VS 異世界鵺 2
この時点での夕陽には知り得なかったことである。
その刀は数多の人外を斬り、力ごと喰らい尽くして来た。白鞘が血と油と体液で真っ黒になるほど使い込まれても尚、本来の切れ味を保持し続けてきた名刀。
対神格持ちの決戦を想定しての刃には調伏の術法が込められ、人ならざるものに対しての特効付与効果があった。
人が永劫届かぬ神域の高みへ至る為にこの一刀は在る。
真なる銘を神代三剣が一振り、『
例え相手が霊格神格を宿さぬ者であったとしても、神代の切れ味は衰えることはない。
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(〝倍加〟最大強化)
出し惜しみはしない。
(〝干渉〟全域展開)
二つ目の異能を解放。敵が如何な防御機構を用いようが〝干渉〟で同じ土俵へ引き摺り出す。
(〝幸運〟限定解放)
座敷童子との完全同化により少女の持つ性能すら獲得、極限まで高まった幸運は1/100の成否すら一度で引き当てる。
(〝憑依〟最深到達)
最早黒曜石じみた光沢を返す頭髪は腰に届く程にまで伸び、いよいよ座敷童子との混じり合いが融合の域にまで達する。
「はァあ……ぁァあああああ!!」
内反り二尺八寸の刃を持つ神刀を握り、吼える全身からは人外の性質を取り込んだが故か、不可視の圧力を纏っていた。
新たに生まれた瓦礫を足場にして跳躍と回避を続け上昇する。五分を掛けて降下してきた上層はいくら見上げても終わりが見えない。もしかしたら降下中にまた違うフィールドへと転移させられていたのかも。
獣のように四足を駆って、黒色の化物は壁面をよじ登りながら追跡してくる。幸いなことに壁全体が放つ謎の発光のおかげで視界は確保されていた。
一見したところでは弱点らしきものは見当たらない。丸い頭部はもとより全体的に流線形をしている。打撃もそうだが斬撃も効果的に叩き込むのは難しそうだ。
となればやはり、狙うべくは。
(腕、足…首!)
パーツの繋ぎ目、関節部分を破壊する。
「シッ!」
短く息を吐き出し木鞘を投げつける。防御も回避も値しないと判断されたか、鞘は頭にゴィンとぶつかるだけであえなく下層へと落下していく。
多少なり考える頭はあるらしい。少なくとも避ける・受けるといった最低限の行動も自らの防御力を鑑みて実行されている。無闇やたらに近づくものをただ迎撃するだけなら単純でやりやすかったんだが…。
壁を蹴り、走り、高速移動で肉迫する。携えた抜き身の刀を振るって首へと定める。
人間であれば薄皮一枚といったところか。首筋に当たる位置には斬撃の痕が残っていた。様子見としては上出来である。
すると黒色の化物は全身を鳴動させ何やら嫌がるような素振りを見せた。手足を滅茶苦茶に振り回して被害を拡大させる。
(刀の作用が効いたか…?)
