VS 異世界鵺 1
「はああ連戦!!?聞いてないんですけどそれは!」
どうにかこうにかパワフルゴリラを倒し、再び控室にまで戻された俺は驚愕の事実を知らされた。
ここは俺達のいた世界とは異なる地らしいが、そこでも元の世界との連絡手段として異世界公衆電話なるものを貸し出していた。もちろん金は取られた。
電話の相手は我が師、日和さん。全部終わったから帰ろうと連絡を入れた途端に彼女から次なる戦闘の旨を聞かされた俺の発言に対する返答はこうだ。
『もちろん言ってないからね』
「オーケー次に会う時は法廷ですね」
まさか身内からこんな罠にハメられることになるとは。と思ったけど今回に限った話でもなかった。
「なんかいっつも俺に無断で事を進めません?日和さん」
『君がサインした書面にもちゃんと書いてあったよ?三戦の勝利を帰還の最低条件とするって』
「その言い分で貴女、無断じゃなかったって胸張って言えます?」
ぐいぐいペン押し付けてきたかと思えばサインした瞬間に連れて来られたんだから書面の一文字すら読めていないというに。
「っていうか三戦?今三戦って言いました!?あと二回もやるんすか、あのレベルの化物と!?」
マジもんの殺意に溢れてるじゃねぇか、谷から仔を突き落とす獅子より酷いぞ。
ちなみにゴリラ戦で受けた傷はひとまずの処置だけは終えてあった。戦闘終了と共に天井から応急キットが出てきたからだ。こう、ぺいっと投げ捨てるみたいに。
ブチ切れそうになりながら幸の手を借りて傷の消毒を済ませ包帯は巻いたが、それだけだ。別に瞬間で傷が治ったりはしなかった。異世界のくせにエリクサーもポーションも無いとか気が利かな過ぎる。
俺の動揺を知って、それでも笑い声と共に日和さんは他人事のように言う。
『平気平気、視てたけど楽勝だったじゃない、あの程度の深度で倒せたんならさ』
「視てた、って…ああ〝千里眼〟ですか。ここそっちとは場所どころか世界違うらしいですけど届くんすね」
『名の通りの、千里を見渡すくらいの低性能じゃないことくらいは知ってるでしょう?』
千里先まで見れる目を低スペと言ってのける彼女の底知れなさが怖い。
尚も渋る俺へ、日和さんは不意に感情の消えた声で、
『幸のことが気掛かりなのはいつも通りだろうけど、これは死合だ。パートナーを過保護に慮るのはやめなさい。その子も覚悟の上で君と共にいる』
「……」
受話器から耳を離して視線を落とす。そこでは相も変わらず、読み辛い表情で和服の童女がこちらを見上げていた。電話の声が聞こえていたかどうかは、わからない。
『…ま、勝てるよ。君らが本気になれば大抵はどうにかなる。それでも駄目なら私が助けるから安心なさい。モンスター百匹蹴散らして連れ戻しに行くから』
「はい。お願いしますねマジで」
この人はあまり冗談は口にしない。やると言ったなら本当にやるだろう。
こうなったらやってやる。勝てば大金も貰えるんだ、これで少しは彼女に恩返しが出来る。
『んむ、では頑張ってきなさい、ちゃんと見てるから。…ああそうだ』
最後の最後に、日和さんは思い出したように声を上げた。
『君でも扱えるように調整しといたんだった。限定的だけど、その木刀今なら抜けるから使ってもいいよ』
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「なあ幸、次はなんだろな?」
機械音声が律儀に五分前のカウントダウンを刻んでくれている中、漆黒の木刀を担いだままで相棒と話す。
「さっきゴリラだったろ?だからやっぱそういう、強化生物系なのかなって思うのよ。ワニとかクマとかさ、とびきり凶暴なやつ」
個人的には今度こそ破魔の通じる相手だと大助かりだが、初戦がアレだったからもう期待はしていない。どうせ化物だ。
幸は片手を口元に当ててうーんうーんと思案した後、人差し指で何かのシルエットを描いた。簡易的だったが、それはおそらく、
