VS『ベイエリア』 2


 オルガノ・ハナダは『カンパニー』の全権限を握っている。異世界生物召喚が可能なのもこれがあるからだ。

 召喚とはすなわち転移技術の応用。此処ではない何処かへと門を繋ぎ引き摺り込む術。

 無論のこと逆も可能。つまり此方より彼方へも飛ばせる。

 ならば何故、オルガノ・ハナダは自己をあるべき世界へ飛ばさなかったのか。延々と『カンパニー』・『ベイエリア』に利用され続けるくらいなら本来の世界で死を選ぶのではないのか。

 答えはおそらく、。オルガノ・ハナダ個人だけは自らを自らの意志で転移させることを妨害する条件なり拘束なりが上書きされていた。権限自体は奪取出来ずとも、新たに余計な権威を上積みすることは出来たのだろう。これにより『カンパニー』の技術を持ち逃げ、流出する事態を逃れた。

 なら権限自体を他者へ譲渡してしまえばいい。夕陽はそう考えた。

 だから、


「『カンパニー』におけるお前の持つ権限を全部俺に寄越せ。それを以てお前をあるべき世界に帰す」


 初めに思惑に気付いたのは『ベイエリア』現社長、トーマス・スマートフォンだった。




     -----

「むっ。送り帰すつもりか!そうは…」

 ガンソードの引き金に指を掛け、照準を向ける。

 その銃刀一体となった切っ先を真下から掌底が弾き上げた。

「まだ動けるか、異世界熊猫」

「無論」

 利き腕は肩から斬り落とされ、爆発の衝撃で顔の左半分が炭化した熊猫が、怯むことなくトーマスの眼前に立ち塞がっていた。

「やめておきなよ。君は元々二度目の生なんて興味無いんでしょ?おとなしく死んでおきなって」

 連射される銃弾を絶招瞬歩で避け続け、背後あるいは側面を取り続ける。

「ああ。だが体よく利用された分の請求がまだ済んでいなくてな。生憎と取り立てる相手も居らず困窮していたところよ」

 動きを読まれている。瞬歩がほとんど役に立っていない。異世界ならではのスキルが働いていると見るべきか。

 熊猫の動きを先読みにて予知した先へ銃口が向く。現れた熊猫の眉間ちょうどにガンソードは向けられ、発泡。

「…………あれぇ?」

 トーマスが唖然とした声を上げる。

 引き金を引いたはずのガンソードは何故か熊猫の左手にあり、握っていたはずの右手はあらぬ方向に折れ曲がっていた。

「貴様だ。。……六銭代わりとは行くまいが、それで黄泉路への渡船としよう」

 極東日ノ本に伝わる柳生新陰流極意無刀取り。…に酷似した絶技・空手奪刀くうしゅだっとう

 片手での行使につきかなり大雑把にはなってしまったが、慢心に驕るトーマスには通じたらしい。

「ぐっ!?…〝キュアヒー」

「遅い」

 素早く両脇と腹部へ三撃、突き込みを入れ発動する兇叉きょうさ。貫通した三発の勁は内部を破壊しながら互いに競合し爆散。一部臓器を破砕させる。

 喉から逆流する多量の血液にスキル発動はおろか呼吸すら困難となったトーマスへ、命の灯火を燃やす尽くす進撃の一手は止まらない。

 迎門鉄臂げいもんてっぴによる突き上げと膝蹴りと同時に貰い、すかさず半身を押し当て放つ鉄山靠。

 震脚、発勁。

「フゥ…ッ!!」

 十数メートルは吹っ飛んだトーマスの背後へ瞬間移動し、溜め切った拳を打ち出す。我流なれど基盤に中国武術の下積みを重ねている瞬牙崩拳を受け、敵の仙骨含む脊柱下部が完全に粉微塵と化した。

「―――……ッッ!!?」

 激痛を通り越して無感。ただし、自身の身体がどうしようもないほどに破壊されたことは分かる。

 だがまだだ。まだ終わらない。

「こっの、…死に損ない風情がァッ」

(小僧、最後の手柄は貴様に譲る)

 仕留めるまでの余力は残らなかった。大規模な破壊の術を発動させるトーマスを止められない。

 二度目の死に瞳を閉じる。

「……えっ」

 だがいつまでも意識は続いていた。間抜けな声が一つ聞こえただけで、何も終わってはいない。

「な、何、が。どうして、スキルが…ァあっ!!」

 茫然とする中、思い出したように全身を駆け巡る痛みに悶え苦しむトーマス・スマートフォン。

「…すげぇな、異世界転移技術。こんなことも出来るのか」

「小僧」

 振り返らずともわかる。日向夕陽が微妙な面持ちで歩いて来た。

 悲壮な音楽はもうしない。あの前社長の姿もどこにも無かった。

「帰ったよ」

「……そうか」

 それだけで理解する。あの男は本来の運命へ帰入した。決して散ることの無い華を、在るべき散り様へ戻す為に。

「で、権限全譲渡で俺が預かったんだけど」

 ぴっ、と無様に床をのた打ち回るトーマスを指して、

「個人の能力や性質まで別個にみたいだぞ、この転移技術」

 眼前のチート能力者が本来の力を発揮出来なくなっている時点でそれは証明されていた。スキル、魔力、身体能力その他諸々。異世界転生の際に受け取ったと思しき異能は全て取り外した。

 今頃はどこかの世界のどこぞの誰かにそれぞれ授受されているはず。

「惨めなものだ。こうなると殺す価値すら無いように思えるが」

「俺もそう思った。ってかお前も大概だな、単身で勝ったのかよ」

「能力が活きたままだったなら負けていた。回復の術も持っていたしな」

 脊柱破壊によって下半身不随、臓器不全、手首捻転骨折。他にもありそうだが意外なことにまだ生きている。しぶとさは転生以前の生来のものか。

「よし決めた。おいアンタ」

 しゃがんで、呻き声を上げるトーマスを呼ぶ。

「トーマス・スマートフォンって偽名だろ?その外見から俺と同じ出身なのは予想ついてた。ただの人間に戻ったことだし、アンタも戻してやるよ、元の世界に」

 厳密にはトーマスと日向夕陽の世界は同一ではないだろう。彼の住む日本では妖魔や怪異が跋扈していることは無いはずだ。だから帰る世界が一致することはない。

「そのまま野垂れ死にするかもだけど、なるべく病院の中とか付近とかに飛ばせるようにやってみるからさ。だから生きろよ」

 トーマス……いや、の顔は絶望に塗り固められていた。もう声すら出せないほどに弱っていたが、拒絶の意志だけは明確に示していた。

 その絶望が何に由来するものなのかは、もちろん分かっている。

「下半身はもう動かないし、内臓もズタボロ。全治何年になるかは素人の俺にも分からん。でも生きてりゃなんとかなるだろ」

 イメージはわりと簡単でいい。対象の元いた世界は対象自身が知っている。あとはそこに座標を定めてやればいい。

 歪んだ時空に引っ張られ、五体不満足の少年が声にならない悲鳴を上げる。

「じゃあな。精々、




     -----


 オルガノ・ハナダは帰ったしんだ

 トーマス・スマートフォンも帰還したいきのこった


 残るは二人の死人と、一人の生者。そしてそれに付き従う怪異のみ。


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