それぞれの十分間
作戦の立案に伴う部隊再編成を最短で行い、皆々が担当部隊へと目まぐるしく移動する。
夕陽は竜化したヴェリテに騎乗する者として今まさにその背へ乗り込まんとしたところだった。
「よお、日向夕陽」
そんなタイミングで、巨大な戦斧を担いだ女戦士が悠々とやって来た。
「……ガーデン・ライラック」
その姿、覇気は依然と相も変わらず、狂気じみた戦闘欲求をその身に押さえ付けている。
「今はリヒテナウアーだ。
一体どういう因果の巡り合わせか、
敵ではない。そう頭では理解していても、刀を握る手の力が強まるのを止められない。竜化状態のヴェリテも低く唸り声を鳴らしていた。
「生きてたんだな」
「死んださ。二度目の死を経て、この世界で復活したエッツェルの存在に引き摺られる形で連鎖召喚された。……そう身構えんなよ、私はあの竜王をぶっ殺せれば何も文句はねえ。それに」
肩から降ろした戦斧の切っ先を夕陽へ向け、歯を見せ笑う。
「いい機会だ。テメエへの借りをここで返す。時空竜とやらへ行き着くまでの露払い、私らで請け負おう」
「…借り?」
生前数々の武勇を挙げて多くの戦を駆け抜けてきたリヒテナウアーが、死後デュラハンとして英霊の格を得た後の、二度目の生を締め括った最期の一戦。つまりは夕陽との死闘。
あれほどの心躍る殺し合いは生きていた頃にも数えるほどしか経験が無い。それを味わわせてくれたこと、リヒテナウアーにとっては何より大きな見返りであったことを夕陽は知らない。
殺した相手はただ知らないままに、狂戦士は矛を取る。
「テメエらは何の気兼ねもなく前だけ見てろ。軍団戦は久方ぶりだが、なんてこたぁねえ。我が亡霊騎兵で蹂躙してやる」
「……ほんと、味方だと思えば頼りになるやつだよ、お前は」
ーーーーー
「ジジイ。まさかあんたが元帥閣下……米津玄公斎だったとはな」
「お主と以前会った時はオフじゃったからのう。あの日奢ってもらった一杯、忘れておらんぞ」
「元帥が下町の酒場に来てんじゃねっつの…」
せっせと『天兵団』の部下達が吶喊の準備を行っているのを飛竜の背から見下ろし監督する梶原鐵之助の背後で、玄公斎はにかりと笑う。
この二人、実はこれが初対面ではなかった
自由が過ぎる元帥閣下はお忍びでよく軍部を離れることがあった。その足で軍属が守るべき民衆の生活を直接見に行くことも度々あり、下町の酒場で安酒を呷るのもそんな行動理念の一環であった。
そんな折、荒くれものの部下を引き連れてその男は現れた。
『混ざれよ、老い先短ぇジジイが一人で飲んでたって寿命は延びねえぞ。長生きのコツは枯れる前に骨身へ酒を沁み込ませることだからな!』
そんなセリフと共になみなみと酒が満たされたグラスを突き出して、当時の『天兵団』隊長は快活に笑っていたものだ。
「処罰はどうした。軍法で殺されるくらいなら、俺はあんたに首を刎ねてもらった方がわりとマシだと思ってんだがな」
「衆寡不敵。ただでさえ圧倒的な戦力差の現状でこれ以上貴重な戦力は減らせんよ。…しかし難儀な男よな」
竜の背を伝い鐵之助の隣に並んだ玄公斎が、共に眼下の部下達を見下ろす。
「生まれの頃合いが違えば、共に肩を並べて死線を駆け抜けることもあったろう。お主のような男にとって、元の世界は退屈か」
「毎日毎日死んだように生きてるだけだ。俺は、…俺達はここで果てるぜ。これだけの大戦、どうあったってあの世界では起こり得ないだろう。魔の物が絶えたあの世界じゃあな」
ひとつ頷いて、玄公斎は顎を擦る。これほどの勇士、若かりし頃に同輩として戦場に立っていたならばどれほど頼りになったことか。
産まれる時代を間違えた戦の申し子。殺し殺されることを生き甲斐とするこの男に、今の平穏な世界はあまりにも生き辛い。
「……なあ、米津のジジイ」
「うん?」
「こんな異世界くんだりまで来てあんたらの都合に合わせてやってんだ。ひとつくらい、褒美をくれてもバチは当たらねえだろ?」
瞬間、冷たい気配が背後に出現する。元帥閣下に対する不敬に、音も無く現れた冷泉雪都が鐵之助の後方で手刀を抜く。
「よい。ワシに出来る範囲のものであるなら、言ってみよ」
そんな雪都の動きを片手で制して、玄公斎がおおらかに応対する。
鐵之助はサングラスを外し、改造軍服の内ポケットから鈍く光る容器を取り出す。
チャプと音を立てて、ほぼ満杯に近いスキットルの蓋を開けて一口、呷る。
相当な度数の酒なのか濃い酒気を混ぜた息を吐いて、そのまま玄公斎に突き出す。
「戦をくれ。死してもなお、心躍る戦を俺達にくれ。あんたの所縁に、あんたの歩みに、俺達を刻んでくれ」
その言葉は、まるでこの老兵が持つ奥義の仔細を知っているかのような口振りだった。