「…ひよこ?ぶはっ、そりゃいいな!怪物ヒヨコかー絶対えぐいぞ、ギザギザした歯が並んでてマンドラゴラ引っこ抜いたような奇声を上げるんだ」
大仰な手振りで凶悪さを示すと、幸はくすくすと笑った。
本当にそんな可愛げのないヒヨコが出て来られても困るが、ゴリラよりはやりやすそうだ。
なんて他愛無い会話をしている内に、残り三十秒を告げる音声。
それと同時に、俺は奇妙な振動を感じ取っていた。
「…なんだ?」
震えている。降りているはずのこの部屋全体が。降下によるものとは明らかに違う震えに揺れていた。
ここより下。
何かがいる。〝倍加〟で強化した五感以上に、第六感が無機質な殺意を見抜いていた。
「幸、俺から離れるな」
大きくなる震動、さらに聴覚が拾ったのは破壊音。巨大な何かが暴れ回っている。
規定によれば今この瞬間より二十三秒後、部屋の降下が完了し扉が開く。そして戦闘が始まる。
だがこれは、コイツは。
「―――〝憑依〟しろ幸ッ!上げられるだけ引き上げてくれ!!」
「…っ!」
幸の姿が消えて力の奔流が雪崩れ込むのに合わせて〝倍加〟最大展開。急激な変異に肉体が悲鳴を上げるが構ってられるか。
相手はとっくにお構いなしなのだから。
黒色の鋭利な切っ先が地面を突き破り、赤い光がボウと尾を引く。
薄紙を破るような手軽さで降下中だった部屋の地面を引き裂いて、視界を埋めるは光沢を放つ不気味な黒一色。
「…なん、だ。コレは」
まずもって、大きすぎる。明らかに初戦と違う規模の敵。どうやってコレがあの部屋に収まっていたのかが分からない。収まらなかったから破壊してスペースを確保していたのか?
なんにしても不味い。戦うにしてもこれではあまりにも動きが制限される。
地面を破壊したものの正体は尖った五指。どうやら腕らしきものはあるようだが、これが人型なのかどうかさえこの巨躯を前にしては判別できない。
鉄の化物。
(これが二戦目の相手!機械、科学の側…ならやっぱ破魔は駄目かッ)
諦めていたことを再度嘆きながら脚撃で天井を破壊し、降下してきた道を辿って真上へ逃げる。既に階下は瓦礫で埋まっていた。
聞いていた話、ルールと初手から随分変わっているが、戦闘中断の様子は見られない。コイツを
(深度調整、いらなくなったな、幸)
一心同体と化した少女へ告げる、役割の停止。
調整とはすなわち〝憑依〟の発動から自動で浸食を続ける人外の力を押さえ付け、浅い位置で安定させること。
コイツを相手にそれは不要だ。最奥まで潜り、座敷童子の力を完全に引き出す。
髪は伸び艶と光沢を増していく。
開いた掌(?)を突き出し、握り潰そうと迫り来る。
「ぉ、ォオお!!」
腕力六百倍。
思い切り真横に薙いだ木刀が腕を吹き飛ばし壁に深く沈む。手応えは十分だったが、効いているようには思えなかった。
打撃の類では有効にはならない。
(…ちょっと痛くなるぞ、この状態ならなおさらだ。我慢してくれ)
〝…っ〟
使うしかない。痛覚すら共有となった最大深度のこの身で。
本来の所有者、使い手である日向日和が『
「ふうゥ…!」
左手で木刀の中ほどを、右手で柄を握り空中で構える。鉄の化物が体を捩り、弾かれたのとは逆の腕が、今度は貫手の形で襲い掛かる。
不恰好な居合の型、剣術に覚えの無い男の放つ乱雑な抜刀。
黒塗りの木鞘から現れる白刃が外気に晒され、通常の刀とは異なる内反りの鉄刀が湾曲した刃を閃かせ、
―――ィンッッ!!!
音すら置き去りにした一閃が貫手を斜めに斬った。
「…………」
両断は出来なかった。指の一本も斬り飛ばすこと叶わず。
だが。
「…いける……!!」
確かに見た。今の斬撃が黒色の手に刻み付けた傷を。
一度でやれるとは思っちゃいない。あの装甲の硬度はやはり異常だ。
だけど、傷が付くのなら無敵ではない。ならあとは簡単なこと。
「砕け散るまで叩き込む!やれるな幸ィ!!」
〝…、!〟
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