帰還


「…ふんっ!」

 ドーム崩壊と共に撤退した竜王陣営の二体が飛んでいく様子を見上げて、狂瀾竜デイジーは苛立ち紛れの鼻息と共に人化へと戻る。

 対するトランはまだ竜の変化を解いていない。限界は近く息も荒々しいが、それでもここで退くわけにはいかなかった。

 そんな信念を胸に宿す子狐とは対照的に、デイジーの瞳は冷めていた。つまらなそうに嘆息し、踵を返す。

『待て…逃げるの!?』

「ええ逃げますとも。竜王の手勢は退き、神器はそちらの手の中に。我が王は如何なる顛末をも娯楽として受け入れますもの。私としてはあまり面白くない結末とはなりましたが…いえいえ、これはまだ寸劇」

 脅威を逃がすものかと竜の一歩を前に出した時、怖気が走るほどの殺気と眼光を向けられトランは思わず出した一歩を引っ込める。

「生き延びたことを喜びなさいな。こちらも不完全燃焼ですが、この鬱憤は次で晴らすと致しましょう。それまでの間、束の間の平和を享受するといいですの」

 そう言い残して、デイジーは古代都市を優雅に歩き去っていった。




     ーーーーー


 如何な厄竜といえど、ヴェリテに一度敗北し全身叩きのめされた上で愛娘を守る為に身を呈したことで致命傷に拍車が掛かった状態。

 満身創痍ではあれ、ほぼ無傷に等しいエヴレナを筆頭とした五名の敵ではなかった。

「ごめんね」

 手足が千切れようと動き続ける厄竜が物理的に行動不能になる頃にはそれなりに凄惨な光景になってしまった。完全に崩れ去ったドーム跡の上で横たわる厄竜の雌雄に一度だけ謝罪を放ち、覚醒した神竜のブレスによって今度こそ死した竜の亡骸は塵に帰った。

 戦闘終了と時を同じくして、空間から奔る亀裂から見計らったかのようなタイミングで残る二名の仲間が戻って来た。

 だがその異変には皆がすぐに気づく。

「オイ!」

 結界から戻った二名はぐったりと瓦礫の上に倒れ伏し、アルの呼びかけにも虚ろな返事しか返せない。

 もう回復できる手段は残されていないというのにどうしたものかと皆で顔を見合わせる中、倒れた二名の内、ディアンの肩から離れて飛び上がったリートが具合の悪そうな表情と様子のまま応じる。

「うっぷ…。いや、心配ないよ。外傷は無い、もちろん内側もね」

 苦しそうに呻くディアンとシャインフリートを見ているととても心配無いとは思えないが、一同は次に発したリートの言葉で確かにその心配が杞憂だと判明する。

「これはただの食べ過ぎ。おいしいお寿司をいっぱい食べて、苦しくなってるだけだから」

「―――……はァ!?んじゃ何か、コイツら結界内で食い倒れたってことかよ!…ふっざけてんじゃねェぞボケコラァ!!」

「信じらんない!みんなが必死に頑張ってた時にスシ食べてるなんて!うらやましい!」

「ねーヴェリ、おスシってなにー?」

「確か酢飯と生魚を合わせて握った料理だったかと記憶していますが」

「そう聞くとあまり人間らしい食べ物には聞こえないが…旨いのか?」

「とても美味でございますよ。聖職者故に清貧を心がけているのでよっぽどのことがなければ私も食べませんが」

 一気に場が様々な感情で騒がしくなる中で、小さな地響きがその騒ぎを黙らせた。

「……、何の音だ?」

「おそらく撤退した彼女らが竜化して地上を目指しているのでしょう。あれほどに暴れられれば、地下も崩れかねません」

 ヴェリテの言葉通り、不規則に鳴る響きと共に大小様々な岩盤が地下の天蓋から落下してきている。これだけの広さが完全に埋まることはないだろうが、長居すればそれだけ危険は増していくだろう。

「くそ、お目当ての神器は取ったんだからさっさと帰んぞ!その食い倒れ共は捨て置け!」

「いや流石にダメじゃない!?」

「仕方ありません。シュライティア、シャインフリートをお願いします。私はディアンを」

「承知した」

「ごめんねよろしくー!」

 担がれたディアンの背中に着地したカナリアが友の代わりに頼み込み、陣営一同は道中でトランと合流し完全に粉砕された大扉から来た経路を逆順に地上へひた走る。


 その途中、何人かは気付く。

 あれだけ妨害されていた『ネガ』の結界。見つけ次第回避行動と注意喚起を取れるように先陣を切っていたアルが一度として接触しなかった違和感。

 まだ何かある。そんな予感が彼らの胸中にはあった。


 そしてエヴレナが対話した、先代神竜の残留思念が語ったこと。

 それらを思い返し、少女はひとり思案に暮れる。

 ただどれだけ考えても自分の中で答えは変わらなかった。

 放置していたくない。

 

 

 三つ巴の争奪戦を制したのは真銀の一団。此度の勝利で得た物の価値と意味は大きい。

 いくつかの不穏分子の存在と気掛かりを残す結果となったが、当初この地下に潜った者達の誰一人欠けることなく(どころか一名増え)。

 総員はようやっと陽に当たらない長く続いた一日を終え、地上へと帰還するのだった。

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