控室にて
「あーもーやだー」
真っ白な空間の壁に背を預け座り、俺は小さな童女がせっせと包帯を巻いてくれるのをただ眺めていた。
「あと一戦やんなきゃいけないのか……」
強化ゴリラ、殺戮機械ときて次に何が出るのか想像もしたくない。
唯一分かっていることは、次も確実に手を焼く怪物だということ。
しかしまぁ、こんなわけのわからない相手との戦闘に身を投じている酔狂者なんて俺くらいのものだと思っていたが、中々どうして異世界者のエントリーは多かったらしい。
たくさんの赤子を連れて苦笑を滲ませていた長髪の女性は、俺と目が合うと緩い困り顔を返して去ってしまった。
二戦目に入る直前までいた、あのワンピース姿の少女はいない。醸し出された尋常ならざる気配からして明らかに見た目以上には生きている傑物なのは確かだが、あれは果たして人間だったのだろうか…。
控室の空中にも投影された映像が流れている。あれが今現在交戦中の異世界者とその敵らしい。見れば黒いセーラー服を身に纏う白銀色の髪をした小柄な少女が、不気味な人型と交戦しているシーンが映し出されていた。
その映像を恍惚とした表情で眺めているのは……コイツも人間じゃないな。
ただどうにも異質な気配の深奥に妙な既視感を覚える。器と中身が噛み合っていないこの感じ…まさか〝憑依〟か?一度も言葉を交わしていないが、ともかく関わり合いになるのは不味いと俺の本能が警鐘を鳴らしていた。
男もいたはずだが、もう撤収したのだろうか。鎧に覆われた大剣使いとかいかにも異世界っぽくて一度話して見たかったんだけど。
獣人もいないな。狛犬や人面犬とかの怪異や妖怪とは面識があるが、あれはまた別の出自だった。彼の連れていた少女も幸と同年代くらいだったし、せっかくの機会だからこの子の友達にでもなってほしかったんだが。
「…なんにせよ、終わりは近そうだな」
一戦で満足した者、さらなる猛者を求める者。それぞれいるようだが、それらも終了の兆しは見えてきた。俺もさっさとノルマをこなして帰してもらおう。
「あと一回だ。下手するとあの機械の怪物と同じくらいヤバいのが出るかもしれない。幸、無理せず答えてほしい。まだ〝憑依〟はいけるか?」
「……」
包帯を巻く手をぴたりと止めると、幸は俺を真っ直ぐに見てまず一度強く頷いた。それから、僅かに目を伏せて少しだけ首を横に振るう。
やっぱりか…。
「俺の感覚でも似たような結論だ。もう最深度の〝憑依〟は使わない方がいいだろうな」
〝憑依〟はその状態が深ければ深い程に多大な負荷の掛かる諸刃の剣だ。共に発動したその反動が色濃く残っている。それは肉体に残る外傷以上に厄介な傷でもあった。
そもそもが日に何度も使えるものじゃない。次の一戦、〝憑依〟は使えることは使える、だがその深度はせいぜいが常時発動していても問題ない安全圏―――初戦の対ゴリラで使った辺りが限度。
間違いなく次が正念場だ。
きゅっ、と。毎度怪我をする俺のせいで完全に手慣れたものとなってしまった幸の手当てが終わり、包帯が適度な具合に締められる。
「ああ、ありがとう。…おいで」
手招きすると、幸は胡坐をかいた俺の上にすっぽりと収まり胸板に頭を預けた。
そんな彼女の頭をいつものように撫でて梳きながら、
「次だ。次が一番、きつい戦いになる」
いけるか?などという、野暮は今更口にしない。
「見せてやろう、あの人に。俺達はやれるんだってことを。そんで証明しよう。俺達二人なら絶対に負けないんだってことを」
「…!」
「勝つぞ。今の内に帰ってから俺にしてほしいこと考えとけ。ご褒美だ、なんでもしてやるぞ」
「………!!」
それほど鼓舞されるような発言だったとは思わないが、幸のやる気はいつにも増して滾っている。メラっと瞳の奥が燃えていた。
「よっしゃあ!」
頬を叩き、幸を抱えたまま立ち上がる。威勢よく、自らを奮い立たせるように。
「三戦目行くぞ!いつも通りに俺らが勝つ!!」
「っ」
そうやって、また新品のように戻ったあの純白の空間へと足を踏み入れた。
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