剣が概念体を捕縛していた竜王の牢獄を破壊するところまでを込みで。

 そこまで確認しておきながらヴァルハザードは追撃を仕掛けなかった。彼は厄竜という身の上でありながら竜王に傅く配下ではなかったし、何よりも彼は逃げ出した者共よりもこちらの魔神にこそ興味を向けた。

 苛烈な大戦期を生きて死んだヴァルハザードが蘇生に応じたのは利害の一致からであり、その最優先事項は竜王ではなく『より強いもの』との会敵である。

 生前人間の勢力を相手取って喪い、そして今は竜王の力によって復元された右腕が黒い炎となって疼く。

「構わん。奴等の甘さを見越して持ち込んだ状況だったが、叶わぬのなら次手を打つのみ。仕込みは済んでいる」

 初撃が通らなかった時点で攻撃を控え溜めに徹していたエッツェルはそのどちらにも興味が無さそうな様子で淡々と対策する。

 ウィッシュ=シューティングスターと呼ばれていた概念体への干渉は完了している。本来の〝成就〟としての機能を見込めないのであれば、使えるように使うだけのこと。

「だが調子づかせるのも面白くはない。手早く片付けるぞ、どの道コレは何もせずとも長くないがな」

「だとしたらなおさら今やるべきだろ。戦う前に勝手にくたばられたらオレが困るっつの」

 二体の竜は気付いていた。

 漆黒に呑み込まれた魔神が全身から吐くヘドロのような液体。それは瘴気に浸された鮮血に他ならない。

 二柱の神性を強引に押し込めた器には命を燃やす制限時間が存在する。そして一度自我を棄てた獣は己で魔神化を解く術が無い。つまり発動した時点で死が確定している生きた災禍。

 それでも竜の頂点と最上位格の二体は放置を認めない。竜に牙を剥くならば妖魔であろうが魔神であろうが撃滅すべき怨敵。

 再度、破壊と焔の奔流が前後から魔神を挟み込む。




     ーーーーー


「ウィッシュちゃん!?」


 玉座のある『胃袋』から二つほど移動した先、比較的環境状態が安定した『胃袋』でヴェリテは偶然にもシスター・エレミアとの合流を果たした。彼女自体は水竜を追跡して最奥への道筋を最短で渡っていた最中だったが、直前で妙な振動と崩壊に巻き込まれ水竜を見失っていたところである。

「う、ぐ…。すまないね、ヴェリテ。傷が治らないのがここまでキツイとは、忘れていたよ」

「喋らないでください。傷に障る」

 意識を失ったままのウィッシュを地面に降ろし、少女の様子はエレミアに任せヴェリテはカルマータの止血処置に回った。自前の鏡面魔術による回復は芳しくない。おそらくはあの不死をころされた際に魔力も大幅に削り取られた影響だろう。

「ウィッシュちゃん、ウィッシュちゃん!助けに来ましたよ、起きてください!」

 仰向けのウィッシュの体を揺すぶり声を掛け続けるエレミア。その甲斐あってか、ややもして少女の瞳がゆっくりと開いていく。

 そうして、いつも少女の目から零れ続けている柔らかい真白な煌めきが―――

「…え。ウィッ、シュ、ちゃ」

「ッエレミア!!」

 呆然とするエレミアの修道服を掴んで、応急処置途中だったカルマータごと大きくヴェリテが後方へと跳び退る。

 ウィッシュの、仰向けのまま突き出された片手から光の刃が伸びる。それはヴェリテの行動が無ければ間違いなくエレミアの腹部を貫いていた位置。

「ウィッシュちゃん…?なんで。どう、して…」

 カタカタと身体が震えるのを止められない。あんな凶悪な刃を生み出せることすら知らなかったが、何よりもエレミアが動揺したのはその光。

 

 ウィッシュの両目からは見る影もない、綺麗さの欠片も失せてしまった黒々とした闇の煌めきが止め処なく溢れ周囲を蝕んでいく。

「…遅かった、ですか」

 カルマータを安置し、無理に引き倒したせいで尻もちをついたままだったエレミアの隣を通り過ぎてヴェリテが立つ。その手には、もう愛用の戦槌が握られていた。

「ヴェリテさん…何を」

「よく見なさいエレミア。…竜王は〝絶望〟の概念体を取り込み、理解した。故にあの男は自身の手で他の概念体を呼び込み改悪し使役する術すら得た。…だから」

 報告は受けていた。その可能性も充分に加味していた。誰もが口にしなかっただけで、この結末も考慮には入れていた。

 ウィッシュという名の概念体はふらりと不安定な足取りで立ち上がり、何事かを呟き続ける。


「お……ねーちゃ【いを】ん。ヴェ【願】リ【いを願い】テ【を願いを願いを願いを願いを】」


「―――!」

「既にいます。あの子はもう、貴女の妹でも、我らの仲間でも、ましてや〝成就〟の概念体ですらありません」

 言っている本人すら唇を強く噛み締め、血が滲むほどに槌の柄を握り込む。

 ゆっくりと顔を上げた少女は、黒き光に身を半分ほども染めながらその全てを凶器に変えて指向する。

 二重にダブって聞こえる少女の声が、次第に機械のような音声で主張を増していく。


「【願いを祈りを希求を】…た【願望を希望を欲望を志望を】す【竜の為に竜の世界の為に竜の時代の為にその為にタメにた】け【めに為だけに全ての】て【願いを叶えましょう】」

「ウィッシュ。真銀の使命を代行して、貴女の友を代表して、この介錯を遂行します」

「待っ」


 修道女の制止は間に合わず。

 星は黒く染まり堕ち、雷鳴が無慈悲に開戦のゴングを鳴らした。





     『メモ(information)』


 ・『〝成就〟の概念体』、変異。


 ・変異体『〝凶星〟の概念体【Malefics】』、『雷竜ヴェリテ』と交戦開始。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る