VS『ベイエリア』 1


 規格外の武術遣い。

 格落ちされた半不死。

 この二人のみでサイボーグと異世界生物はほぼ押さえ込まれていた。熊猫に至っては異世界貂人の〝憑依〟を霞喰らいによって丸ごと吸収し、右腕と怪我の大半を回復させていた。

 そしてこちらも。

「…ま、ね。一度目にタネが割れてた時点でこうなるのは分かってた。複数相手ならともかく、タイマンではもうあたしには勝てなかったんだよ、獣人ちゃん」

 心臓を貫く水の剣。聖剣を振り被った状態で制止した異世界の狼人は、仄暗い瞳で自らを再び殺した相手を映していた。

 ゾン子であるならば、おそらく二度目の対戦であってもまだいくらか殺されていただろう。不死人に多く見られがちな疎かな防御、死を恐れる決死の覚悟。そういったものが薄い彼女にとって数度の死程度は様子見の範疇ですらある。

 ただしこのゾン子にそれはありえない。着実に減っていく生命のカウントに、表面上には出さないまでも焦りを覚えていた。

 それに加え、怒りも。

「縛られし魂よ、これで…自由だ」

 致命傷にぐったりともたれかかった獣人の耳元で囁き、剣の形を解く。バシャリと液状に戻った水に混じって血液が突き破った胸と背から流れ出て行く。

「ふう」

 そっと横たえて、光の消えた双眸から瞼を下ろしてやる。二度目の死を迎えた獣人の横を静かに通り過ぎると、死体から広がっていた血溜まりが浮き上がり球を成してゾン子のもとへ引き寄せられた。

「おいパンダちゃん。あんま取り過ぎるなよ」

 腕を一振り、軌跡を追い掛けて水の斬刃が飛ぶ。

 振った腕を下ろす、圧縮された水分が滝の如く真下の敵を打ち砕く。

「あたしにも残しとけ。ぶっ殺したくて仕方ねーんだよ、今」

「…フン。勝手にしろ」




     -----

 白コートを羽織るトーマスのにやけ面はどうにも気に喰わない。それだけ見れば好青年に見えなくもないのだろうが、それよりも纏う雰囲気から生理的な嫌悪感を覚える。

 だがこの男、あれだけの大言を吐いただけのことはあるようだ。

 一撃は速く重い。

「…はぁっ!」

 〝憑依〟によって引き上げられた身体能力で振り回す神刀の攻撃を真っ向から受けるは腰に提げていたガンソード。忌々しいことにただの優男ではない。

 自分と同じく異能を収めた者か、あるいは。

「これでも僕も異世界転生者でね。ファンタジー系の世界で力を得た身なんだよ、こんな風に」

 ガンソードを片手で操ったまま逆の手で指を打ち鳴らす。すると夕陽の眼前で爆炎が広がった。

「チッ、そういう系か。惨めにトラックにでも撥ねられたか?なんにせよいい気味だ、それでチート貰って自分の実力だと勘違いしてんのが最高に腹立たしいがな」

 咄嗟に後方へ飛んで直撃は避けたが、額とこめかみが衝撃にやられて出血していた。指で血を払い、刀を構える。

 距離が空いたことでトーマスがガンソードの銃口を向ける。

「君も似たようなものじゃないか。〝憑依〟だろ?それ。悪霊の力無くして君は僕に対峙することは出来ない」

「―――撤回しろボケナス」

 回避に専念するつもりが、不意の言動に意識を持っていかれた。銃弾数発を身に掠らせながらも拳の届く距離まで詰める。

「この子は悪霊じゃねぇ。妖怪で、精霊で、妖精だ」

 ガンソードの防御を叩き落とした上でのアッパーカット。浮いたその隙を逃さない。

「それ以外は、まあ、間違いじゃないけどな」

 貫く回し蹴りの一撃が鳩尾に入りトーマスの体をくの字に折り曲げる。

 吹き飛ぶ、ことすら許さない。

「おおァッ!!」

 蹴りを振り抜いた姿勢からさらに半回転、加速動作に転じて刀を斜めに振り下ろす。頸動脈を狙ったがそれはガンソードの峰に逸らされた。

「やるね……〝キュアヒール〟」

 口の端から血の筋を作るトーマスがにやけ面を維持したまま何かを唱えると、折れた骨や傷付いた内臓が修復される。

「さすがファンタジー世界の転生者ってことか。ホイミだな」

「どっちかと言えばベホマかな。ともあれこれで分かった通り君に僕は殺せないよ。MPだって無尽蔵だし」

「パーティーメンバーがいない分際でほざくな」

 殺し切れればそれまで。ザオラルを使う仲間がいない時点で蘇生は不可能と見た。

「君もさ。何なら僕らと一緒に来ない?君も『補正持ち』だろう?」

「あ?なんだそりゃ」

 斬撃、殴打、脚撃。持てる全てを織り交ぜてややこちらが上。ただし距離を置いた場合の魔法やら銃撃やらに持ち込まれた場合はその限りではない。

 距離は離させない。

「あのオルガノ・ハナダと似たようなものさ。因果すら捻じ曲げる運命力の強さ。死ぬべき定めすら回避するある種のチート。君はどこぞの世界における主人公だ、その補正はどの世界に居ても加護を受け続けるだろう。僕と同じにね」

