切迫と逼迫 (後編)


 近代における怪異。都市伝説というジャンルにおいても比較的新参といえる異聞譚のひとつにそれは連なる。

 『時空のおっさん』は平行世界の番人であり異なる位相、異なる時空間にて存在を許容されている未知なる存在であるとされている。

 とある経緯と理由を以て日向夕陽に召喚権限を認可する朱色の鈴を預けていた彼(あるいは彼女)に戦闘能力は皆無なれど、その能力は状況によってはとてつもなく重宝されるに相応しいものだ。

 名を『隔絶結界』。彼の特異性を利用して生み出す過去未来、平行世界のいずれかの枝から任意に選び取った空間セカイを具現化し、そこへ自身と対象を強引に引き摺り込む能力。

 つまるところ、強制的に敵を分断させ専用の領域に留めることを可能とするものである。




『例によって長くは保たんよー。毎回相手が悪すぎるんだよ君らの敵はさぁ』

 揺らめく人影が告げる。顔の輪郭は朧げ、声は男のように聞こえるがよくよく耳を澄ませば少女のようにも聞こえてくる。陽炎のような虚ろなシルエットに和装らしき影を見るも、それすら瞬きの内に別の服装へと移り変わる。

 全てが曖昧で雑然とした影の声に頷きを返し、夕陽が刀を握り直す。

 この空間にヴェリテはいない。あの距離なら共に入ることも可能だったが、夕陽の意思であえて彼女は弾き出した。

 祖竜相手とはいえ、ここで戦力二人掛かりで失うわけにはいかなかったから。

「…ゆ、ユー?ティカたちだけで、いけるの…?」

 頭に乗ったロマンティカが不安そうに夕陽の髪を掴む。内部で同化した幸も同じように強大過ぎる敵に対し緊張を覚えていた。

 彼女らを安心させるように夕陽は軽く笑って答える。

「俺と幸の力。ティカの回復能力。リートから貰った刻印。元帥から受けた直伝の技。その全部を総動員させれば」

「さ…させれば…?」

「―――時間稼ぎくらいは、できる」

 渾身のツッコミが頭上から落ちてくる前に夕陽は刀を構えて前へ跳ぶ。急な機動にティカも吐き出そうとしていた言葉を飲み込んで口を閉じた。

「はは。いいぞヒナタユウヒ。力の差を知りながらも臆せず迫るその気迫!蛮勇ではないことを示してみろ!」

 同胞たる竜種と相対した時よりも数割楽し気な様子で笑い、ブレイズノアが大剣だけでなく自身からも原初の火を放出しながら迎撃態勢を取る。




     ーーーーー


  後方でそれらの騒ぎを気配だけで捉えながら、カルマータは一直線にウィッシュへと手を伸ばしていた。

 なんにせよまずは少女を捕えている円柱状の獄を破壊しなければ解放は叶わない。鏡の大魔女たるカルマータであれば、触れればその結界の性質を瞬時に看破し解除の術を練り上げることが出来る。

 そうして伸ばされた魔女の指先が、ウィッシュを囲う監獄に触れる間際で弾け飛ぶ。

「はッ!」

 比喩ではなく物理的に破砕された五指を引っ込め、カルマータは即座に攻撃の魔術を組み上げた。

 破壊の妨害。正体は言うまでもなく玉座から降り立った竜王。

「ほう。治癒…いや因果の修復。不死の魔女とは貴様のことか」

「知られていたとは光栄だね。その通り、不死に行き着いた鏡の魔女さ」

 幾重にも束ねられた鏡面の魔法陣がカルマータの周囲で展開される。その全てが違う性質、異なる魔術として起動している。壊すことを得手とする竜王対策の一環だったが、

「ふむ」

 竜王エッツェルが片手を前に出した瞬間に、それら全てが破砕音と共に砕け散り効力を現す前に消失する。

(…っ!破壊の力には種類の選別、数の絞り込みも関係無いのかい!)

 多種多様な魔術の一斉起動ともなればさしもの竜王とて破壊には数秒程度の時間は要すると踏んでいたカルマータの思惑が崩される。流石は代名詞たる『混沌の破壊』を持つ竜種最高位。その究極体。

 覆された時間差に対応できず竜王の右手に顔を掴まれるカルマータ。対抗術式を練る前に破壊の力が流れ込み魔女の全身をズタズタに壊し尽くす。

 だが。

「―――……くっ。まだ、まだ…」

「しぶといな。生命維持器官を全て破壊しても死なんか」

 一瞬意識が飛んだものの、カルマータの不死はたとえ本人が望んだとしても簡単に死ねるものではない。それはこの数百年の苦悩が物語っている。

 どれだけ四肢が千切れようとも肉体が粉々にされようとも、一度完成された不死の術はどこまでも執拗に術者の肉体と精神を全盛期の姿へと還らせる。

 頭部を鷲掴みにされたまま、流血に染まる瞳でカルマータは嘲るように口を開いて竜王を貶す。

「残念だったね破壊の竜王サマ。そんな楽に死ねるなら、私はここまで長生きしてないんだよ」

「そうか」

 返す言葉は端的で、なんの感情も乗ってはいなかった。

 ただ、竜王は未だ握ったままの頭部にさらなる力を込めて刮目する。

「ならば貴様が数百年望み続けた死とやらを馳走してやろう。まずは」

 不意に怖気を感じた。それは不死の術を完成させてから先、一度も感じたことがないはずのもの。総毛立つ感覚。

 長らく忘れていたそれは、間違いなく死に直面した際に肌身に感じる、生命が『終わる』時の気配。

 無慈悲に声は続く。


「その不死をこわしてやろう」




 柘榴という実が熟して枝から落果したものに、それはよく似ていた。

 再度散る真紅。ぐしゃりと落下した人体の周囲に広がる血溜まり。これまでと違うのは、散った朱と紅、崩れ落ちた体躯。それらが再生せずただ一切の身じろぎもなく倒れ伏したまま動かなかったこと。

 そして。

「かっ…」

 炎の厄竜と交戦中だったアルと、都市伝説の放った結界から弾かれた直後だったヴェリテが同時にその惨状を視野に入れて叫ぶ。


「「カルマータァァアああ!!!」」


 駆け出す者、覚悟を決める者。

 状況は切迫する。戦況は逼迫する。

 巨大なる祖竜の体内にて巻き起こる一戦に、絶望の闇が一筋奔った。

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