VS『カンパニー』 3


 事実、水使いのゾンビは強かった。

 俺とは違い怪我を考えない、失血を考慮しない。死に怯まない者が弱いはずがない。

 こちらで対処しきれなかった異世界生物を加えても尚、ゾン子は前社長の命を実に十回は奪っていた。

「にゃろぉ…運命に因る不死は核が無いのか?いやそんなはずはねーが…」

 ぶつぶつと呟きながら吹き飛ばされた顔面の半分を再生させる。

 こっちはこっちで呼び出される異世界生物の相手に手間取っていたが、ふと湧いて出た疑問に思考を割いていた。

 百数にも及ぶ異なる世界の異形達。その種類や方向性は様々、またサイズもあの藁人形のような小型から人間サイズ、果てはあの戦闘実験ルームにすら収まらないほど超巨大なものと多種に及んでいた。

 それなのに、。あの実験に使われていた生物にしてはやけに弱い部類のものしか現れていない。そしてそれも今、俺とゾン子によって殲滅されかかっていた。

 まだ数は残っているはずだ。現に前社長の四方からは空間の孔、その揺らめきが徐々に大きく強く歪みながら展開され続けている。

 …………徐々、に?

「―――ッゾン」

 注意を促す一言すら間に合わなかった。千切れた上半身が頭上の天井にぶつかりベシャッと鮮血を撒き散らす。

「オイ、おい」

 眉一つ動かさず崩れ落ちた下半身に腕を伸ばすゾン子はそのままに、俺は現れた視界いっぱいの黒に冷や汗が止まらなかった。

 なんで、コイツが。

〝…!〟

 ただでさえ超重量の出現で軋んだビルが、次いで繰り出された太い腕からの一撃で完全に最上階を潰された。

 

「……幸、もう一度、全力だ」

 ゾン子は自らを複製と呼んだ。『カンパニー』が誇る異世界技術の集大成によって参加者すらコピー可能だったとしたのなら。

 初めから情報が全て揃っていた生物・兵器の再生産再構築など造作も無かった、ということにはならないか?

 仮説は眼前のそれが勝手に証明してくれた。

 かつての実験で倒したはずの、漆黒の殺戮兵器。

 はてさて一体これは何の皮肉か。

 前は上昇しながら闘ったのに対し、此度は五十階から地上への落下の最中に闘う羽目に。

 

「こんなモンを、また作り直しやがったのか『カンパニーテメェら』はぁぁあああああ!!!」




「うぉい、夕陽ー!」

 階層一つ丸ごと潰れ、外へ放り出された共闘者を呼ぶがそこに少年の姿は無く。

 また階下に視線を向けるだけの余裕もゾン子には無かった。

 身を貫く激痛に視界が明滅する。

「ぁ、が…はぐっ!?」

 喉元を貫通する刃に触れた体が白煙を上げている。ただの武装ではない、これは明らかな特効反応。

 聖剣による、死肉の拒絶反応だ。

「…オイオイオイ、死んだわあたし」

 一度の絶命を代償に剣を引き抜き放り投げる。無論のこと、聖剣に覚えなどそう多くはない。

 銀色統一の聖剣『上月』の使い手は、光を喪った両眼で静かにゾン子を見下ろしていた。

「あーそっか、アンタも晴れて死人になっちったか」

 さらに背後にも数体。前社長を守る壁のように立ち並ぶ異世界系列の猛者達。

(そーゆーこと。実力に応じて召喚にも手間が掛かるってわけねん。だから雑魚で足止めしつつ、この連中を呼び出す時間を稼いでいた、と)

 ゆっくり立ち上がり、全快した状態で状況を確認する。

「にゃるほど。こりゃやばいわ」





 ―――異世界狼人・改、蘇生。

 ―――異世界人参、収穫。

 ―――異世界貂、憑依。

 ―――異世界山荒人、覚醒。

 ―――異世界天牛幼虫、羽化。

 ―――異世界薄翅蜉蝣、始動。




 ―――異世界死人、擬似生命ストック残り237。

(あれ?さっき見えたのと数が違くね?あの馬鹿デカいヤツを合わせて八だったはず。一体、足りない…?)


