初手、時空の息吹を越えて (前編)


「く………はっ……っ」

 滝のような汗を流して、長曾根要が両膝を屈する。

 死奥義オーバードライブの発動から既に四十八分が経過していた。

 これまでの経験則からして一時間の展開は可能と踏んでいた要だが、誤算があった。

 『救世獣』の大半を押さえ込む為に重力圏域を大幅に広げる必要があったことと、時空竜オルロージュの抵抗が想像以上に大きかったこと。


『ここまでだな。醜い、本当に醜い足掻きだった』


 意識も混濁し始めた要を見下ろす巨躯の人造竜の身体がギシリと僅かに動く。それに連動して、周囲に滞空する歯車も徐々に動きを取り戻し始めていた。

 超重力の檻が緩み始めている。


『そこまでして生き長らえたいか、人類。そうまでして意地汚く生を掴み取りたいか、人間。醜く悍ましい生命体よ』

「―――……。それの、何が。悪いというのですか」


 なけなしの底力が、動き始めた獣と竜を今一度強く地に縛り付ける。

 おそらく、もう一分と持たない。

「誰かの為に生きたくて、…誰かと共に生き、たくてっ!己が欲望のままに生に執着するのが、人間ですからね……。それがわからない、から、あなたは全ての者から疎まれたのではないですか…?」

 安い挑発だった。乗る価値が無いほど、弱弱しい威勢で精一杯の笑みを見せる人間の顔からはみるみる内に生気が失われていく。これ以上は死に繋がると解っていて、それでも重力は強まっていくばかり。


「価値観の違いですね。私はこれが何よりも透き通った綺麗なものであると信じている」

『度し難いな。我はそれこそが何よりも濁った許し難きものであると知っている。…もう去ね、人間』


 重力の拘束は確実に弱まっていた。多少無理をすれば振り払える。この女さえ仕留めれば、自身と全ての配下は再び行動することが出来る。

 リソースを大幅に費やし、一際大きな歯車をギチギチと廻し始める。憔悴しきった今の状態であれば、これを落とすだけであっけなく圧殺されるだろう。

 高速回転する歯車が要の頭上に移動し、断頭刃のように掲げられる。汚物を汚物のままに、罪を血肉ごと挽き潰して抹消せんとして。

 そんな意志の顕現たる殺戮の具現が、轟音を上げて要へと落とされた。

(……ここまでです。武運長久を、雪都さん)

 過労から遠のく意識の中で、最愛のひとを想う。彼さえ無事で在るのなら、それこそが長曾根要にとっての勝利だ。


「―――ヒャハ」


 愉悦に満ちた笑い。

 次いで回転の轟音を砕き割る快音、散らばった歯車の欠片が降り注ぎ耳障りの良い雨音を奏でた。

 軍人とて女、成人とて乙女。

 このような危機に際し、助けてくれるのは白馬の王子様と相場は決まっているものだが、生憎とその相場は異世界では通用しないらしい。

 現れたのは古式の鎧で身を覆った金髪の後ろ姿。顔を見ずとも解る。これは

『…貴様、人ではないな…』

「さァ。喰らえ、殺せ、存分に暴れろ。楽しい愉しい、戦場の到着だ!!!」

 オルロージュの声にも反応を示さず、狂戦士は大斧を地面に突き刺す。地に奔る亀裂からは黒い瘴気が湧き出で、それらはやがて実体化し無数の騎兵となって周囲に現れた。

 イル・アザンティア亡霊連隊。死を知らぬ幽鬼の戦士達が、デュラハンの召喚に応じ異形の咆哮を束ねる。

「棄てられた挙句に性根腐らせたゴミ竜が拗らせてるって聞いてたが、こりゃマジだな。腐臭が酷くて鼻が曲がりそうだァ、ヒャハハ!!…ってなわけで」

 言うが早いか、狂戦士・リヒテナウアーは動けずにいる要を片手で掴み上げ、手近な騎兵の背に乗せた。

「な、えっ?」

「逃げんぜ、ひとまずな」

 リヒテナウアー自身も瘴気から実体化した魔獣のひとつに跨り、目を白黒させる要を引き連れて一目散に時空竜から距離を取った。先々にいる『救世獣』達は、百騎からなる万夫不当の亡霊騎兵が蹴散らしていた。

『逃がすと思うか…!』

「よく聞けよバァカ」

 持ち得る兵装の全てを疾駆する騎兵隊へ向けたオルロージュへと、魔獣に横乗りしたままのリヒテナウアーが中指を立てる。

 まるでそれが合図となったように、矢と歯車の全てを横合いから砲撃が破壊した。


「宴の号砲だ、せいぜいテメエも楽しめよ?」




     ーーーーー


「『ウルトラブルアンチマギア船長キャノン』及び『スターダストライトニング』、全弾命中を確認。時空竜への被弾無し」

「リヒテナウアーの敵陣転移確認、長曾根副官の救助後速やかな撤退指示通り!」

「次弾『反魔砲アンチマギア・キャノン』準備」


 高性能な機械がひしめく艦内で、わたわたと慣れないながらも新造船のシステムを扱っている船員達(と臨時補充された兵軍の団員)が絶えず情報の更新と連絡を行う。

 竜種の飛行能力にも劣らぬ速度で空を先行するのは新生アンチマギア海賊団の駆る『ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号』。

 空を行く討伐軍とは速度の違いこそあれ、地上からも軍団の前進は同時刻をもって開始されている。

 だがまず最初にブレスの射程圏内に入るのは速度で勝るこちら側。作戦通り、まずは大威力のブレスを飛行能力を持つ一団で突破し、オルロージュの高速チャージを封じる。これを押さえないことには地上の部隊は一撃で壊滅に追い込まれてしまう。


「甲板のモンセー参謀総長より観測報告。時空竜、ブレスの予備動作開始とのこと。こちらでもモニター捕捉できました」

「計測開始します。予測十八秒」

対時空咆哮クロックカウンター、反魔装填完了。いつでも撃てます!」


 投影モニターに映し出された巨大な人造竜。開いた口からは魔術により組み上げられた幾重もの幾何学魔法陣が砲塔のように伸びてこの船へ向けられている。

 発射の命令を待つ男達の声は努めて平静を装っているが、焦りに満ちている。しかしここで仕損じては全てが御破算になってしまうのだ。操舵室兼中央管制室でもある広い空間の中心で、指示を待つ団員達の視線を一身に集める米津玄公斎が、見極めたタイミングで刮目する。


「よし、撃て!まずはこの窮地を凌ぎ切る!!」


 

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