真っ黒
足元から生み出した短剣〝
「オラァ!」
「ふっ!」
交差する斬撃と槌撃が地面を深々を抉るも、竜王の姿は直前に消えていた。軽いバックステップで回避されたことに舌打ちするアルが前に出、うつ伏せに倒れるカルマータをヴェリテが抱え起こす。
「カルマータは!?」
「……生きては、います。ですが見ての通り瀕死…おそらく、不死が機能していない」
これまでのカルマータはあらゆるダメージを即座に無かったかのように戻していた。あれは治癒の類ではなく不死という術そのものが因果を逆転させて、設定された『全盛の肉体』に回帰させていたものだ。
実のところ彼女の不死性は設計開発に携わった時空竜オルロージュの持つ技能のひとつである〝
そしてこれがまともに機能していない以上、考えられる可能性は。
「不死の術、自体を『破壊』しやがったのか」
「魔女本来の命ごと
潰し切れなかった感覚を思い出すように五指を数度動かす竜王が褪めた瞳でアル達を見やる。
「だが死に体。放っておけばいずれ死ぬ身。さあ、どうする妖魔」
(ッ…!野郎、そういうことか)
その持って回った言い方にアルは唇を噛む。この状況を利用して、竜王はアルに決断を迫っていた。
「―――げ、ほぉっ!…やめな、アル…」
「カルマータ!」
対峙したまま何事かを発しようと口を開いたアルを制止する弱弱しい声が血溜まりから聞こえる。ヴェリテに抱えられたまま吐血を繰り返すカルマータが、光を放つ鏡を魔術で創り上げながら続ける。
「ヤツの狙いが分かっているんだろ?竜王は…あんたの願いを取り下げさせる魂胆だ」
「だろうな…」
無言を貫く竜王の眉根が一瞬だけ跳ねたのを見逃さない。
エッツェルは〝成就〟の概念体の力を使えない。それはアルが事前に保険としてウィッシュに願った『今後一切の願望成就の禁止』によって願望を受け付けない状態になっているからだ。
そして今この場でそれをアル自身の口から取り消させ、そして新たにカルマータの致命傷を癒すことを祈る。そうでなければ魔女はここで死ぬ。
竜王はその隙で絶対に割り込むだろう。よしんばカルマータの治療を〝成就〟で成せたとしても、概念体としての機能を再封印する願望を口にする前にアルもヴェリテも殺される。後方には視力を取り戻したヴァルハザードも青筋を浮かべて迫ってきていた。
だから、アルがウィッシュの性能を解放させた時点で詰みだ。ロマンティカは夕陽と共に異空間で祖竜と激闘の真っ只中であるし、この場を離脱するにしても戦力が足りなすぎる。
「残念だったな竜王。ウィッシュへの願いを取り下げるつもりはねェよ」
「……あぁ、それでいい……ごほっ!」
一瞬だけ笑んだカルマータも全身の傷に苛まれ苦悶の表情に戻る。自前の術式で傷の回復を図っているようだったが、それでも致命傷を癒すには時間も、おそらく魔力も足りない。
仲間達の合流はまだ望めない。なんとかしてこの場を切り抜けねばと頭を回転させるヴェリテが、眼前の妖魔の背に違和感を覚える。
「…アル…?」
「かといってカルマータを死なせる気はねェし、ウィッシュを諦めるわけにもいかねェ。…どうしてくれんだ、オイ」
その背から、肩から。蒸気のように黒ずんだオーラが揺らめき上がっている。普段のアルからも感じ取れていた魔性の気配。それをより深く濾したような純粋なる邪念が秒ごとに膨れ上がる。
そして竜王が一撃で吹き飛ばされた。
「あ?エッツェル、テメエなに遊んで」
怪訝そうにさらに一歩前へ出たヴァルハザードへと、二歩で到達した漆黒の影が迫りこれをまたしても一撃で後方へ打ち飛ばし壁を粉砕する。
深く黒く、それは怨嗟に満ち満ちた声で吼えた。
「白埜との約束、守れなクなっちまっタだろうがッッ!!!」
アルを中心に渦巻く漆黒が、みるみる内にアルを染め柱のように立ち昇る負念を増大させていく。
「アル!貴方なにを!」
『下ガれヴェリテ!!カルマータとウィッシュは任セた、コこは俺がドウにかスる!!アと…』
荒れ狂う暴風の中で既に輪郭すらほとんど黒く塗り潰されたアルのシルエットが、長く鋭い牙を剥きながら失われ始めた人語でヴェリテに最後の警告を飛ばす。
『誰モ近づケンナ!!ブッ殺シ…チマウッ!!!』
留め切れない激情に連鎖して、黒い爆風が周囲一帯に爪痕を刻んでいく。
カルマータを抱えたままヴェリテは迅速にその場を離れる。今の一暴れのおかげで、竜の追撃を受けることなく離脱することが出来た。
ただし、それは残されたアルに全ての負担を強いるということ。
「なんだあ?急にはしゃぎ始めやがってコイツ」
「…抑え付けていた枷を解いたか。自我すら手放して」
衝撃に押されただけで一切のダメージを負っていない厄竜と竜王が前後から再度姿を現し、黒い影の脅威を認める。
完全なる『反転』を遂げたこの人外はもはや妖魔にあらず。知恵ある生物としての思考と自我を代償にしての変貌。そのリスクを承知した上で、アルはなけなしの意識を敵への指向にのみ捧げる。
『ゥゥォォォオオオオオオオオアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアア!!!!!』
『メモ(information)』
・『妖魔アル』、『完全反転』により魔神化、交戦開始。
・『魔神アルヴ=ドヴェルグ』、詳細更新。
『魔神アルヴ=ドヴェルグ』
妖魔アルが現状たる半・反転を解放し『完全反転』として己を縛っていたブレーキを全て解除した姿。理性がほぼ消失し、正気を蒸発させる代わりに莫大な力を手に入れることができる。
自力で妖魔の状態に戻ることは出来ず、意識を失うかとある少女の力を借りなければ半永久的に暴れ続けるだけの災禍と化す。
《能力》
・魔の神格
魔神の一角として持ち合わせている存在脅威。
存在する場自体を『工房』として自在に操り、自身の肉体全てを火床金床・切り鏨・大小鎚・焼柄などの鍛造道具としての役割に代える。
・〝
魔神の口から放たれる意味不明解読不能の記号体系。一文字だけでも街を焦土に変え、万人に呪いを掛けるほどの効力を持つ。
・鍛冶神の加護(極)
魔神として神性を宿した為、身に残っていた鍛冶神との僅かな縁を強引に紡ぎ直して極東鍛冶の神性とも接続している。魔神アルド=ドヴェルグとは二重神性を持つ異端神格である。
・
???
ーーーーー
「アルっ!」
少女にしては非常に珍しく、切羽詰まった声色は高い空へと向けられる。
「……だめ、真っ黒になっちゃ、だめっ…!!」
「やはり、こうなったか」
白銀の少女、白埜の隣で同じように空を仰いでいた隻腕の退魔師もうんざりした様子で首を振るう。
そうして、白埜の頭にぽんと手を置いて前へ出る。
「……ヒヨリ?」
「何してる、さっさと行くぞ。先に約束を破ったのは向こうだ。ならこちらもおとなしく待っている理由は無い」
アクエリアスの砂浜に巨大な方陣が刻まれ、その中心に日和が立つ。
「……うんっ」
輝く陣から招くように伸ばされたその手に、白埜が躊躇うことはなかった。
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