 ―――新規召喚、八体。






     -----

「げほ、ごっほ!」

 最悪の展開だ。

 最大深度の〝憑依〟によって落下自体は問題なかった。だがこれにより地上を徘徊していたサイボーグ共に囲まれる事態に。異世界生物達に比べれば脅威にもならない雑魚共だが、今は余所見している場合ではない。

 作り直されたせいか、それとも前とは違い十全に闘える環境だからか。ともかくこの殺戮兵器は以前よりも凶悪に全身を駆動させていた。

 周囲のサイボーグごと吹き飛ばされる。

(また前回のやり直しか!くそ、こんなんじゃあの前社長にいつまで経っても届かねえ!)

 紙一重で振り回される爪とスパイクを躱しながら、ビル最上階を見上げる。そこでは断続的に瓦礫が吐き出され埃と煙が噴き上がっていた。ゾン子が多勢を相手に孤軍奮闘しているのだろう。

〝!〟

 幸からの警告に油断を恥じた。巨体は常識の埒外にある速度で迫っている。物理法則すらお構いなしに伸びる黒色に腕一本の犠牲か形代の使用かを間際まで迷った挙句、


「いい加減にしておけよ」


 襟首を突然に引かれ、呼吸が一瞬止まる。そのまま後方に投げ捨てられた。

 俺とあの殺戮兵器以外にはサイボーグしかいなかったはず。まさかこの期に及んで言葉を話す種類まで来たのかとうんざりしていたが、どうやら違ったらしい。

 黒の巨体がいきなり横倒しになり、轟音と砂埃が一帯を覆った。

(なんだ!?)

「勝者には責任が伴う。小僧、貴様が負ければ其れ即ち、貴様に負けた者全ての恥辱となる」

 遮られた視界の中で、かろうじて見えるシルエットは尋常じゃない動き方をしていた。速過ぎて見えないのではなく、瞬間移動紛いの技術を用いて遠近関係なくサイボーグ達を破壊して回っていた。

 声は呆れと憤懣を宿し俺を叱咤してくる。

「解るか?より劣っているとされることの怒りが。勝ったのなら勝ったなりの責を果たせ。それが慈悲であり誠意というものだ」

「……!おま、まさか」

〝っ、っ…!〟

 俺は驚き、幸は喜んでいた。

 あの純白の部屋で行われた連戦、その最終戦。

 鎬を削り死闘を演じた、強力無比な武術の数々を忘れることは出来ない。

 凹んだ黒色の装甲が、粉砕されたサイボーグの破片が。それを再び脳裏に強く映し出す。

「答えろ」

 落下中に見た限り近辺に数百はいたはずのサイボーグの音が全て消え、薄らいできた土煙の奥から現れる人影が問う。

「これよりも下か?」

 散乱した欠片の一つを踏み砕き、

「あれよりも弱いか?」

 未だ真横に倒れたままの巨大な兵器を視線で指し、


「私に勝った貴様は、こんなものに劣るのか?」


 現れた人ならざる者は、白黒の毛並みを靡かせてただ、そこに立っていた。

 思わず、本当に意図せず。だが何故だろう。

 口元に笑みが浮かんでしまうのは。

「いや…いいや!そんなわけがあるか。強かったよ。こんなポンコツ共より、ずっと俺を追い詰めたアンタの方が!」

「…フン」

 そうだ。強かった。心も、身体も。無機質な機械なんかとは比べ物にならないくらいに。

 だから俺は負けられない。この武人に勝った俺は、異界の技術で生み出されたサイボーグにも、異界の地で育った怪物にも負けるわけにはいかなかった。

「言葉は要らん、戦果で示せ」

「応!!」

 大地を引き裂いて爪を突き立てた殺戮兵器が復帰する。

 それを見上げ、示し合わせることなく俺と熊猫は共に並び立っていた。





 ―――異世界鵺・改、起動。


 ―――異世界熊猫・改、謀反。

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