VS 『凶星』 (後編)


(神よ)

 フロンティア世界最大の信仰心を持つ狂気じみた修道女は祈る。

(我らが偉大なる大伸、リア様)

 声に出そうとした祈りは思うようにいかず、震える声帯は代わりとばかりに鮮やかな赤い水を口から散らした。呼吸すらがままならない。

 それでも修道女、エレミアは少女の背中から回した両腕を離さない。身を貫くいくつもの槍はどれも致命傷。どの道、この身体は長くない。

(どうかこの、星の稚児を。邪心に侵された、この少女を)

 ならばせめて、最期の祈りは彼女の為に。

 敬虔なる女神の信徒たる己は、きっと、最期の最後までその大伸の為だけに祈りを捧げるものだと、ほんの少し前までは信じて疑わなかったのに。

 けれど、この心地に違和は感じない。信徒にあるまじきこの願いに嘘偽りはない。

(お願いします。助けてください)

 もし少女が助かるのなら、いくらでも裁きと罰を受けよう。死してなお続く無限地獄すらも耐えてみせよう。

 そんな決死の覚悟を持って放たれた願いに、女神は。


〝―――あーもー。せっかく力が少し戻って来たところなのに〟

「…あ……」


 嫌々、渋々といった具合に天から声を落とした。


〝とはいえ神力の回復に邁進してくれた立役者に何の褒美も無しでは女神の名折れ。でも人々を怖がらせる布教はもうやめてくださいね?〟


 子供を叱るような優しい声音がエレミアの全身を包み込み、貫いていた槍が粉砕する。数か所にも及ぶ貫通創は消え去っていた。

 続けてエレミアの身体を伝い、両腕から『凶星』にも暖かな光が渡ると、少女を覆い尽くしていた昏い光を中和せんと拮抗を始める。

 だがその拮抗も一瞬。すぐさま闇夜のような暗黒が勢いを取り戻し女神の加護を打ち消し出した。


〝…やはり今の私ではここが限界。完全には彼女を取り返せません。ですので…〟


 後方の壁を打ち砕いて銀の竜が、そして転移術式を練り上げていたカルマータの眼前に出現した方陣から女性と少女が現れたのは同時のことだった。

 声は茶目っ気を帯びた様子で最後にこう残した。


〝あとは神様抜きでお願いします♪〟


 三者の手がそれぞれ、『凶星』を囲うように伸ばされる。

「カルマータの念話で聞いたよ!真銀の全力、いっきます!!」

「……ウィッシュ。帰ってきて…っ」

「駄女神が。半端な仕事をしていったな」

 秩序の力を持つ覚醒した真銀竜エヴレナ、古き聖獣たる白埜ユニコーン、陽光の退魔師である日向日和。

 それぞれに系統は違えど『浄化』の力を担う三人がかりでの最大出力が押し負けていた女神の残り灯に合わさり、少女にへばりついていた昏き光はついに全てが取り払われる。

「―――ぅ」

「ウィッシュちゃん!」

 力なく倒れ込んだ少女をエレミアが抱え込む。瞳は閉じていたが、その隙間から零れる光は以前のものと同様、真白の奔流となっていた。

 ただし変化は戻ったことだけではなく。

「…おね、ちゃ…」

「…!か、らだが」

 瞳からの光だけでなく、その全身がほろほろと今にも崩れそうな淡い光に包まれ実体を保ちきれていない。少しずつではあるが、確実な終わりを迎えつつあった。

「え、うそ…。間に、合わなかった…?」

「……ヒヨリっ」

 エヴレナが口元を手で覆う。白埜は最後の希望とばかりに日和の名を呼ぶが、静かに首を左右に振るって応じられない姿勢を示す。

「必然だ。竜王の手に掛かった時点で『混沌の破壊』という歪みが概念体の核に亀裂を生んでいた。…大方、仕留めきれなかった段階で自壊するように仕組んであったのだろう。どの道それは助かる運命には無い」

 〝成就〟を利用して己の大願を果たす。それが叶わなければ戦力として利用し敵を削る。それすらも無理であるならば、竜王にとってはもはや塵芥に等しい無価値と化す。自壊作用は、万一を見越して〝成就〟を使われない為の保険か何かか。

