緊急軍事会議(後編)


「ようは竜を殺すだけの威力が出せればいいンだろ?私一人で充分じゃねえか」

 いとも容易く結論を出したのは、新たに兵軍に加わったと元帥から紹介を受けたリヒテナウアー。

 アルや鐵之助はその軽はずみにも思える発言に青筋を浮かべていたが、こちら側で彼女の強大さをよく理解している夕陽やヴェリテなどは何も言わずその言葉を真なるものとして受け止めた。

 だが問題はそれで全て解決したわけでもない。玄公斎一行が不在間に起きた事象と現在の状況を雪都から説明されている間に、駆け足で議場にやってくる水色のゴスロリ少女の姿があった。

「観測班より戻りましたっ。あれ、増えてる」

 この仮設陣地を囲っている大結界の縁端部から時空竜の動向を探っていた大道寺真由美が、出る前より大所帯になっている状況に目をぱちくりさせた。

「大道寺さん、お疲れ様でした。報告をお願いします。他の方々も傾聴を」

 リヒテナウアーと胸倉を掴み合っているアルとそれを止めようとする面々にも声を掛け、取り戻した仮初の静寂の中で真由美が一度深呼吸し、収集した情報を伝える。

「依然変わらず、時空竜と救世獣の大半は重力の檻に囚われています。高重力圏内から逃れていた残存はこちらへ向かってくるもののみに限定して軽火器及び術師・弓兵で迎撃。それと……解析、完了しました」

 敵情自体はおまけに過ぎない。大道寺真由美に何よりも期待していたのは、その能力による敵の詳細情報。

 無言で先を促された真由美がけほんと咳払いをして、

「えーと。『救世獣』は戦ってわかったと思いますが、竜種ではありません。だから強度もそれほどではない…んですけど、代わりに機械としての自己修復機能を有しています。通常生物と同様、これは脳か心臓に当たる部位を破壊することで全機能を停止させます」

「知ってるわ」

「ンなこと聞きてぇんじゃねえよなあ?」

「剥くぞコラ小娘あァ!?」

 柄の悪すぎる面子がこぞって少女をいびり、次の瞬間にはそれぞれが拳骨を脳天に喰らっていた。頭から煙を上げて地面に伏せたアウトロー達を無視して、玄公斎は孫に向けるような柔らかい笑みで安心させる。

「ありがとうございますー…え、ええとどこまで言ったっけ」

「獣の修復機能のとこじゃな」

「あっそうでした。それで、あれは全部時空竜から発信されてる電磁波みたいなもので指揮命令を受信してるんですけど、実際は『救世獣』全てに向けての発信ではないみたいです」

「というと?」

「数が多すぎるんです。だからそれぞれのタイプごとに一機、オルロージュ本体から受けた命令を軍勢に伝播させる存在…いわば指揮官機のようなものがいます。カルマータさん。『救世獣』の種類っていくつあるかわかりますか?」

 話を振られ、黒衣装の魔女は指を折りながら口を開く。

「タイプ・クラブ、ラビット、アント、スパロー、ピジョン、ドッグ、ドンキー、ゴート……八種だね」

「なら全部で八機、あの群体のどこかに潜んでいるはず。この指揮官機は見た目こそ他と変わりませんが、時空竜の一部から生み出された直属機なので竜種と同質の強度を持ちます。つまり、です」

「んじゃそれやっつけたら勝ちー?」

 もぐもぐと薬草の花粉を食べているロマンティカが短絡的にそう結論を求めるも、真由美は無念そうに首を左右に振った。

「残念ですが、指揮官機を破壊しただけでは他の機械群を機能停止に追いやることは出来ません。ただ明確な行動命令コマンドを受信できなくなれば『敵を倒す=攻撃する』という単純なアクションすら緩慢になるはずです。中継機が無くなった時点で、本体オルロージュだけの命令発信だけではあまりにも『救世獣』の総数が桁違い過ぎて統制システムが成り立ちません」