『破魔』とは一概に霊障や怪異に対する特効性のみを指すものではない。言ってしまえば物理ではない魔法魔術のような現象・術法に対しても効果はある。神性や魔性、人の及ばない超常の万象に抗う為の策だと日和さんは言っていた。
……見てみるか。
(百五十倍の〝干渉〟を眼球に一極集中)
知覚できないものを認識できるように、視えないものを見えるように。ダブルホルダーである俺の〝干渉〟はそういった際に用いることが出来た。
そうして細工を施した眼で見てみれば、なるほど確かに巨躯の内で循環する力は俺の知らない要素で構築されていた。魔力、マナ、エーテル…そんなもの俺の世界には存在しないが、おそらくはそういったもの。
コイツの動力、馬鹿げた体躯を動かすエネルギーは単純な電力等で賄われているわけではない、ということだ。
(異世界同士で謎テクノロジーを晒し合った結果がこれか。まさかこっちの〝憑依〟も解析されてんじゃねぇだろうな)
瞬間思うが、今それは栓無きこと。
『触れさせてはいけないもの』として認めたのか、化物の勢いはより増して殊更に刀の攻撃に俊敏な反応をするようになった。
動きを読んでギョロギョロと動くあの紅い目が肝だろう。ヘルメットじみた頭の格子、その隙間から目を潰し首を刎ねられれば流石に沈黙するだろう。
(腕が邪魔だな、捥ぐのが先か)
この縦に広がる戦域は不便だと感じていたが、案外そうでもなかったかもしれない。
敵は超重量故に両脚のスパイクを使って姿勢制御と登攀を並行させている。だから使えるのは前腕二本に限られる。
もしこれが平地での戦闘だったらと思うとぞっとする。あの重量から繰り出される手足の暴威はこの比ではなかったはずだ。
とはいえ今のままでも厄介は厄介だ。登る下半身と攻撃する上半身がほとんど別物として動いているのは機械だからこそ成し得るカラクリ。おかげで予備動作も攻撃挙動も滅茶苦茶で意味がわからない。
回転する関節から繰り出される鋭利な指はもはや別個の槍撃が五つ飛来してくるに等しい。
無傷で突破は不可能。
「チィッ!」
中指と親指の刺突を弾き上げ、空いた空間に体を滑り込ませる。残りがこめかみと脇腹を掠めたがどうにか猛攻を掻い潜る。
そのまま腕の上を伝い一度跳ねてから両腕に力を溜める。
全力の振り下ろし。腕の付け根へと叩き込まれた斬打が僅かに装甲を抉った。
まず一つ。
(幸、補正頼む。同じ位置だ)
〝―――…〟
深層で共に在る相方は静かに頷き、意識を沈めた。
奇怪な咆哮を上げる化物が腕を引き戻すより速く、振り下ろしを返す刀でもう一撃、同箇所を狙う。
命中。
さらに装甲が凹み、斬撃がより深く入る。これで二つ。
馬鹿でかい体が祟ったか、肩に乗る俺への対処に遅れが出ている。デカブツめ、好都合だ。
柄に両手を乗せ、真下の傷へ向けての渾身の刺突。
的中。
亀裂の入った装甲からはやけに本物臭い人血が噴き出してきた。気色の悪い機械だ。視覚も共有してるってのに幸の毒になる。
ここでついに逆の腕に弾き飛ばされる。サイズに似合わぬ速度は摩訶不思議エネルギーによる恩恵か。ともあれ最深度の〝憑依〟でなければ今ので全身骨折ものだった。
再度距離を保ったまま上昇と攻防を展開する。これだけ上がったのにまだ地上に着かないところを見るに、もうここは隔絶されたのだと考えるべきか。
跳んで上へ行く途中で、刀を握ったまま壁に押し当てる。規格外の耐久性を誇る刀身が壁面をバターのように削いで、破片を真下へ土砂と降り掛ける。
機械はそんなもの歯牙にもかけない。当然だ、当たったところで痛くも痒くもないんだから人間のように手で払い除けたりもしない。
だから簡単に死角が生まれる。
赤い眼光が隠れた一瞬で距離を詰め、落下しながらすれ違いざまに一閃。
必中。
出力の下がった腕が肩からがくんと落ちた。もう少しだ。
相手の背中を蹴って壁走りを継続、高度が若干下がり今度は奴と並走する形になった。
ギン、ギンッ、ギャィンッ!!
