緊急軍事会議(前編)
「…以上が、現時点までの全般状況になります」
廃都に散乱していた瓦礫や廃材で臨時の議場を設け、机に見立てた広く丸い岩盤を囲いそれぞれが楽な恰好で冷泉雪都の話を聞き終える。
「…長曾根さんが…」
ひとり呟くのはホテルでの面識があった夕陽。全身の傷はカルマータと医療班による治療でほぼ回復した。そのカルマータは、現在高月あやかに掛けられた時の呪縛を解く為に不在にしている。
「で、ここで尻尾巻いて逃げ出しますってわけじゃねえんだろ?冷泉准将さま?」
石の机に足を乗せて、廃屋から引っ張って来た木椅子にもたれ掛かる鐵之助が煽るように言うが、雪都は至って冷静に首肯を返した。
「無論です。止めてくれている部下の為にも、そしてなによりこの機を逃してしまえば事態は悪化の一途を辿るのみ。私達の戦いは時空竜を倒しただけで終わるものではないのですから」
雪都は現状詰み掛けているこの戦の先も見ている。ここを超え、少なくとも竜王との大戦はこれを凌駕する規模になるだろう。『完全者』や悪竜王の件もある。
「もう一度、時空竜を討つ為に我々は進軍しなければなりません。そして、それに際しての問題は三つ」
全員の視線を受け止め、雪都は指を三本立てた。
「ひとつ。再侵攻における『救世獣』の対処。以前数の劣勢は変わりません。いえ、先の一戦でこちらにも少なからず被害は出ました。対して向こうは修復再生持ちに加え疲労という概念を持たない機械の軍。状況はより深刻化したと言えるでしょう」
「話の途中で悪いが挟ませてくれ。私の大規模魔法はもう使えんので、他の者達はその点も加味して対策を考えるよう頼むよ」
ちっとも悪びれた様子もなく総指揮官の説明に割り込んだのは浮遊車椅子に腰掛けたモンセー・ライプニッツ。
彼女の扱う対軍魔法はそれひとつで戦況を引っ繰り返せるほどに強力なものであるが、それ故に反動と消耗も激しい。行使は基本的に日に一度。同日に二度目を使うのであれば寿命を縮めることにすら繋がる。
「ふたつ。〝クロックワイズ〟と呼称される時空竜の極大ブレス。直接戦闘した者達からの情報によれば、オルロージュは自らの配下たる『救世獣』を攻撃することでそのチャージ時間を自在に稼ぐ術を得ている。接敵までの間に放たれるであろうこれを防御ないし無効化することが出来ねば倒すどころの話にすらなりません」
竜化したことでチャージ時間は半減し、威力は倍以上に膨れ上がった。次弾へのチャージという僅かなクールタイムを挟み、連射すら可能とするだろう。
「ちょっと、いいかしら?」
挙手して発言権を求めるのは瓦礫に背を預け閉目して情報を整理していたマルシャンス。目を開け、雪都の無言での促しに言葉を続ける。
「ここから最速最短で時空竜に突っ込んだ時、そのブレスは何発撃てるのかは判明しているの?」
これは雪都も予期していた質問内容だったのか、答えは即座に返ってきた。
「だいぶざっくりした計算にはなりますが……我々の持ち得る最速移動手段たるは竜での機動。トップスピードでブレスの射程圏内に入った瞬間から到達までの距離から概算すると。……最低でも、三発は撃てます。回避に専念するとすれば後先考えない直線飛行はより到達時間を遅らせ、結果としてブレスの発射数は増えるでしょう」
「……なるほどね。避ければそれだけブレスを撃たせる機会を与えてしまう。どうあっても三回は防ぐ必要がある、と。エリア丸ごと灰塵に帰すような暴虐の咆哮を」
マルシャンスにそのつもりが無くとも、事実確認を口にすることでその場の空気は明確に冷えていく。絶望が熱を奪っていく。
「…そしてこれが最後の問題。私達は、六撃で時空竜を仕留めねばならない」
より正しくは七撃に至る前に、その身を戦闘不能な域にまで叩きのめさねばならない。
大きすぎる難題に一同が思案を巡らせた時、この危機的状況をものともしない気楽な声が全員に届く。
「三つ目に関してはさほど難しくねェだろ。ここには力自慢だけが取り柄の馬鹿がやたら多い。俺も含めてな」
自前の能力を利用して自分と白埜の分だけしっかりとした鉄鉱石の椅子を用意して座っていたアルがぐるりとその場の者達を見回す。
「正直に言え。竜種の外殻をブチ抜いて確実なダメージを与えられる自信のあるヤツ」
時間は惜しい。誰しもが自身の性能と向き合い、そして手を挙げたのは二名。