「なるほど。その状態まで持っていければ盛り返しは充分に可能でしょう。何せ単調な迎撃命令しか与えていなかった最初期の軍勢は『天兵団800名』でも対抗できていたそうですから」

「おいコラ冷泉坊主。ウチの隊だから寡兵でも保ったんだぞ舐めんなブチ殺すぞ」

「そうですか。失礼しました」

「勝手な行動で先走った貴様らの隊なんて侮る価値もないわよ元中佐」

「テメエは俺がいない間に随分と馴れ合ったみたいじゃねえか鹿島中将。しっかり威勢保っとかねーとマワされっぞ気ぃつけな」


(軍属はこのギスりが常態なのか?聞いてるだけで胃が痛いぞ)

(彼らだけ特別こうなのではないですか?後ろの元帥は苦い顔してますし)

(なんか仲悪そうだよねー…)

 顔を寄せてひそひそと話す夕陽・ヴェリテ・エヴレナは妙な居心地の悪さを覚えているが、彼らは棘のある対話の割には平然とした様子だ。軍人は面の皮が厚くないと苦労が多そうだと感じる。


「ではその案で別動隊を組みましょう。残るはブレスの件ですが…」

「それじゃがのう、雪都」

 僅かながら希望が見えてきたところで、米津元帥がふとひとつの疑問を投げかける。

「ワシはそれを直接見たわけではないからこそ聞きたい。ブレスとは、一体どういった分類に属する?あれは、

「…それは」

「違います」

 言い淀む雪都に代わり、夕陽のすぐ傍に立っていたヴェリテが答える。

「我々竜種のブレスとは、その種族ごとに変性した体内器官より生み出す特化属性を放出したものに過ぎません。人が痰や胃液を口腔から吐き出すものと変わりませんよ」

「嫌な例えだな…」

「俺らが痛飲してゲロしちまうのもブレスだったのか」

「……アルは、もう飲みすぎないでね」

「ちょっと待ちな。その話は時空竜相手になると少し変わるよ」

 呑気に漫談する傍らで、大魔女カルマータがヴェリテの説明を一部否定する。

「確かに竜種のブレスはその通りなんだが、オルロージュの基本設計は人の手で造り上げたもので、それに対し竜種の構想と発想を取り入れた存在。そこには竜の仕組みを模した魔術を骨組みにして人の知見からの肉付けが施してある。いわば魔道と科学の混合体だ。…つまり」

 何人かが頭上に疑問符を浮かべているのを見やり、溜息をついて端的に分かり易く告げる。

「オルロージュが持つ竜種の特性は全て魔術由来ということ。ブレスも例外ではない」

「ふむ。では〝クロックワイズ〟はつまるところ『集束された極大の魔力砲撃』という認識で相違ないのじゃな?」

 強く頷くカルマータから太鼓判を押してもらい、米津元帥はにかっと笑う。

「だそうじゃ。お主の出番が回ってきおったぞ」

「え、なに?どこで私の出るとこあった?」

 ポンと肩を叩かれて、ここまでの話を一割程度しか理解できていなかったアンチマギアがきょとんとした顔で元帥を見返した。

 バシンと愛刀の鞘で岩盤の卓を叩き、総員の注目を集める。


「要素は集まった!これより三大関門を突破する策と編成を講じる!まずはワシから、時空竜のブレスに対してはこうじゃ!『作戦名オペレーション反魔砲アンチマギア!』。最初の関門はこれで凌げることを約束しよう!」

「マジで何!?私をどうするつもり?やだよなんかすげえ嫌な予感するから!!」


 長曾根要の維持展開する死奥義オーバードライブが生命に関わる領域に差し掛かるまで残り十数分。

 新たなる戦力を追加した上での二度目の突撃。全ての難題を超え、今度こそは時空竜を討つことを総意とし、討伐軍は立ち上がる。

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