共に壁を駆け上がりながら槍のような十の指と一の刃が火花を散らせて交じり合い応酬が繰り返される。
最初に比べれば随分と攻撃が軽く感じるようになっている。長くなった黒髪が鬱陶しいが、完全に幸と同化したこの状態なら機械の怪物相手でもやれる。
日和さんの言う通り、本気になった俺達なら勝てる。
―――時間制限さえ、なければ。
「ッ……!」
鼓動が大きく脈打つ。痛む胸を押さえ、片手で攻撃をいなしながら限界を感じ取っていた。
異能力者とはいえ器は人間。強大な力は長く収めればそれだけ器の自壊を促す。
それに身体の傷も気になった。初戦で受けたダメージと、先程から致命傷とはいかずとも全身に刻まれる刺突の傷。
戦うだけなら問題ないが、この痛みを共有している少女に不安がある。
妖怪種最古参の座敷童子。大きな力に似合わず、その心身はあまりにも幼い。
だから本気を出すような事態にはしたくなかった。この子は覚悟しているし、きっと我慢する。
でも駄目だ。俺が駄目だ。俺が幸が傷つくことを容認できないし、俺の方が我慢ならない。
一分だ。あと一分でコイツをぶっ
だから。
(六十秒だけ、一緒に堪えよう)
〝!〟
いい子だ。
「ふう!!」
五指を開いた掌底を刀の腹で受け止める。あまりの衝撃に壁が粉砕しクレーターが生まれた。体の内側が圧力に軋む。
全身体能力、〝倍加〟…………千五百倍。
ピシッ、と。何かが罅割れるような音がした。
器が壊れる。
その修復に幸が回り負担は倍増する。少女の苦悶に満ちた表情が脳裏に映し出された。
「こ、の、ポンコツっ……ガラクタ風情がァああああああああ!!」
気合い一喝、刀で腕を押し返す。そのまま全身で奴の手首を極め、全力で背中側へと跳んだ。
数度の斬撃を受けて半分ほど裂けていた腕の付け根からブチブチと筋繊維らしきものが千切れ、夥しい量の出血が滝のように落ちていく。
最後だ。手首から身を離し、大上段に構える。
ミリ単位でのピンポントな斬撃の重ね。一度なら偶然、二度続けば奇跡、三度以上なら人の業ではない。
ワンホールショットにも似た、針の穴を通すが如き神業。
奴の高硬度な装甲を断つには相応のやり方が必要だった。無論、剣技を持たない俺にそんな芸当は不可能。
だが、五度目の斬撃はやはり寸分違わず吸い込まれるように同じポイントを斬り、そして奴の腕は肩から離れた。
最高位ランクの〝幸運〟の加護による予定調和じみた腕の切断は、俺にとっての女神の恩寵に他ならない。
金属の擦れ合うような、あるいは内部から人間の悲鳴に似た絶叫が機械の怪物から発せられる。
…まさかとは思いつつも、そんなような気はしていた。
この機械の内部に秘められた吐き気を催す真実。それに目を瞑ったまま、俺は頭部にある格子の合間から限界まで刀を突き入れた。
何かの割れる軽い音と共に赤い眼光が失われ、急速に四肢に込められていた力が弛緩した。スパイクを噛ませていた足もずるりと剥がれ巨体が落下を始める。
勝った。もう勝利は揺るぎない。あれだけの重量物が、これまで昇って来た距離を失速なく墜落すればもう再起は有り得ない。たとえ重厚で強靭な装甲を持っていようが、それを稼働させていた『中身達』は落下の衝撃に耐え切れない。
だから、これはちょっとした下世話だ。
落下する巨体を追ってもう一度跳ぶ。
(もうひと踏ん張りだ、楽にしてあげよう。な、幸)
完全停止はまだしていない。メインたる頭を潰すまであの機械はエネルギーを搾取して稼働を続けようともがく。
柄を握り、強く歯噛みする。
(あのゴリラといいふざけた研究してるとは思ってたが、ここまで下衆なモン作ってるとはな…!)
『カンパニー』。
世界は異なるとはいえ、連中は俺の掲げる思想とは大きく外れた先を往く外道共だ。
崩壊していく戦闘場だった空間の只中で、頭部の両断を終了の合図とするかのように、機械音声は轟音に掻き消されながらも俺の勝利を労っていた。
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