VS『カンパニー』 4


「ふッ!」

 俺の斬打によって抉れた箇所を寸分違わず強烈な打撃が襲い、左足が千切れる。

 間を置かず消えた熊猫の姿が崩れ落ちる殺戮兵器の真下に現れたかと思えば繰り出される肘撃。それによって倒れることすら許されず衝撃に持ち上げられた巨躯がぶわりと浮いた。

 タイミングぴったり。先んじて中空に跳んでいた俺の溜め込みが十分に達し、阻害を受けることも無く渾身の斬撃は敵の丸みを帯びた首を刎ねる。

〝っ!〟

(……こんなもんだったか?)

 幸の称賛を受ける中、俺は前回との落差に若干の拍子抜けをしていた。

 明らかな強化の施されていた機械。俺と幸だけならば間違いなく苦戦を強いられていたはず。とはいえ生半可な助力で趨勢を変えられるわけも無く。

 熊猫もやはり、以前よりも強くなっている。

 いや、が正しいのか。

「…なあ、アンタ」

「次だ。行くぞ」

 問いを投げる前に熊猫は踵を返し、俺の肩に片手を置いた。

 瞬間に視界は転じ、そこには大量の血液を撒き散らしたゾン子が鎮圧された状態で転がされていた。




     -----

 『カンパニー』によって強制的な蘇生・改造手術を受けさせられた熊猫の強化は他に比べ抜きん出ていた。

 そもそもが意志ある生物だったこと、そしてその身が仙界において苛烈な修行を積んだ特別性だったということが飛躍的な強化を遂げた理由と推測されている。

 それにより、不可能とされた高低差の移動すら克服した絶招瞬歩は夕陽を連れた状態で容易にビル最上階への転移を可能にした。

「おい!?」

 無数のレイピアのようなもので串刺しにされ、肌は落雷を浴びたように焼け焦げ爛れ、さらに氷塊の中で氷漬けにされた完全封印状態のゾン子に夕陽は驚きの表情で駆け寄った。

「―――」

 だが熊猫はそんな死人には一瞥もくれない。夕陽が駆け寄った一歩目で既に人参を粉砕し、二歩目が地に着く頃には気味の悪い成虫が操る木製のキューブを八個ほど破壊していた。

「ハックション!!」

 そして破壊した一つから噴出した花粉をモロに浴びていた。

(…?ただの花粉ではないな)

 纏わりつく粉が動きの精度を減衰させる。何か特殊な能力の一つらしい。

(まあ関係ないが)

 瞬歩を扱う熊猫にとってはさして問題視するものではない。背後に回り斧刃脚によって体液と臓器を散乱させて成虫が絶命する。

 不意打ち気味ではあるがこれで二体。損傷は軽微。打撃での粉砕の際に人参の氷冷操作によって右腕を凍結させられ氷の槍が掌を穿った程度。あとは花粉による動作遅延。

 氷塊を砕いてゾン子の様子を窺っていた夕陽へ迫る飛雷針を割り込んで防ぎ、直後に全身を貫く雷撃に呼吸が一瞬止まる。

(…ふむ)

「俺に構ってる場合じゃねぇだろパンダ!ってかどうなってんだお前、おいゾン子!」

「あががばばばばば」

 レイピアを引き抜いて氷漬けからも救出したはずなのに未だ痙攣を止めないゾン子。雷撃によって狙い通り全身の花粉が焼却されたことに満足する熊猫が敵の総攻撃が眼前に迫るのを確認しつつ二人を片手で鷲掴み、瞬歩発動。