実際のところ、つい先程まで日ノ本最高幹部の元帥閣下たる米津玄公斎の姿すら知らなかった鐵之助が、死奥義のことを認知しているわけがなかった。
死後も轟く勇名のもとに、あの桜舞う神社へと集う英霊の一角になることを望んだ発言であるはずがない。
だがその瞳は真摯であり真剣だった。長くを戦場で生きた者が故の感覚なのか、この男は米津玄公斎の内にある神の存在を確信していた。
だからこそ、玄公斎は突き出されたスキットルを受け取った。
「…よかろう。ただし条件はあるぞ」
同じように器を傾げ、中身を一口含み、飲み込む。途端に食道から胃までを通る熱が全身をかあっと熱くさせた。
酒を飲み交わし、玄公斎は強く禿頭の男の瞳を見る。
「ワシより先に死ぬな。そしてワシは、このような異なる世界に骨を埋めるつもりは毛頭ない。よいな?」
蓋を締めたスキットルを投げ渡し、返事も待たずに玄公斎は踵を返して飛竜の背から飛び降りる。
「おいジジイ!」
「それが守れたのなら、共に桜花の下へ征こうぞ。ぬしはまだまだ若い。死に場所を探す前に足で稼いで戦地を探さんかい」
飛竜に残された男はひとり、禿頭を指で掻いて、それからまたスキットルの蓋を開ける。
冷えた殺気を背中に突き刺し続けていた冷泉雪都も、いつの間にか姿を消していた。
ーーーーー
「―――つまりですね、この世界のあらゆる万物、神羅万象の一片に至るまでが全て我らが母にして全てを統べる大伸リア様の御業によるものであるというわけです。いいですか?」
「ねえこれ戦争前にやってていいことじゃないよね!?もう配置についていい?」
「……ねむい」
「お姉ちゃんリアさまのことになるとながいからやだー!」
「わたしもそろそろ船に乗り込まないとなんですけど……」
どこから持ってきたのかキャスター付きの黒板にぎっちりと文字を書き連ねて時間ギリギリまで女神の存在について熱弁するシスターエレミアに付き合わされているのは幼き女児達。
椅子から立ち上がって焦りを露わにするエヴレナ、こっくりと舟をこいで眠気と奮闘する白埜、初対面時から延々とこの話を聞かされ続けてうんざりしているウィッシュ、飛行船に搭乗するタイミングを計ってこちらもはらはらしているあかぎと、それぞれに示す反応は違えども、共通して女神の教義にはほぼ興味無しだった。
そんな中で純粋に話を聞いていた妖精が、空中で花粉を食べながら挙手する。
「じゃあこのお花とかも、そのリアさまー?っていうののおかげで生えてるの?雲の上にあるお花畑も?」
「その通り!!です!!ロマンティカちゃんはよくお話を聞いていましたねっ!私愛用の教典を差し上げましょう!」
「重たいからいらなーい」
「オイ時間だイカレシスター。いい加減行くぞ」
女児達の背後では欠伸を噛み殺して立ち会っていたアルが刻限を告げる。隣では既に竜化したシュライティアが待機していた。
「ちょっと待ってください!あと二十分だけでいいので…っ!」
「足止めしてる軍人を殺す気かお前は。解散だ解散」
「すみませんわたしもう行きますね!みんなもまたねっ」
「アカギまたねー!わたしもダッシュで配置につきまーすヴェリテ怒ってるかもー!」
アルの放った鶴の一声で、真っ先にあかぎが一礼して走り去り、それに手を振ってエヴレナも笑顔で去っていく。
「……よし。いこアル」
「いくぞー!」
「おめーらはここで留守番だ。危な過ぎて連れてけねェよ」
意気揚々と準備する白埜とウィッシュをそれぞれ片手で抱え上げる。今回非戦闘員はこの仮設陣地に置いていく。普段であれば手の届く距離にいた方がむしろ安全ですらあったが、こうして任せられる場所があるならばそれに越したことはないのだ。
「…仕方ありませんね。続きは時空竜なる背信者を討ち取ったあとにて!」
「そんな軽く言えるテメェの胆力にビビるわ。おらとっとと行くぞ」
呆れ顔で先を行くアルと教材を片付けるエレミアを、少し離れた位置から眺めている少年がいた。
「すげえ。異世界っては変なヤツが多いと思ってたが、大戦の前に授業してる修道女ってのは初めて見たぞ」
「…ちょっとここから離れてくれるかいディアン。なるべく目立たないように早足で最速でね。早く早く…っ」
「なんだよリート珍しくそんな焦りやがって。言われなくても今から配置につくって」
「―――む?待ってくださいそこの方!というかそこのカナリア!なにやらこの世界にあるまじき神性を感じるのですが!!」
「マジかよあの女!?」
「逃げろディアンぼくが狂信者に解体される前に!!」
「解散だっつっただろがクソシスターどこ行く気だボケがァ!!」
結局作戦開始一分前まであちらこちらで騒ぎは収まることはなかった。
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