VS 『凶星』 (前編)
「…………」
後方で傷の止血を終えたカルマータは、横倒しになったまま静かに魔力を練り上げて術式を組み上げていた。
発動すべき術式は、これまで何度も使ってきた転移の魔術。厳密にはあらかじめマーキングを施していた既存の場所への瞬間移動。転移先はアクエリアスの砂浜に設定してある。
こうなった以上、結末がどうあれ最早長居をしている状況ではない。一刻も早くこの場からの離脱を試みる。
カルマータは早計でそう判断したわけではない。今の瀕死状態のカルマータでは人数分の転移魔術を用意するまでに相応の時間が掛かる。大魔女としての確かな感覚に基づき、術式完成までに要する時間は十五分。
この奪還戦は残り十五分を以て終局とする。
息も絶え絶えなその情報は魔女から総員へと伝えられた。基本は常備している通信端末で、それが使えぬものには魔術による遠隔念話で。
足止めに徹していた者は十五分という長さに歯を食いしばりながらもタイミングを計る。転移を一瞬で済ませる為に合流は発動直前でなければならないから。
逆に魔神は十五分を稼ぐことすら難しいだろう。既に正気を手放し自我を失った男には離脱の計画すら理解出来てはいない上、玉座の間に到達したらしき水の竜が現在進行形で戦闘不能に陥った仲間の竜を治療している。エッツェルとヴァルハザードの相手だけで限界の魔神では勝ち目は万に一つもない。
そして何よりも、ヴェリテがこの状況へ危機感を抱いていた。
「くっ…!」
手加減、躊躇。そういった類のものを一切持ち込んでいなかったヴェリテにとっても、この歪められた概念体は手に余る力を有していた。
雷速で移動するヴェリテを確実に追尾する黒い光。棘のように槍のように直角に伸びたかと思えば鞭のようにしなり曲線的な軌跡に切り替え雷光を追い続ける。その性能は
極めつけに厄介だったのが、一呼吸ごとに紡がれる少女の言葉。
「【
「ッォオオ!!」
黒光を纏う少女の姿が一瞬で掻き消え、その行方を知っていたヴェリテが最大速度で槌を真後ろへと薙ぐ。
雷光と黒き星光が鬩ぎ合い、無数の火花を散らす。
ウィッシュ=シューティングスターがこの状態になってから使い始めた異能。それは叶える力を自身に適応させたもの。
ただ純粋に相手を死に至らしめる願いを放たないところを見るに、自身で扱える願望の成就に限界があるか、あるいは叶えるスケールによって溜めの時間を必要とするのか。
なんにせよ一言で死角を取られること自体が脅威。さらに黒光は竜の表皮を容易く貫く威力を持つ上、猛追する速度は最上位竜種にして真銀の加護を受けたヴェリテにすら迫るレベルときた。
まさしく流れ星に似た、瞬きすらも危険を伴う一等星。それが眼前の存在だった。
(隙あらば正気に戻す術を…と思っていましたが!これはそれどころではない…!)
余計なことに思考を費やして勝てるような相手ではなくなっている。あの、人々の願いを純粋無垢に叶えるだけだった少女はもはやいないのだと痛感させられた。
瞳が細められる。情を捨て意識を切り替える。肌の輪郭が放たれる雷と揺らぎ同化し、『胃袋』内の天井や壁を数十回と跳ね回りながら速度で圧倒する。
「【
しかしそれすらも一言の願いによって無効化される。絶対に追えるはずのない速度であっても関係無しに、願いは正しく対象を捕捉し届くはずのない光を届かせる。
黒光の先端がヴェリテの肩と脇腹を貫き、強引に雷竜の身体に制動を掛けた。
「がっ、は…っ」
「【
動きを止めたヴェリテを囲う無数の黒光槍が矛先をピタリと固定し、最後の一言を前に射出態勢を固めた。
その『凶星』が、キーとなる言葉を放ちきる寸前。背後から伸ばされた両手がそっと身体を押さえ込む。
無力化を狙ったものでも、ましてや敵として縛り付けるような拘束力も無い。ただの抱擁。修道女が自身の獲物たるクレイモアすら手放して、黒く染まった少女の小さな体躯を抱き留めていた。
「ウィッシュちゃん、やめて。お願いですから、……もう」
「…………」
数秒の
「帰りましょう…?皆で、いっしょ…に」
そうして。
「…【
肌身を寄せる背後の修道女へ一瞥もくれることなく、『凶星』は無感情にそう唱え。
エレミアの全身に幾本もの槍が突き刺さる。
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