「…テメェと、一緒にするな」

 胸倉を強く掴み、引き寄せる。強化され鉄塊にすら勝る額で思い切り頭突きをかまし、仰け反ったところをさらに追撃。

「一緒さ。そんな現代日本の世界なんて退屈だろう?異世界はいいよ?そっちの常識でもこっちなら天才のような扱いを受ける。至極普通の提案をするだけで妙案扱いされ敬われる。馬鹿ばっかりだよ、低俗で低能な異世界の住人はさ」

「なら余計にお断りだ。んなとこにいたら脳味噌腐っちまう」

 少し離れたところで「へっくし!!」などと場の緊張感をぶち壊すクシャミをしたゾンビがいたようだが無視に徹する。

「ハーレムも容易に築けるよ?選り取り見取りで楽しい生活が送れるのに」

「それこそくだらねぇ。興味ねえんだよ優柔不断の難聴野郎。テメェみたいなのが一番嫌いだ」

 そもそもが日向夕陽には死ぬまで付き合うことを決めた子がいる。

〝…!〟

(挑発だ、乗るなよ幸。お前以外には目もくれないから)

 ややご機嫌斜めになりかけの幸を宥め、さらなる助力を要請する。

「そうかい、残念だよ」

 大きく刀を弾かれ数歩後退る。

「〝フレイムランス〟」

 掲げた手から数本の燃える槍が現出し、飛来するのを迎撃する。

 次いで現れる劫炎の鑓。

「もういっちょ、〝ボルカニックスピア〟」

「うぉっ…!」

 着弾点が大規模に爆ぜ、回避したはずが大きく後方へと流された。

「まだ堪えるかい、〝サンダーボルト〟」

 中空から落ちる雷撃を直感だけで避け続ける…が、それも限度があった。

「〝レイジングバースト〟」

「―――!!」

 巨大な落雷が半球状に範囲を広げ、呑み込まれる形で夕陽が直撃を受けた。


「…ゾンビ小娘、残りはくれてやる。確実に仕留めろよ」

「ゾン子ちゃんだっつってんだろこの愛玩動物めッ!…えってか待ってどこ行くのあたしストックもうそんな残ってないんですけどー!?」


「へえ、次は君かい準主人公枠」

 瞬歩で背後へ迫った血塗れの熊猫へ、視線も向けずにトーマスはただ嗤った。





 ―――異世界生物殲滅。

 ―――異世界熊猫、損傷重大。

 ―――異世界死人、擬似生命ストック残り68。

 ―――オルガノ・ハナダ。流れ弾での死亡につき演奏中。






〝っ…、っ!〟

 幸の意識に揺さぶられる形で目を覚ます。

 どうやら僅かな間、気を失っていたらしい。異世界の魔法とやらは思った以上に厄介だ。

「くそ、パンダも死にそうじゃねえか。俺も…、っ?」

 満身創痍の熊猫が代わってトーマスと交戦しているのを確認し、すぐさま駆け付けようとした時だった。

 聞き覚えのある音楽に背後を振り返る。

「……オルガノ…か」

 うつ伏せに倒れ人差し指を立てた片手を前に伸ばした状態で死んでいる前社長の姿があった。

 今はこっちに構っている暇は無い。異世界生物が皆殺しにされた時点でオルガノ・ハナダの脅威はほぼ皆無。勝手に生と死を繰り返していればいい。


「―――……、れは、…っか団、だ…ちょ……おル、…カ………だ、ぞ…」


 同じ台詞を何度も何度も譫言のように漏らす前社長に、ふと思いを寄せてしまった。

 ゾン子はこの男のことを『死から逃げた死人』と呼んだ。

 間違いではないだろう。経緯はどうあれ、元いた世界で死ぬべきだった人間がこうして別世界で死から逃れているこの現状を見れば。

 だがこの男をこちらに縛り付けていたのは『カンパニー』の思惑だ。本人は…たとえ叶えたい願いがあったとしても違う世界で生き永らえることを望んでいたのか。

「……なあ、アンタ。もし、さ。もしアンタが協力してくれるんなら」

 悲壮なBGMがうるさい。一体どこから流れてきているのか。


「俺が返してやる。アンタの元居た世界で真っ当に死ねるようにしてやるよ。だからちょっと、あのクソガキを殺すのに手ぇ貸してくれないか」

「―――ぁ」


 

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