冷泉雪都、アル。
「時間は掛かるが俺はやれる。神代の刀剣であれば竜種の鱗を貫けるのは実証済みだ。…使いたくはねェがな」
〝
「冷泉だったか?アンタも半端じゃない力を持ってるのはわかるが、…まさか素手で竜をやるつもりか?」
「そのまさかです。正しく構え、正しく打てば人の拳でも魔の物を穿つ槍となります。よろしければお教えしましょうか?」
「こんな時でも冗談が言えるとは流石の度量だな総指揮官殿は」
両手を広げて肩を竦めるアルに、堅物の軍人は冗談で言ったわけではないことを返そうとしたが、それは遥加の発言に掻き消される。
「あの。…あやかちゃんも、やれると思います。あの子も、素手でやっちゃうと思うんですけど……」
「やるだろうなアイツなら。人じゃねくてバケモンだしなあの小娘」
鼻で笑って三人目の矛をカウントに入れた瞬間、砂塵を撒き散らしながら爆速で少女が滑り込んできた。
「悪口聞きつけ即推参!!やいやい誰が立てば芍薬座れば牡丹だってぇ!?」
「地獄耳でも難聴じゃ意味ねェよなー」
猛烈な砂埃に面々が目を覆い咳をする中、ケロッとした様子で復活した高月あやかの図太さにアルは呆れた。
「話は聞こえた!いいぜー俺様の叩き込みそびれたマキシマムインパクトキャノンを今度こそぶちかましてやんよ!…それはそれとして、やられちゃってゴメンネ!」
「いやこの子は悪くないさね。出し惜しむだろうと高を括っていた私の失態だ」
あやかの背後からゆっくりと歩いてきたのはカルマータ。無事に時空竜の術式を解呪できたらしい。
「私も今の話し合いは遠隔通話の魔法越しに聞いていた。私はここまでの年月を対時空竜への対抗術式を編み出す為の研鑽に費やしてきた。アルと同じくそれなりに時間は要するが、オルロージュをダウンさせる一撃を用意することは可能だよ」
これで矛は四つ。無理に六撃分の戦力を確保する必要はないが、あるだけあるに越したことはない。
さて残りの問題をどうしたものかと話を本軸に戻そうとして、またしても大仰な手振りであやかが話を中断させる。
「てゆーか見た?見たぁ!?空にでっっっかい船が飛んでてさあ!こっち来てたぞアレ!!」
「わけわかんないこと言ってないで座れって」
「船が飛ぶわけねェだろ宇宙戦艦かよ」
「あのね、あやかちゃん?船っていうのは海に浮かんで航行するものであってね」
またふざけているのかと、夕陽とアルと遥加が口々に諫めるが、扱いが不服なのかあやかは地団太を踏む。
「マジだって!なあカルマータ婆ちゃん!飛んでたよな!?」
「ああ、本当だよ。ただあれは船というより……それと次私を婆扱いしたら消すよ」
まったく要領を得ない会話にいい加減焦れてきた雪都が多少強引にでも話を進めようとして、今度は地面を揺るがす轟音に割り込まれる。
『うぉおなんだ!?』
『親方!空から船が!!!』
『新手の救世獣が来たのか!!?』
『海賊旗……はっ、え!?かっ海賊が空から攻めてきたぞ!』
「……な?」
頬を膨らませてあやかが抗議の視線を全員に向けると、全ての者が無言で目を逸らした。
騒ぎの中心となっている方向からは、悲鳴と怒号に混じって聞き覚えのある声もあった。
「まったく、どうしてこうお主は粗忽なんじゃ!危うく怪我人が出るとこじゃったぞ!」
「仕方なくない?あれ操舵要領ムズすぎんだって!胴体着陸できただけでも御の字に思ってくれないと頑張った甲斐ねえぞ!」
「ハッハハ!おもしれーアトラクションだったな!またやろうぜあれ」
あやかと遥加は自身と似た、
夕陽はかつて命を削り合う死闘を繰り広げた相手に愕然とし。
雪都は偉大なる老翁が本来の姿を取り戻し眼前に現れたことに呆気に取られた。
そんな彼らを労わるように、あるいは面白がるように船からやって来た者達は向かい合う。
代表して、太刀を腰に佩く老人が一歩前に出て貫禄のある微笑みを浮かべた。
「待たせたかの?それは済まない。…では、勝つとしようか」
まるでこの程度の窮地なぞ慣れっことばかりに、異界の軍にて最高権威を誇る元帥閣下は呵々と笑う。
『メモ(Information)』
・『黒抗兵軍第一中隊(重度の負傷者除く)』、『エリア7 不滅のメガロポリス』にて時空竜討伐軍と合流。
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