『終演』は唐突に (前編)


 手札の二つ目を、妖魔アルが切った。

「―――〝近代模倣プリゼント・イミテーション〟」

 シュライティアから跳び下り、ミナレットスカイの高山山頂に降り立ったアルが己が能力で編み上げた兵装を展開する。

 既に構想・設計は済んでいる。踏み込んだ足元からは巨大な黒鉄の砲身が競り上がってくる。

 大天使ナタニエルはそれを知っていた。というよりはこの世界で起きた数々の戦闘記録を掌握していた女神スィーリエからの接続によって得た情報ではあったが。

 あれは火薬を用いずに電磁力なるエネルギーで弾を撃ち出す機構。星辰竜ポラリスを竜の特効を使うことなく打倒した規格外の砲撃。

 その情報を裏付けるように、黒鉄の砲塔へと竜化した状態でのヴェリテが降り立っていた。身体から弾ける雷の被害を受けない為か、雷竜に騎乗していた者達は皆それぞれに別の飛竜へ飛び移っている。

『本当にやれるのですか?アル!』

「あァ、問題ねェ」

 無理だ。不可能である。

 巨人内部でナタニエルは無知で無学な下等生物の無意味な行動にほくそ笑んだ。

 確かにあれだけの砲撃であればさしもの神造巨人ヴァリスといえども手傷程度は負うかもしれない。当たり所が悪ければ侵攻に支障もきたすだろう。

 だがそもそも、その電磁砲は巨人に通らない。

 ナタニエルの指示に従い、無数の下級天使達が電磁砲の射線へと集中し巨大な壁となる。

 下級天使は個体ごとの戦力こそ低いが、それを補うだけの数と、能力がある。

 攻撃吸収。範囲を占めようが貫通力に秀でていようが、それに巻き込まれる天使の数が多ければ多いほどにその威力は減衰される。

 青白い雷電によって急速チャージされた電磁砲が、持ち上げた砲身を巨人の頭部へ向ける。当然、その射線上には天使で固めた盾があった。

 創造の天使は嘲笑い、妖魔はいつもの如くにただ嗤った。

 そうして電磁加速を得た金属塊は射出され。

「……なに?」

 射線上、いや砲口の向いた方角にあった全ての下級天使を殺し尽くした。

 ナタニエルは眉を顰める。

 天使の何割かが倒れることは予想できていたが、まさか盾に使った全てが消し飛ばされるとまでは考えていなかった。それだけの威力を維持する前に減衰される見積もりだったからだ。

 砲座に立ったアルは中指を巨人に向けたまま、告げる。

「穴は空けた。行け」

 強固な守りだったが故に、一度で穿たれた隙は大きい。

 もとよりアルに電磁砲を用いた巨人への攻撃などは視野に入れられていない。

 あらゆる生物を格下に見ている大天使だからこそ、この手は効いたことだろう。

 竜種を貫いた科学の力。此度の〝電磁投射加速砲レールガン〟には二つの要素が隠し足されていた。

 そのどちらにおいても、射出された弾が関係している。

 本来電磁気力によって加速を受け放たれる弾(金属塊)には当然ながら相応の強度が求められる。射撃時はもちろん、軌条レールを離れたあとには空気抵抗、摩擦熱、ジュール熱といった数多もの負担が弾体を損失させていくからだ。

 だからレールガンは弾自体の威力よりも射出による摩耗で基本的に弾体は蒸発し、その後に余波で突き進むソニックブームが主砲となる。

 何処かの世界で軍が多額の資金と膨大な時間を使って製作する正規品であればともかく、少なくとも、アルが創るレールガンの仕組みはそうだ。

 だから、アルはこれにさらなる手を加えた。

 まず弾体の強度自体を

 これによって弾は二本の軌条を離れた瞬間、射出の勢いに耐えられず自壊する。ざっくりとした指向性のみを与えられ自壊した弾は散弾となって砲口の角度を中心に飛散する。

 名付けるならば〝電磁投射加速散弾砲レールショットガン〟。

 点ではなく面を制圧する砲撃。これではいくら天使を押し固めた盾であってもひとたまりもない。

 駄目押しに弾となる金属塊にはアルが手製で用意した『神殺しの刀剣』の五種を捏ねてある。わざわざ武装として鍛造した刀剣を、さらに加工して巨大な弾として装填した『滅神弾』。ふたつめの要素がこれである。

 神の眷属たる天使には覿面の効果を期待していたが、結果は御覧の通りだった。

 無限に思える下級天使達の守りに風穴を空け、照準ビーコンを持つ精鋭達が飛竜に乗って一瞬で天使の網を潜り抜ける。彼らへの追跡は、カルマータが使役する救世獣の軍が許さない。

 まずは一撃。これで巨人の機動力を削ぐ。


「―――…………え」


 巨人征伐軍。数ある戦力の中で、それに気付けたのは彼女だけだった。

 あるいはそれは、同じ世界に出自を持つが故の感覚だったのかもしれない。

 思考よりも前に、全身に嫌な汗を滲ませながら彼女は叫ぶ。


『全員逃げて!早くっ!!!』


 情念を無くした無感情の少女。それは心の起伏ではなく、身に刻まれた経験と記憶から織り成された悲痛だったのかもしれない。

 夕陽だけは、一年という時を長く過ごした彼だけは、その言葉に誰よりも早く誰よりも速く、飛竜を駆って動き出した。


 直後。

 業火が空を灼いてミナレットスカイへと墜ちていく。


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