「馬鹿妖魔との約束は果たす、別れの会話を済ませておけ。…白埜、前に出ろ」

 ウィッシュへ声を掛け続けているエレミアに背を向け、未だ戸惑う白埜にここへ来た真の目的を再度告げる。

「馬鹿が来る。大人しくさせるのがお前の役割なのだろう?やるべきことをブレさせるな」

「……っ。うん…」

 淡い白光が強まるウィッシュへと向けていた視線を落とし、少しの逡巡を振り払って白埜がこっくりと頷く。

 それまでの決意を待ち侘びていたかのように、『胃袋』を囲う壁の一面が全てガラスのように砕け散り、そこからいくつもの人影が現れる。


『ァ阿アア亜ァァ!!!グッゥゥアア■■ァァア■啞■ァ吾吁■■■■■■―――!!!』


 地を爆散させながら滑走し、受けた衝撃をいなした魔神が鼓膜が破けそうなほどの大声量で狂気の咆哮を轟かせる。

 魔神の出現に続き最奥の『胃袋』から竜王と厄竜がゆっくりと出て来てそれぞれに破壊と炎を撒き散らした。

「まーだ死なねぇのかコイツ。マジでイラつくな」

「……やはり〝成就〟は仕損じたか」

 頭部からの出血、五体にもそれぞれ傷の目立つヴァルハザード。対し、冷ややかに奥に倒れるウィッシュを眺めたエッツェルに傷らしき傷は見当たらない。加えて彼の後方からは追従する竜が三体。

 命泉竜セレニテ、彼女に治療され全快した閃光竜チェレンと破岩竜ラクエス。

 さらに絶望は加速する。

「クソッ!」

 空間の一部が揺らぎ、割れ、そこから火傷と斬り傷で血塗れに染まった夕陽が転がり出る。割れた空間が戻る一瞬前に抜け出た祖竜ブレイズノアは周囲の状況も気に留めず夕陽へと大剣の先を定める。

「どうした人間。どうしたヒナタユウヒ。まだ死に物狂いには程遠いぞ。そら、もっと見せてみろ!」

「ユーもーむり治すより先にユーがこわれちゃうってぇ!!」

「頼むティカまだいけるんだ!こんのイカレ竜を…っあれ日和さん…!?」

「敢闘賞だ夕陽。説明は離脱してからする。急げ魔女」

「そう言うなら…手伝ってもらいたいもんだね退魔師…、っ!」

 血反吐を吐きながら転移術式を構築し続けるカルマータが後方へと目を向ける。

 エヴレナが飛び込んできた穴を拡張するように今度は四つの影。

「ごほっ!この小娘、前より強くなってやがる!?」

「ごめーんみんな押さえ切れなかったー!」

 猛毒に抗しきれず肌の至るところをドス黒くあるいは青黒く染めたディアンの状況を飛び回るリートが端的に叫ぶ。

 火焔に焼かれる風竜も烈風で自身への延焼を防ぎながら地面を転がり、そして再び舞い上がった。

『流石に雷竜に次いで武を誇る火竜の系譜!敏捷で勝れど縫い留めるには足りぬか…!』

 風刃竜シュライティアが忌々し気に吐き捨て、それでもと続きやって来た火刑竜ティマリアを竜の巨体を張ってぶつかり合いながら瀬戸際の時間を稼ぐ。


 敵地の陣中にて包囲される形になった面々と、未だ発動に至らない転移魔術。

 壊滅寸前の陣営で誰一人として士気を落としていないこと自体が奇跡に近いが、それ以上の奇跡はもう起こらない。





     『メモ(information)』


 ・『黒竜王エッツェル』健在。『厄竜ヴァルハザード』損傷軽微。


 ・『命泉竜セレニテ』による回復。『閃光竜チェレン』及び『破岩竜ラクエス』全快。


 ・『【業焔の祖竜】焱竜ブレイズノア』、結界を破壊。


 ・『疫毒竜メティエール』、損傷軽微。敵陣へ到達。


 ・『火刑竜ティマリア』、損傷軽微。敵陣へ到達。


 ・『ウィッシュ=シューティングスター』、崩壊開始。

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