「…なんだ、コイツも不死か。だが弱点を突かれればこんなものだな」

 天井も壁も全て吹き飛んだ最上階の片隅まで瞬歩で移動し、倒れたままのゾン子を見下ろす。

「どけ」

 夕陽を脇に押しやり、熊猫はうつ伏せに倒れるゾン子の顎を蹴り上げた。制止の声も聞かず、浮いた胴体に左の掌底を叩き込む。

「ごぶぇ」

 吐血と共に吐き出された胃液の中に一枚の煌めきを確認した熊猫が即座に爪で両断した。

 途端にゾン子の痙攣は収まり、同時に昏い瞳で熊猫を見やる。

「あー……いて、いってぇ。内側から焼き焦がされてる気分だったぜ。よくわかったねパンダちゃん、あたしが強引に硬貨を胃の奥まで捻じ込まれてたの」

「不死を縛る常套手段だ。私が敵でもそうした」

「こわっ」

 身震いして距離を取るゾン子と、さして興味も無さげに視線を敵へ定める熊猫。互いに過度の干渉は望んでいない様子だった。

「で、結局氷漬けにされてずっと殺され続けてたわけかお前」

「ちょ待てよ、ちげぇって。ほらよく見ろってあそこに一匹倒れてるだろちゃんと仕事はしてたってほんとほんとだから」

 必死に指で示す先には、確かに細身の女らしきものが倒れ伏し、さらさらと粒子と化しながら消えて行くのが見えた。異世界薄翅蜉蝣と呼ばれていたものだがもちろん三人には知る由も無い。

 さらには周囲に残る激戦の爪痕。見覚えのない部品やら人体のパーツ。どうやら一匹に留まらず召喚された異世界生物の十数体程度は屠っていたようだ。

「アンタ、腕は平気か?」

「問題無い。だがあの貂は私に回せ、喰らえば傷を修復できる」

「それならあたしも、あのおっぱい獣人ちゃん任せてもらえん?殺した身としては最後まで面倒見たいのよねー」

 それぞれの定める敵は決まり、残りの異世界生物も残り僅か。となればあとは『カンパニー』前社長と、

「俺はじゃあ、あのクソをるよ」

 視界の端、瓦礫に腰掛けて足を組んでいた白コートの男に意識を向ける。

「『ベイエリア』現社長。トーマス・スマートフォンだな」

 気配は感じなかった。おそらく『カンパニー』と同じ異世界転移技術による出現。

「このタイミングで現れたのはなんでだ。まさかおとなしく首を差し出すつもりじゃあるまいし」

「ん、ああいや。別にどっちでもよかったんだよ僕としては」

 気付かれたことに気付き、男は立ち上がってコートの埃を払う。

「このイベントの開催騒動に紛れて逃げ出した彼を捕らえるには、僕とアルファベットシリーズだけじゃどうにも荷が重くてね。何せ復元再生させたものも含む百数もの異世界生物の召喚権限を抱える、言わば歩く爆弾だ。だから君達を放置する形で事の進展を望んだ」

 面立ちは社長にしては若く、夕陽と歳近い少年のように見えた。トーマスはへらへらと人の神経を逆撫でするような笑みを浮かべて夕陽達とオルガノ・ハナダ及び異世界生物らを見やる。

「君達が皆殺しにされるまでに彼の力をある程度削ぎ落としてくれればよかったんだ。ところがこの大健闘だ。うん、素晴らしいよ。おかげでもう僕でも勝てる。君らを込みでね」

 パチン。鳴らした指の音に呼応するかのように吹き曝しの最上階を全域囲う飛行型のサイボーグ。階下からは飛ぶ術を持たないサイボーグが駆け上がって来る音も聞こえる。


「望まぬ蘇生をさせられた上にこの重労働か。なんとも割りに合わないことだ」

 熊猫は軽口と共に拳を構えた。


「えっらいことになってんじゃん…。まぁからいいけどさ。…ストック、これ保たないんじゃない?」

 周囲に水分を浮かせて面倒臭そうに突っ立っていた死人には構えらしき構えは無い。擬似生命ストックは残り152となっていた。


「ようやく終わりが見えてきたな、幸」

 神刀を正眼に構え、〝憑依〟の深度を再び落とした夕陽が呟く。調伏の効力を秘める刀の解放に、柄を握る手がバチリと電気に弾かれるように痛む。

「ごめんな、痛いよな。でも頑張ろう。行けるよな?」

〝…っ!〟

 童女の心意気を示すように、身体の内側から活力が押し上げられる。二人分の意志、二人分の力で此度も勝ちを収める為に。


「下の反撃者達のせいで思ったよりも数を揃えられなかったかぁ。でもこれで充分。この土地ももう使い物にならないし、とっとと永久機関オルガノ・ハナダを回収して逃げるとしますか」


 異世界生物、サイボーグ、そして反撃者及び謀反者。

 奇妙な三つ巴の様相を呈し、アルファベット・マッチレス・ゲームは終幕へ差し掛かる。

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