初手、時空の息吹を越えて (中編)
「まず最優先すべきは敵地の中心で足止めに徹しておる長曾根要の救助じゃ。リヒテナウアー、お主の瞬間移動なら単独で敵陣まで跳べるな?」
仮設陣地内、仮議場地域にて。
全ての難問への対策を講じた頃、玄公斎はようやく自分の部下を救う為の手順を練ることが出来た。
リヒテナウアーはどういう理屈か魔術じみた転移を行うことを可能としている。それを使えば討伐軍の動きを察知される前に要のもとへ行けるはずだった。
「出来るっちゃできるが、転移は自分以外を連れては使えねーぞ」
「それでよい。帰りはお得意の亡霊騎兵とやらで道を切り開いて後退せよ。救助確認後、即座に我らは時空竜の射程空域に突入する」
「で、俺が地上部隊に同伴して行くから、前進途中でその長曾根さんって人を引き取って陣地まで車をかっ飛ばすってわけだ」
ドンと胸を叩いてバッドデイが作戦内容を引き継ぐ。戦闘能力はともかく、あの改造車両(合法)の機動力は目を瞠るものがある。リヒテナウアーという戦力をいちはやく合流させる為にもバッドデイの働きは必要不可欠なものだった。
「時空竜は真っ先に射程に入った飛空艇を標的にするじゃろう。そこでコレの出番というわけじゃ」
ご機嫌に片手を添えたのは、搔き集めた魔術使いと妖魔の鍛師によって急造で拵えた長い砲身を持つ榴弾砲のようなものだった。砲口の径はちょうど人がひとり入れそうな程度の幅となっている。
そんな大砲の足元に転がされているのは簀巻きで横倒しにされたアンチマギア船長。どうやらコレが砲弾らしい。
「お前マジふざけんなよ!?あたしに尊い犠牲になれってか!?」
「この程度じゃ死なんじゃろ。推進力を得る為の火薬も極力人体に害を及ぼさないような構造で組み上げるよう苦心したんじゃぞ」
「苦心したのはアンタじゃなくて俺らな」
製作に一枚噛んだ(嚙まされた)アルがうんざりした顔でツッコんだ。
理屈としては単純明快な話だ。あらゆる異能異質、魔法魔術を無効化する『反魔』の
見てくれはまったくギャグマンガのようだが、一応限られた時間で繰り返した理論と演算の内では問題なくこれが有効打であると結論付けられている。
「さあ来るぞ魔女。準備はいいな?」
「こっちは一度もいいとか言った記憶はございませんが!!」
全翼機のような構造に改装された海賊船の背、甲板にあたる先頭の位置で強い風に白髪をなびかせながら問うモンセーに、即席で取り付けられた砲座の根本から強い抗議の声が返ってくる。
「腹を括れ。名誉ある大一番の一番槍となるのだからね」
「人間砲弾とか非人道的すぎる提案を誰も止めないってこの連合軍サイコパス多すぎないか?略奪行為を繰り返してきた海賊団の方がまだ温情あるぞこれ!」
「あはは……ほんとそうですよね、すみません」
浮遊椅子に座るモンセーの隣では、砲塔に詰め込まれたアンチマギアの苦情に苦笑で返す少女もいた。さらにその背後では、胡坐をかいて閉目している漆黒の戦闘服姿の少女も。
共にアンチマギアと同様固有魔法の使い手、大道寺真由美と高月あやかだ。
「…なあ、嬢ちゃん」
特に悪いわけでもないのに謝罪する真由美に、砲身から顔だけをにゅっと出したアンチマギアがらしくもなく探るように彼女へとある疑問を投げつける。
「あんたんとこにいる、あの子。ただの魔法使いじゃないよな?もしかして、なんだけど…あれは」
「はい、そうですよ」
即答。
誰を指して何と予想していたのかなど聞くまでもない。異界の神性、固有魔法の深奥、魂魄に刻まれた本能的な忠誠。情念の怪物、故の崇拝。
彼女ら以外は誰も知らないし、知っていた誰一人としてそれを悪用することはなかったけれど。
もしかしたら、だからこそ、海賊団船長は大きく溜息を吐いたのかもしれない。
「わーったよ。あのおイカレ修道女さんほどじゃないにしても、偶像には崇敬をもって応じるべきだ。あんまりアウトローな海賊にこういうのさせんなよな?」
「すみません。でも…」
もう一度謝り、今度は挑戦的な瞳で笑みを向ける。
「ちょっとやる気、出たんじゃないですか?」
「おうとも。
オシャレとノリだけで付けていた黒い眼帯を外し、久しぶりに明瞭に開けた両眼の視界に広がる大空の先を見据える。
「小難しい考えは無理だ。砲撃も部下任せだったしな。角度修正、風向き反映、射出タイミング全部任せた!」
「任せたまえ、そのために私はここにいるのだからね」
永遠を生きる不老不死の大魔女カルマータとも比肩する希代の魔道軍事両面を担う偉才の少女にとって、手動入力で砲撃の軌道をリアルタイムで変えることなど造作もない。
高速で突き進む船の遥か先で、直視できないほどの極光を纏う時空の咆哮が放たれるのを感じた。
「一発目、防ぐぞ。発砲の衝撃で死ぬことはないが舌は噛まんようにな」
「おっけー行くぜド根性ぉおおおおおおおおお!!!」
魔術による着火で轟音を引き連れ、人身御供上等の『
ーーーーー
「いいね。みんな頑張ってる。だから私も頑張らなきゃ」
大きく弧を描いて眩いブレスに突っ込んでいく
真由美はそっと微笑み、背後を振り返る。
普段あれだけ騒がしくしている高月あやかは、座禅を組んだまま先程から一言も発さない。……いや、言葉自体は紡いでいる。
「ード……リロー…ロー…、ドリロー……リロードリロードリロード…」
ひとつ紡ぐごとに、脈動するように少女の身体が震える。彼女を時空竜へ送り届けるまで、この破格の魔法はただの一度も無駄撃ち出来ない。
極大のシステムに対し、極大のエネルギーで圧倒する。それこそが『六撃必滅』を完遂する今作戦の要たる彼女らの役割なのだから。
あやかは眼を開かない。己の魔法にのみ傾倒し、他の要素を一切干渉に及ばせない。究極の一打はまもなく完成される。
この無防備さが信頼から来るものであるならば、それに応えなければならない。
見えないだろう、聞こえないだろう。
それでも。
「うん、大丈夫。必ず私達が繋ぐから、安心してください。高月さん」
大道寺真由美の言葉に、その口角はほんの少しだけ上がったように見えた。
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